第52話 フェンリル
三つ目の群れを探している時に、そいつは現れた。
「丘の上! ヤバいのがいるぞ!」
高台からこちらを見下ろす影があった。
他のシルバーウルフよりも二回りは大きい。毛並みも青みがかった銀色で美しく、神秘めいた雰囲気があった。
注視すると『フェンリル・レベル80』。取り巻きのシルバーウルフもレベル五十台で、数も多い。パッと見て十五匹はいる。
こっちの様子を伺っているのか、まだ動かない。
目を合わせると、他の群れを襲っていた俺達に怒っているのか、静かな怒りを感じた。
ただ、それと同時に何か戸惑っているような、そんな気もする。狼の表情なんてよくわからないから、気のせいかもしれないけど。
「おい。秀一」
「はい。師匠」
「お前、アレを調伏してみろ」
「え?」
「俺の直感が、そう言ってる。お前は何か感じないか?」
「……フェンリルのあの目、なんか気になります」
「んじゃ、琴音とアリサちゃんは梅雨払い。狐様は秀一の援護でよろしいですか?」
「あぁ。我は秀一の式神だからな」
「えっ! 私達だけであの数を!?」
「あ? 秀一。アシリアとジャネットに援護させろ」
「りょ、了解!」
力ある式神を同時に三体呼び出すなんて初めてだ。
「オン・ラートリー・ナヴラートリ・シュクラ・ソワカ! 星天の座、宵夜の天人、夜白を歩く霊天将。ここに応えよ。来たれ! アシリア! 急急如律令!」
金の襖がタンッと開かれ、天使のような式神が現れた。事前に配信のことを話したせいか、くるっとその場でターンした後、バサッと翼を広げる。
「ご主人様の式神、アシリア登場! とうっ!」
襖から地上に飛び降りたが、着地に失敗したのか、ビタンと地面に倒れ込む。
「いだいっ!」
ここまで計算ずくなのかもしれない。そうであってくれ。
「オン・アグニ・ナーガ・ラクタ・ソワカ! 星火の座、炎の竜人、焔を懐き霊竜将。ここに応えよ。来たれ! ジャネット! 急急如律令!」
同じく金の襖がタンっと開かれ、竜人のような式神が現れた。腕を組み、ふてぶてしく狼を見下ろした。
「主の式神。ジャネットだ。畜生風情が見上げるな」
ジャネットも配信を意識してくれているな。
……あれ? 負荷が少ない。どうしてだ? 狐鈴をずっと出しっぱなしにしていたせいか、呪力が上がっている?
「アシリアは琴音を、ジャネットはアリサさんをサポートしてくれ」
「はーい」
「了解した」
琴音とアリサさんが前に出ると、取り巻きのシルバーウルフ達が、琴音とアリサさんの方に向かった。
フェンリルはまだ動かない。
いや! 違う! すさまじい魔力を感じる!
「アオォォオオン!」
「オン・ビシ・ウン!」
フェンリルが放った広範囲に渡る雷撃を、狐鈴がとっさに張った結界で防いだ。マントラだけで、神への祈りや祈祷を行う高等技術だ。
「気を抜くでない」
「ごめん」
フェンリルは狐鈴がちょっと本気を出さないといけない相手だ。気を引き締めないと。
陰陽師の基本的な戦い方は、式神を前に出して、後方から術を放つのが一般的だ。しかし狐鈴がそれを許さなかった。それでは修行にならないと。だけど今回は定石通りに戦う。
「オン・アグニ・ヴァルナ・マハ! 狐の焔よ、叫べ、破を刻め! 妖焔爆砕! 急急如律令!」
狐鈴が前に出て、身の丈程ある狐火を放つが、フェンリルの動きが早く、なかなか当てられない。
「面倒くさいのぉ」
しかし狐鈴が時間を稼いでくれたおかげで、俺は天焔業刀を召喚した。
「やはりこっちか。スターライト・シュート! いっぱい!」
狐鈴の周囲に星型の光がいくつも集まり、時間差をつけて、次々に放った。
しかしそれでもフェンリルはやすやすと避ける。
「オン・ソラソバ・レイマク・サンバラ・カンマン! 火行の理よ、陽炎を纏いし紅蓮の業火となれ! 朱焔爆炎! 急急如律令!」
俺も狐鈴の魔法連打が途切れるタイミングで炎の術を放つ。
しかしフェンリルはそれすら回避した。
「アオォォオオン!」
フェンリルの鼻先から青白い電撃が、俺に向かって放たれた。
「くっ!」
呪符を放って防いだが、フェンリルは続けて電撃を放ってきた。
来るとわかっているので、今度は避けながら、防御の呪符を周囲に展開する。
「交代じゃ。オン・ヴァルナ・ラジャ・グリハ・タラシャ! 風よ足に、雷よ骨に! 迅奔狐神附! 急急如律令!」
狐鈴は俺に速度アップの術をかけてくれた。明日筋肉痛で動けなくなるやつだ。
「クイック・ステップ!」
俺はさらにスキルを使ってフェンリルに突撃する。
遠距離攻撃が当たらないなら、接近戦だ。
「はっ!」
フェンリルは後方に避けつつ、稲妻を放った。
俺は呪符で防ぎながら再び間合いを詰める。
フェンリルの前足をかわしながらひと太刀入れるが、銀の毛が結構硬くて浅い!
フェンリルがに離れた隙に、狐鈴が防御結界をかけてくれた。
これでもう少し無茶できる。
「オン・タラカ・ホン! 爆破符・焔散! 急急如律令!」
詠唱の短い術でフェンリルを誘導しながら、斬撃を繰り出すが、フェンリルも警戒心が上がったのか、なかなか当たらない。
インファイトでの爆破符と雷撃の応酬の結果、集中力が先に途切れたのは……俺だった。
フェンリルの爪が俺の胸に向かって振り下ろされた。
ただの爪じゃない! 稲妻を纏い、魔力が乗ったヤバイ攻撃だ!
ギィィン!
しかし狐鈴の貼った防御結界の前では、フェンリルの爪攻撃など意味がなかった。
俺はそれをわかっていても必死に避けた。もしくらったら、後で師匠から修行が足りん! 千葉童子と修行だとか言われるからな!
やっと一撃くらわせたと思ったら、傷一つ付かないことに、フェンリルは動揺した。その隙を俺は見逃さない。もちろんこれも狙いの一つだ。
「オン・カグナ・アグラ・ヴァル・ソワカ! 焔、鋼に宿りて、炎刃となる! 金剛火刃! 急急如律令!」
刀に宿った炎がフェンリルを焼いていく。
フェンリルがたまらず距離を取ると、俺は刀を送還して手印を結ぶ。
「オン・ハラ・ハラ・ラシャ・ソワカ! 金の理によりて、顕現せよ! 霊鎖招来! 縛魂連鎖! 急急如律令!」
俺は鎖の人造式神を呼び出し、フェンリルに意識を向ける。
鎖は俺の意思に従って、フェンリルの周りを舞い、死角から襲い掛かった。
超至近距離からの魔法攻撃、剣の攻撃、そして鎖の攻撃と、攻撃の変化に追い付けないのか、フェンリルの動きに乱れが生じる。それでもフェンリルは必死に避けるので、強引に鎖を曲げたその結果……
「ギャウン!」
「あ……」
鎖がフェンリルのオケツの穴に刺さった。
結構深いな。まぁいいか……
俺は気を取り直して呪文を唱えた。
「オン・ラーダ・インドラ・ソワカ! 天釈の矢、万象を貫かん! 轟雷万貫! 急急如律令!」
俺は若干威力を下げて、雷の術を鎖の式神に放った。
雷が鎖を走り、フェンリルのオケツに伝わる。
「ギャアオオオオン」
哀れフェンリルはビクンビクンと跳ね回り、泡を吹いて倒れた。
俺は式神を操り、オケツから鎖を抜いて、がんじがらめに縛り上げた。
倒れてビクビクッと震えるフェンリルの前に立つと、フェンリルが俺を見上げた。
フェンリルの顔が赤く火照っている気がする。狼の顔色なんてわからないけど、そんな気がした。そしてよだれを垂らし、普通じゃない目でこっちを見ていた。
え? なんかやばくね?
俺は慌てて調伏の呪文を唱える。
「オン・カンマニ・パドマ・シャリラ・ソワカ! フェンリル。調伏の印、いま結び奉る。縁鎖・魂縛・理鎖・封絶・従命! 急急如律令!」
調伏されたフェンリルは、服従のポーズを取ったが、大き過ぎて尻尾しか見えない。
「伏せ!」
フェンリルが横転して伏せのポーズを取った。
「ガウ!」
俺はフェンリルによじ登って背中に乗る。
「……」
大きすぎて下が見えない。
琴音達もシルバーウルフに乗ったけど、お互い見えにくい。
「秀ちゃん。せっかく調伏したけど、大きすぎだよ!」
琴音に文句を言われ、同じサイズの狼を調伏することになった。




