第47話 ヒュドラ召喚
俺、早川秀一の朝は早い。
朝飯の前にギルドの裏で刀を召喚し、素振りを行う。
少し肌寒いけど、数を重ねると体が温まってくる。
そして仮想の敵を想定しての一人稽古。更に陰陽術を唱えながらの稽古だ。
いつもは琴音と組手稽古もするんだけど、昨日調子が悪そうだったから、朝はゆっくりしてもらっている。なんなら今日は冒険に出かけなくてもいいと思っている。
汗を拭いてギルドの食堂に行くと、いつもの席に琴音がいた。
「おはよう。琴音」
「おはよう。秀ちゃん」
「飯はまだだよな?」
「うん。あっ! 秀ちゃん。アシリア呼べる? 一緒に食事したいって言ってたよね」
「いいのか?」
「うーん。なんか引っかかるのよ。夢に出てきたような……なんか夢を思い出したいんだよね」
「もしかしてデジャブ?」
「わかんない。それだったら最初にあった時に感じるはず? あ、でも戦闘中だったしなぁ」
「とりあえず。呼ぶか」
「オン・マハー・ラギータ・ヴァジュラ! 星天の座、宵夜の天人、夜白を歩く霊天将。ここに応えよ。来たれ! アシリア! 急急如律令!」
「ぐが……すぴぃ……」
襖の向こうから黄金に光る手が出てきて、そっとパジャマ姿のアシリアを渡された。寝てるぞこいつ。
「ありがとうございます」
俺は妙光如来様に礼を言って、アシリアを受け取る。
妙光如来様に直接言葉をかけたり、式神を受け取るって、凄いことなんじゃないかな……
いや、手しか見えなかったから、もしかしたら本人じゃないかもしれないけど。
しかしこいつまだ寝てたのか。というか、夜中に召喚したら使い物にならなくないか?
背中に翼があるのから、パジャマの後ろに大きな穴が開いた。
……ちょっとエッチだ。
「秀ちゃん! 女の子の寝顔は見ちゃだめ!」
琴音が慌ててアシリアを奪い、椅子に座らせて背中を隠した。
「……うぅ? ふえ?」
「あ、起きた」
「琴音様?」
「おはよう。一度着替えに戻って」
「ふえ? うわあっ! ご主人様のエッチ! 早く送還して!」
「お! おう!」
俺は慌てて送還すると、周りから冷ややかな目線を感じた。
「やっぱり秀ちゃんって規格外だよねぇ」
アシリアの着替えを待っていると、食堂に師匠が入ってきた。師匠にしては珍しく、かなり焦ってる。緊急事態でも起きたか!?
「師匠。おはようございます。どうしました?」
「どうしたもこうしたもねぇよ! 凄まじい神気を感じたぞ! 享楽之神でも現れたか!?」
「いえ、妙光如来様です」
「はぁ?」
「アシリアを召喚したら熟睡してて、それで妙光如来様から直接アシリアを渡されたんです」
師匠の顔が固まる。
「……お前、神降ろしをしたのか? ありえねぇだろ」
「え?」
「普通そういう場合は、強制的に叩き起こされてこっちにくるんだよ」
「……確かにそうかも。あっ! なんか呼ばれてる気がする」
「あ?」
「オン・マハー・ラギータ・ヴァジュラ! 星天の座、宵夜の天人、夜白を歩く霊天将。ここに応えよ。来たれ! アシリア! 急急如律令!」
「お待たせしました。ご主人様!」
今度はきっちりと白いフリフリドレスに着替えて準備万端だ。さっきの寝ぼけ顔はもうない。
「さっきは。悪かったな。お詫びに朝食奢るよ」
「やったっ! 浄土世界のごはんって、代わり映えなくて飽きちゃうの」
「何食べたい?」
「ご主人様と同じもので!」
「朝は軽いぞ」
「ご主人様と同じものが食べたい!」
「わかった。わかった。琴音も同じものでいいか?」
「うん!」
琴音は頷くと。じっとアシリアを見つめた。
「な、なに?」
「うーん。銀髪に白い翼……。なんかどっかで見たことあるような……」
「琴音。デジャブか?」
「……うん」
琴音は難しい顔をして、うんうん唸ってると、今度は師匠が怖い顔になってアシリアを見た。
「おい、秀一」
「はい。師匠」
「お前、その式神、調伏したばかりだよな?」
「そうですけど」
「おかしい。式神の方から呼びかけてくるなんて、よっぽど相性がいいか、長く付き合って結ばれない限り、起きないんだよ。それにその式神、相当強いぞ。よく調伏できたな」
「街を襲った吸血鬼の一人ですよ。以前話したじゃないですか」
「あ? 血鬼に見えないが?」
「妙光如来様に神気を当てられて天使になったそうです。強いのは修行の成果じゃないですかね?」
「短期間でそんなに成長するか? 俺様の常識が壊れそう」
そのままみんなで朝食をとっていると、師匠が何かを思い出した。
「そういや、ヒュドラを調伏してたよな。召喚してみろよ。扱えるかどうか見てやる」
「はい。街じゃまずいので、郊外にいきましょう」
◇◆◇◆◇◆◇◆
俺は琴音と師匠、そして狐鈴とアリサさんも呼んで、アストラルゲートからセリーン草原に飛んだ。
ゲート付近で召喚すると、何かと面倒なことになりそうなので、見えない場所まで移動してから、ヒュドラ召喚の呪文を唱えた。
「オン……」
何故かヒュドラを召喚する呪文のイメージが書き換わっていく。介入してくる気配というか雰囲気が、浄土世界の神聖なものだ。
「オン・ヴァーユラ・ラージャ・タラシャ! 星火の座、炎の竜人、焔を懐き霊竜将。ここに応えよ。来たれ! ヒュドラ! 急急如律令!」
金の襖が現れて、タンッと開いた。
あれ? 襖が小さくないか?
襖から出てきたのは、九頭のドラゴンじゃない。女の子だった。ちょっと凛々しい系の美少女だ。
「あれ?」
赤く長い髪と黄金色の瞳、頭には角が二本生え、ドラゴンの翼と尻尾が生えている。
「主よ。あの狐から助けてくれて感謝している。だから少しだけ手を貸してやろう」
赤毛の美少女は、現れるなり腕を組み、ふてぶてしく強気に言い放った。
しかしそんな態度もつかの間だった。
くだんの狐――狐鈴がいることに気づき、ガクガクと足を震わせた。
「あ、あう……あ、主よ。き、狐が……」
「俺の式神だよ」
「そ、そんな……」
「秀ちゃん! なんでヒュドラが女の子になってるのよ!」
「俺だってわからないよ! 案内妖精!」
「はーい」
「ヒュドラを調伏したんだけど、なぜか女の子になってた。吸血鬼の時もそうだったけど、これってこの世界じゃ当たり前なのか?」
「普通のモンスターなら新たに魂を作って創生されるんだけど、ヒュドラみたいに強い個体を作るには、強い霊魂が必要になるの。一から創るのは大変だから、もしかしたら、愉悦之神様は強い霊魂を使ってヒュドラを創ったのかもしれないわ。元は英霊だったり、怨霊だったり、式神だったりと色々よ」
「魂が別の何かなのか……それって、調伏してモンスターとしての縁が切れたから、元に戻ったってことか?」
「そうかもしれないわね。あくまで推測だけど」
「ふむ……」
「私もヒュドラの姿より、こっちの姿の方がしっくりくる」
「ヒュドラ。名前はあるのか?」
「思い出せないが、妙光如来様は私のことをジャネットと呼んでいた。それが今の私の名前なのだろう。それより狐が私を見ているのだが……」
ジャネットはジリジリと俺の背後に回って、俺を盾にしようとしている。こいつ本当に式神か?
「小娘よ」
「ひゃい!」
「そう恐れるでない。あの時は悪かったな。分をわきまえれば、悪いようにせん」
「そ、そうですか……」
「よう。竜人のねーちゃん」
「なんだ? 人間」
こいつ人によって態度が違い過ぎるな。
「ああ!?」
師匠がちょっと本気の呪力を発すると、ジャネットはビクっと震えた。
「主よ。あれは本当に人間なのか?」
ジャネットが聞こえるか聞こえないかわからないくらい、小さな声で聞いてきた。
「人間だけど?」
ばっちり師匠に聞こえてる! しかもさっきより呪力強めてるし!
「うわああああっ!」
ジャネットは完全に俺の背中に引っ付いた。
「主! あれはなんだ! なんなんだ! 何でも言うことを聞くから! 何とかしてくれ!」
馬鹿なのか? 言質で縛れるぞ。
「俺の師匠だよ。ちゃんとしていれば大丈夫だ」
「こ、ここは伏魔殿なのかっ!」
「おい、秀一。こいつ使えるのか? 力はあるようだが、主人の背中に隠れるとかありえないだろ」
「……師匠と狐鈴が脅かすからでは」
「あ? やり過ぎたか?」
「とりあえず師匠。言質で縛るので、危害を加えないって言ってくれますか?」
「こいつ、間抜けにも程があるぞ。おいお前」
「な、なんだ」
「お前が主を裏切らない限り、俺はお前に手を出さない。いいな」
「わ、わかった」
「オン・キリ・キリ・バリシ・ソワカ」
「あうん」
ジャネットが妙な声を上げた。
こいつ本当に大丈夫なんだろうか?
狐鈴や師匠みたいな、強い相手に立ち向かえるのか?
……まぁ二人が規格外だってのもあるけど。
敵が規格外の強さだった場合、使い物にならなかったら、戦力外もいいところだぞ。
まぁ敵が規格外の強さだったら、俺も逃げるけどな。
「縛りも入ったし大丈夫だろ。秀一の自由にしな」
「はい」
「ねぇ! 秀ちゃんから離れて!」
「小娘……あれ?」
琴音を見た瞬間。ジャネットの目から涙が流れた。
ジャネットは俺と琴音を交互に見て、泣き笑いを浮かべた。
「ど、どうしたの?」
琴音がびっくりしてジャネットに聞いた。
「わからない。なぜかホッとした…。あぁ良かった……」
「え? え?」
「失礼。この姿になり、知能も戻り混乱しているようだ。今日はもう帰らせて欲しい」
「あぁ。悪かったな。帰っていいぞ」
「では」
「……なんだったんだ?」
琴音を見ると、難しい顔をしていた。何かを思い出せそうで思い出せない。またデジャブを感じたのだろうか? やっぱり今日は休みにしよう。




