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あー遅かったか……
お願いと言えば聞こえはいいかもしれないけど、王太子殿下からのお願いなんてただの命令と同じ。
たかが伯爵令嬢が逃げられるわけなんてない。
「……お願い、ですか?」
「うん。実を言うと君に声をかけたのはね、私たちの利害が一致すると思ったからなんだ」
「利害……」
王太子殿下は一体何を言っているのだろうか。
しがない伯爵家の娘である私と、次期国王である王太子殿下の利害が一致するなんてあるわけ――
「君は愛を演じるのが苦手なんだろう?だからこうして一人で練習をしていた」
「うっ……」
一度見ただけでそこまで見抜くのはさすがと思うべきか、それともそこまで私の演技がひどかった思うべきか。
もしも後者だとしたら悔しい。
でもそうであれば、それが今の私の実力だということを、きちんと受け入れなければならない。
「わざわざこんなところで練習しているのは、役者だってことを誰にも知られたくないから。それでもこうして練習しているのは、あまり時間がないから。……違うかな?」
王太子殿下とは学年が違うし、そもそも王族と関わることなんてない。
だからこうして話をするのは初めてなんだけど、王太子殿下の優秀さはよく耳にしていた。
試験は常にトップ。運動神経も優れているとか。
公務も完璧。国民からの人気も高く、臣下からの人望も厚い。
だからずっと思っていた。そんなすごい人の婚約者を瞳の色だけで選んでいいのかと。
それに王太子殿下は観察眼に優れている。
まだ出会ってものの数分。それなのにこの短時間で、私の状況を完璧に把握されてしまった。
すでに退路は塞がれてしまったようなもの。
下手に嘘をつくのは悪手、無視して立ち去るなんて論外。
………これはもうお手上げだ。
「……私は何をすればよろしいのでしょうか」
できることなら聞きたくない。でも聞かないわけにもいかない。
だから仕方なく口を開いたんだけど……
「うん。君にはね、私の婚約者になってもらいたいんだ」
「え?」
こんやくしゃ、コンヤクシャ、婚約者……?
「……えっ!?」
いやいやいやいや、この人は何を言っているの?
婚約者ってそんな簡単に決められるわけないでしょう!
というかあのお達しはどうした。
アレのせいで散々私の人生は振り回されているんだけど!
「あ、もちろん正式じゃなくて仮の婚約者ね」
「仮……?」
「そう。実は私の正式な婚約者はもうすでに決まっているんだ」
「えっ」
それって探していた人が見つかったっていうこと?
……よかった。私以外にも赤い瞳の人はちゃんと存在していたんだ。
「でも事情があってまだ正式な発表ができなくてね」
「事情、ですか」
「うん。でもその事情を知る者は限られていてね。そのせいで最近周りの人間がうるさいんだよ。早く婚約者をってね」
まぁそれはそうなるだろう。
たしか王太子殿下は私の一つ歳上。学園卒業と同時に結婚したってなんらおかしくない年齢だ。
それにもかかわらずいまだに婚約者がいないのであれば、自分の娘を殿下に宛がおうと貴族たちが躍起になるのも当然のこと。
「……それでしたらひとまずお達しを取り下げてみてはいかがですか?」
それなら発表はできなくても、聡い貴族たちなら気づくのでは?
というか今の話が本当ならどうか取り下げて欲しい。
そうすれば私もこのメガネ生活とおさらばできるのに……
「いや、それだと彼女を危険にさらしてしまう可能性がある。だから取り下げることはできないんだ」
「……そうなんですか」
王太子殿下の婚約者は愛されているのね。それに引き換え私は……なんて、つい無意味に比べてしまう。
別に王太子殿下の婚約者になりたいわけではないけど、同じ赤い瞳を持つ者としてなんとも言えない気持ちになる。
「さっきは婚約者と言ったけど、正確に言えば恋人の方が正しいかな?」
「恋人……」
「そう。君には私の婚約が正式に発表するまでの間、縁談避けのために恋人のふりをしてほしいんだ」
どうしてかは分からないけど、それなら最初から婚約者じゃなくて恋人って言ってくれればいいのに。
ただでさえこの状況に困惑しているのに、これ以上混乱させないで!
……なんて文句を言えるわがないのは分かっている。だからせめて心の中だけでは言わせてほしい。
どうせ初めから引き受けるしか選択肢がないのだから。




