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第54話 琴音視点 京の都、最後の決戦

 また前世の夢だ。秀ちゃんが式神を新しく召喚するたびに見るようになってしまった。けど、それも今回で終わりかもしれない。

 とうとうあの時が来てしまったからだ。


 私達が到着した時には、全てが終わっていた。ギリギリ間に合って、誰も死なないなんて、そんなものは絵巻物の中だけの話だった。


 敷地の門から中庭に出ると、上から人影が降ってきた。いや、人じゃない。式神だ。


「翡翠!」


 翡翠と呼ばれた式神は、地面に激突すると、無数の式札になって散らばった。

 式神の死だ……


 実際に死んだわけではないけど、魂の修復が必要で、しばらく呼び出せないし、記憶が失われたり、何らかの障害が残ることもある。


「なんてことだ……」


「お父様! お母様!」


 私は駆け出した。

 秀之介様の式神は、とてつもなく強い。そんな式神が倒されてしまったのだ。


「えっ……」


 私の足が止まった。それでも呆然としながら歩きだす。

 砂利を踏む音が大きい。息を吸おうとして、胸がつかえた。


 しばらくそれがなんだかわからなかった。

 そこに落ちていたのは、二つの着物。

 見覚えのある家紋。よく見知った柄。

 お父様とお母様の着物だ。

 その着物から骨と皮になった人の手足と頭が……まるで即身仏のように……


「い、いや! いやぁあぁ! お父様ぁぁ! お母様ぁああ!」


 駆け寄ろうとして、足が止まった。本能が止めたんだ。

 着物の向こうに黒い靄の塊。その靄の中心に、苦悶の表情を浮かべている男の顔があった。  

 

 朝霞行房あさかのゆきふさ公の怨念だ。

 そしてその怨念の前に、無数の札が小山を作っていた。


「紅羽……なのか……」


 蒼蓮さんが呆然となって呟いた。


「おのれぇ!」


 蒼蓮さんがグルルルっと唸った。怒りで空気が震えるようだ。


「炎華! 琴姫を逃がせ!」


「はい」


「待ってください!」


「駄目です! 琴姫様を守りながら戦えない。逃げて援軍を呼んでください!」


「でも!」


「炎華ぁあ!」


「御免」


 次の瞬間、私は炎華さんに抱きかかえられていた。

 そして抵抗する暇もなく、屋敷の外へ運ばれた。


「離して!」


 炎華さんは私の訴えを無視して走り、蝙蝠みたいな翼を生やすと空を飛んだ。


「いやっ! 炎華さんっ! 下ろして!」


「ここまでくればいいだろう」


 私は屋敷からだいぶ離れたところで下ろされた。


「私は秀之介様の元に戻る。琴姫様は陰陽寮に行って、援軍を呼んでください」


 そう言って炎華さんは戻って行った。


 私はカラスの式神を呼び出すと、救援の伝言を仕込み、陰陽寮に向かわせた。


「秀之介様!」


 私は屋敷に向かって駆けだした。



 屋敷に近づくにつれ、轟音が幾つも鳴り響き、そのたびに地面が激しく揺れた。

 空が割れ、暗雲が湧き、雷が雨みたいに落ちた。


「早く! 早く!」


 門を抜けて中庭に着くと、無数の式札が散乱していた。

 一人や二人分の式札じゃない。きっと秀之介様は十二体の式神を全て出して戦っていたのだろう……


「……え」


 私の目の前で、炎華さんが黒い霧に貫かれ、式札となって爆散した。


「なんで戻ってきたの!」


 白夜さんに睨まれた。


「救援は出しました!」


「馬鹿! そうじゃない!」


「オン・キリ・ヴァジュラ・ソワカ!」


 頭上だから清らかな声が聞こえてきた。

 桃色の髪に、六枚の翼を持つ天女。秀之介様が使役している最強の式神、煌姫さん。

 彼女が放った六つの光の奔流が、黒い霧を穿った。でも黒い霧は大穴を六つ空けるけど、直ぐに元に戻ってしまう。


「オォォォオオオオ!」


 黒い霧から無数の触手が生え、煌姫さんに襲い掛かった。

 煌姫さんは翼を羽ばたいて避けるけど、触手は円を描くように戻ってきて、執拗に追いまわした。


「オン・ナルカ・スヴィア!」


 白夜さんの聖なる光が、触手となった黒い霧を祓う。

 しかし爆発したように、追加の触手が生え、まるで黒い霧は、栗のようになった。


「秀之介様は!?」


 秀之介様は黒い霧から少し離れたところで、長い詠唱をしていた。


「オン・キリ・キリ・ウン・ヴァッハ……」


 式神を強化する支援呪術だ。

 秀之介様のもとにも、黒い触手が襲い掛かるけど、蒼蓮さんが防いでいる。

 秀之介様の集中が途切れたのか、不意に私を見て驚いた。


「やっぱり戻ってきたか……しょうがないな」


 そして優しい笑顔になった。なんでこんな時に、そんな笑顔になれるの……


「白夜! 蒼蓮! 煌姫! すまない! このままじゃ《《どうせ》》勝てない!」


「……しょうがないわね」


「まったく主様は」


「最後まで御一緒します」


 三体の式神が、怨霊に猛攻撃を仕掛けた。

 まるで命を顧みない。特攻のようだ……

 え? どうして……どうしてそんな戦い方になったの?


「オン・マハー・サンガラ・ヴァジュラ・カランダ・ソワカ!」


 それはだめ! 自分の命を対価にする禁呪中の禁呪!


 「オン・ラグナ・サンモーラ・クシャナ・ソワカ!」


 危ない! 黒い霧の奔流が秀之介様に迫る。

 でも秀之介様は術に集中して動けない。


 白夜さんが咄嗟に秀之介様の前に立ちはだかり、盾となって……


「オン・ジルダ・ソワカ!」


 そして黒い霧に飲まれた。

 白夜さんは無数の式札になって、秀之介様の周りに漂い続けた。まるで秀之介様を守る結界のように……


「いや! だめぇええ!」


 私にせいだ! 私が来なければ撤退できたのかもしれない……


 蒼蓮さんが黒い霧に雷を放ち、怨念の注意を引き……そして霧に飲み込まれた。


「我が魂、よすがとなりて、黄泉への扉とならん」


 そして煌姫さんが秀之介様を後ろから抱き着いたかと思うと、体がどんどん薄くなっていく。まるで自分の霊力を全て秀之介様に与えるように。


「だ、だめぇ!」


「琴姫……愛しているよ」


「秀之介様ぁぁあ!」


 秀之介様が黒い霧に飛び込んだ。


殉命鎮呪じゅんめいちんじゅ断業殉滅だんごうじゅんめつ魂魄絶封こんぱくぜっぷう! 急急如律令!」


 目の前が真っ白になった。


「きゃあああっ!」


 衝撃はなかった。

 光が収まると、三体分の式札が舞っていた。その下に秀之介様が倒れていた。

 そして……だいぶ小さくなったけど、黒い霧があった。


「嘘……」


 朝霞行房あさかのゆきふさ公の怨念はまだ存在していた。

 そして力を取り戻そうと、私に迫ってきた。


「琴姫様!」


「琴姫様!」


 屋敷の陰から浅太郎と浅次郎が飛び出してきた。


「だめ! 来ちゃだめ!」


 浅太郎と浅次郎は、懐から札を取り出して、何の躊躇もなく呑み込んだ。


「それはだめぇえええ!」


「ぐおおおお!」


「がああああっ!」


 双子が急に大きくなった。浅太郎の肌が赤黒く変化し、浅次郎の肌が青黒く変化していく。

そして二人の頭から角が生え、口から牙が生えた。


「浅太郎! 浅次郎!」


 鬼と化した浅太郎と浅次郎が怨霊を掴み、侵食されながらも動きを止める。


「今なら……私でも!」


 私は手印を結び、全身全霊をかけて、呪文を唱える。


「オン・カルナ・ラグバ・シャンティ・ソワカ! あかしの光、けがれはらう。掃穢清光そうえいせいこう! 急急如律令!」


「オオオオオォォォオ!」


 黒い霧の真下から、純白の光が柱のように吹き出し天まで昇った。

 そして霧の中央にある男の顔から絶叫が上り、徐々に黒い霧が消えていった。


 倒した? なんとか倒したの?


「……琴姫」


「秀之介様!」


 良かった! まだ生きてた!


「琴姫が生きてて良かっ……」


「秀之介様!」


 私は秀之介様に駆け寄って抱き起こした。


「なんであなたはいつも勝手なのよ! あなたが死んだら私はどう生きればいいのよ! あなたがいないと意味ないでしょう!」


 秀之介様の体がどんどん冷たくなっていく。温めようとしても戻らない。呪力も感じられない。

 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!


「秀之介様ぁぁあ!」


 ――また来世で。


 そんな声が聞こえた気がした。


 鬼となった浅太郎と浅次郎は、私の前から逃げるように去っていった。その姿は紅蓮童子と轟雷童子にそっくりだった。


「次は私が絶対守るから! ……あれ? なんで私……夢……」


 え……と、あれ……待って! 消えないで! だめぇ! どんどん夢が零れ落ちていく。


「消えないでよ!」


 だめだ! メモろう! スマホ! もう充電してなかった! 筆と式札で……あっ! あぁっ……


 覚えているのは、今度は私が秀ちゃんを守る。それだけだ。


 どうして? 当たり前じゃん? そんなあやふやな気持ちだけだ。


 なにか大切なことを忘れてしまった。


 そんな喪失感だけが残った。


 涙が止まらない。


 感情がぐちゃぐちゃだ。


 会いたい。


 秀ちゃんに会いたいよ。

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