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「は?それは……」
まぁ男爵からすればそれも困るのだろう。
エリーは借金を帳消しにするために必要だからね。
でもそれでは筋が通らない。
「自分は無関係だと言うのなら、本人に責任をとってもらうしかないわね」
「くっ」
「さぁ彼女の身柄を渡しなさい」
「……」
そう簡単には言うことを聞いてはくれないようだ。
もしかしたら力ずくでどうにか乗りきれるかとか考えているかもしれない。
たしかに私の力では男性の力には敵わないだろう。
だけど他の力なら私に分がある。
……ごめんなさい。あとで何でも罰を受けますので、今だけはどうか許してください!
「お金は払いたくないし娘も渡したくないと。はぁ……どれだけ私のことを馬鹿にしているのかしら?」
「そ、それはあんたがあまりにもふざけたことを言うから」
「分かりました。あなたがそういう態度なら仕方ないわね。あの方に助けてもらいましょう」
「あの方?」
「ええ、私の恋人よ」
「恋人だって?婚約者を奪われたばっかりなのにか?はっ!見た目の割りにはとんだ阿婆擦れだな」
どうして男ってこうも容姿ばかり……。
彼は一度だってそんなこと言ったことはしないのに。
「それにあんたもよかったじゃないか。私の娘に婚約者を奪われたおかげで、新しい男ができたんだからな!」
「……ふふ」
「な、なにがおかしい!」
「あなたずいぶんな物言いだけど、私の恋人の前でも同じことが言えるかしら」
「はっ!どうせあんたの恋人なんてそこら辺の下等なおと」
「下等な男……それは私のことかな?」
「!」
たしかに一緒に来たから馬車にいるのは知っていた。でもこれ以上個人的な事情に付き合わせるわけにはいかない。
ただ申し訳ないと思いながらも、名前だけ貸してもらおうと思っていたのに……まさかエセル様が馬車から降りてくるなんて。
「ど……っ!」
どうして、そう言おうとしたところでエセル様と視線が合った。
それはほんの一瞬の出来事だったが、私に冷静さを取り戻させてくれるには十分だった。
「な、お前がこいつの恋人か?……ははぁ。これはずいぶんと見目がいいな。一体この女にどんだけ貢がれたんだ?」
男爵のこの反応。まさかエセル様が王太子殿下だとは気づいていない?
そんなことある?貴族じゃなくても王太子殿下の姿を知る者は多いというのに。
「ラストル男爵は噂と違わず、ずいぶんと下品な男だね」
「なっ、なんだと!」
「私が彼女に買われて恋人になっただって?まったく笑えない冗談だ」
「貴様、無礼だぞ!伯爵家の娘に買われたからって自分が偉くなったと勘違いしているようだな」
「勘違い?勘違いしているのはあなたの方だ。……だよね?シェリア」
隣に立ったエセル様が私の肩を抱き寄せる。
距離が近すぎてドキドキする。触れ合っている箇所が熱い。
でも本物の悪女ならこれくらい涼しい顔で受け止めるだろう。
むしろ自分からもっと……
「ええ」
「!」
エセル様にしなだれかかる。少しエセル様の肩が跳ねたような気がしたけど、もしかして驚いたのかな?
でもこれなら恋人に愛されている悪女に見えるかしら。
「ねぇ、あなた。いつまで頭を上げているつもり?無礼にもほどかあるわよ?」
「何が無礼だ。あんたは伯爵家の人間かもしれないが、その男は違うだろう。むしろ男爵である私に敬意を払うべきなのではないか?」
呆れた。こういうのを開いた口が塞がらないって言うのね。
それに論点がずれすぎている。
このままではただ時間か無駄に過ぎていくだけ。
「はぁ、無知って恐ろしいわね」
「……なに?」
「まさか貴族のくせに知らないなんて思いもしなかったわ」
それよりも私はエリーとたくさん話がしたい。
そのためにはもう終わりにさせないと。
「私が何を知らないだと?そんなものあるわけ」
「男爵はあなたのことを知らないみたい」
「そうみたいだね。これでも私は有名な方だと思っていたんだけど、どうやら自惚れていたらしい」
自惚れって……エセル様ほど有名な人はいない。
王家は国民から大変慕われている。
国民に寄り添った善政をしいてるからだろう。
だから王太子であるエセル様が国民から愛されているのは当然のこと。
まさか男爵のような、ある意味稀有な人間がいるとは思いもしなかった。
「はっ!どうせ女たらしで有名なんだろうが、私は高貴な人間だからな。そんな下等な人間は知らないのだよ」
もう一刻も早くこの男の口を塞がなければ。
聞いているだけで気分が悪くなる。
高貴な人間?醜悪の間違いではないのか。
「じゃああなたより高貴な人間が命令すれば素直に娘を渡してくれるのかしら?」
「あ、ああ。それならば仕方あるまい。私より高貴な方の言葉を無視するわけにはいかないからな。まぁ金だけしかない伯爵家の娘では論外だが」
なるほど。
最初はともかく、伯爵家の娘である私にも強気な態度だったのはそういうことか。
たしかに我が家は大した権力はないけど、王家が我が家を伯爵位と認めているのだ。
貴族社会を知らない平民ならまだしも、貴族である男爵の考えにしては危険すぎる。
「ですってよ、エセル様」
「ん?エセルだと?はぁ~お前のような男が王太子殿下と同じ名前だなんて、殿下が不憫だ」
「誰が不憫なんだい?」
「そんなの王太子殿下に決まっているだろう?
ああそうだ!王家の方々と同じ名前の人間は罰するべきだと奏上した方がいいな。おお、これは名案だ!きっと陛下も褒めてくださるぞ」
そんなわけあるか!
そう突っ込みたいがここは我慢だ。
「ふぅん……。どうやらあなたに男爵位は相応しくないようだね」
「今さら私に媚を売っても遅いぞ?近い将来お前は罰せられることが決まっているのだからな!この女の恋人じゃなければ助かったかもしれないのに、残念だったな」
残念なのはあなたです。
何をもってその理不尽な案が通ると考えているのか。あり得ないでしょ。
「これは仕方ないね。父にラストル男爵の考えを伝えて、爵位を再検討してもらわないと」
「ええ、それがよろしいかと。このような愚かな人間に権力など与えれば、真っ先に国民に被害が及ぶでしょうから」
「は?」
「それに王太子である私への侮辱に、未来の王太子妃への侮辱。許しがたいね」
え、今なんて?未来の王太子妃?
一体誰のことを言って……
「ねぇ、シェリア?」
(なっ!)
エセル様の表情。神妙な表情をしているが、目を見ればわかる。
これは楽しんでいる時の目だ。
きっと私の反応を見て楽しんでいるんだろう。だからあんなことを言ったのだ。私はエセル様の本物の婚約者なんかではない。ただの恋人役。
この役が不要になれば、いつだって切り捨てられる立場。そしてそのあと彼の隣に立つ人間はすでに決まっている。
でも今彼の隣に立っているのは私。
それならばここは堂々と振る舞おう。
「ええ。私たちの輝かしい未来にこの者は不要ですわ」
「ああ、そうだね」
「は?え?あんたたちは一体何を言って」
ようやく何かがおかしいことに気づいたようだ。
「ん?我が国に不要な貴族について話しているんだよ」
「わ、我が国?」
「あら、もしかしてご存じなかったの?王太子殿下の心配をされているくらいだから、てっきりご存じだと思っていたのだけれど」
「ああ、まさか私も不憫だなんて心配されるとは思ってもいなかったから、さすがに驚いたよ」
「あ……いや、まさか……」
でももう遅い。
「ああ、そういえば名乗っていなかったね。私はエセル・クライトス。この国の王太子であり、彼女シェリア・ハジェット嬢の恋人さ」




