第42話 ヒュドラ討伐
「フィルメント高原で、巨大なヒュドラが現れたの」
「ヒュドラって首が九個あるドラゴンか?」
「そう。多頭種のドラゴンよ。ヒュドラは猛毒を持っているの。その毒のせいで、周辺の村に被害が出るかもしれないの。だからそうなる前に退治して欲しいのよ」
「それはいいけど、結構危ない奴なのか?」
「えぇ。レベル九十くらいだから、他のプレイヤーにはまだ早いわ」
俺と琴音はレベル七十二で、アリサさんは六十八。キャサリンさんとレンさんはやっとレベルが四十を超えたくらいだ。他のプレイヤーは平均三十前後。確かにレベル差がありすぎる。
「ねぇ、妖精さん」
キャサリンさんが野太い声で挙手した。
「機動式神って普段は使えないのよねぇ?」
「ええ。享楽之神様によって制限がかけられているわ」
「じゃあ早川君達に任せるしかないわねぇ。私達じゃレベル差がありすぎるわぁ。これでも勇気と無謀はわかっているつもりよぉ」
「僕も遠慮しておくよ。レベル差以前の問題さ。早川君と近藤ちゃんが本気だすと、戦闘が早すぎてついていけない……」
「えええっ……」
ちらりとアリサさんを見る。
「私は戦うわよ。決まってるじゃない」
「よかった」
「……まぁ早川一人でも倒そうだけど?」
「む。なんか棘あるな」
「そう?」
「結構頼りにしてるんだけどな。妖術も使えるようになってきただろ?」
「まぁ多少はね。でも早川達の戦い見てると、力量差があり過ぎて……」
「それ超わかる!」
何故か琴音が反応した。
「私も秀ちゃんと比べると全然だから、剣術に逃げちゃったんだよね……」
「そうなの? 琴音ちゃんも凄く強いと思うけど」
「あははは……私なんて全然だよ……」
「俺も剣術と体術じゃ琴音に敵わないぞ」
「秀ちゃんは私が守るよ」
「俺だって琴音を守るぞ」
「秀ちゃん……」
「それで、お主らはどうするのじゃ?」
おっと脱線するところだった。
「僕は見学させて欲しいな。凄そうな戦いになりそうだし、是非配信させて欲しい」
「私もお邪魔でなければ。危なくなったら逃げるくらいはできると思うわぁ」
「ふむ。陰陽師の戦いを直に見るのも、良い修行になろう。そうさの……結界を張ってやろう。安心するがよい」
この時、狐鈴の顔はすっごく邪悪だった。何かわるだくみを思いついたのだろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「でけぇ……」
フィルメント高原の中央に、九つの首を持つ、巨大なドラゴンが鎮座していた。
魔王軍襲撃の時にいた、ドラゴンほどではないけど、首の太さが刀で斬れるレベルじゃない。
首が縦に伸びている分、十階建てのマンション並みに大きく見える。
「オン・サナマヤ・パー・ソワカ! 神狐よ、白狐の気よ、地を巡り、結界を成せ! 白狐守護陣! 急急如律令!」
狐鈴がキャサリンさん達の周りに結界を張った。
「狐鈴さん。ありがとう……なんだけどぉ、この大きな酒樽は一体何かしらぁ?」
キャサリンさんは、狐鈴が置いた大きな酒樽を見ていた。その顔は若干青ざめている。
「差し入れは嬉しいけど、ちょっと飲み切れる量じゃないよね……」
レンさんも顔が引きつっている。何か嫌な予感がしたのだろう。
「神話によると、ヒュドラは酒が好きらしい。迫力たっぷりの配信が撮れると思うぞ」
「それってヤマタノオロチでは……」
「僕は知ってるぞ! ヒュドラもだよ!」
「それ、酒の匂いにつられて来たぞ」
「ぎゃああああ!」
「いやあああ!」
「作戦開始じゃ!」
案内妖精の情報によると、ヒュドラの息には毒があって、吸い込んだだけで、死んでしまうらしい。
「水の精霊よ。毒を阻む泡となれ! アンチ・ポイズン・シールド!」
対毒の障壁を張ると、透明な虹色の泡に包まれた。虹色の膜は直ぐに透明になり、視界の左上に対毒のアイコンが付いた。
続けて、キャサリンさん達にも対毒シールドを付与していく。
狐鈴の結界が、毒の息も防いでくれるかもしれないけど、念のためにな。
「風の精霊よ。我に集いて盟約を果たせ。突風となりて吹き荒れろ! エア・ストリーム」
俺の突き出した手から、竜巻が発生し、ヒュドラに向かって突き進んだ。
そこへ琴音が式札をばら撒くと、式札は竜巻に巻き込まれて、ヒュドラの元にまで飛んで行く。
「オン・ラグナヴァーラ・サンディヤ・ドゥルガナ・アラシャ・ソワカ! 式の札よ。断ち切れ、繋がれ、響き合え。雷と火、陽と陽、破壊の連鎖! 爆顕律解・火天裂破! 急急如律令!」
式札が連鎖的に爆発を起こし、熱と爆風がヒュドラに襲い掛かった。
「ギャオオオ!」
「ぎゃあおおおお!」
「きゃゃあああ!」
ヒュドラだけでなく、別の悲鳴も聞こえたけど、狐鈴の結界はこれくらいじゃビクともしない。
そしてヒュドラの首が三本千切れて落ちたが、モリモリと肉が盛り上がって再生していく。
「オン・アグニ・ヴァルナ・マハ! 狐の焔よ、叫べ、破を刻め! 妖焔爆砕! 急急如律令!」
アリサさんが放った狐火が、再生していく首に着弾し、爆発しながら切断面の肉を焼いた。
流石に残った二本は再生してしまったけど、まずは一本だ。
どうやら再生するのは首だけではなく、体中ジワジワと再生していく。その途中で流れた血が地面に広がり、辺りが紫色に染まっていった。
血にも毒があるっぽいな。
「琴音。接近戦はなしだな」
「そうだね」
そういって琴音は式札を何枚も取り出した。
「ギャオオオ!」
怒り狂ったヒュドラが、物凄い勢いで突撃してきた。
地面が揺れ、たたらを踏みそうになる。
それでも琴音が式札をばら撒き、術を唱えた。
「オン・カラマ・ヴァルダ・ナラカ! 符よ、結界を描け。展符結界! 急急如律令!」
式札が宙を舞い、円を描いて結界を作り上げた。
ヒュドラは結界に衝突して止まったが、長い鎌首をこっちに向けて炎を吐いた。
まるで巨大な火炎放射だ。しかも合計八つの炎が襲ってくる。
俺達はお互いぶつからないように、弧を描くような形で避ける。
更にヒュドラの首が三本、鎌首を揺らし、辺り一面に向かって、紫色の息を吐いた。絶対毒だ。
こっちは対毒シールドを張っているから、毒は大丈夫だと思うけど視界が悪い。まるで紫色の霧だ。
そう思った瞬間。霧の向こうから幾つも火炎弾が襲い掛かってきた。
嫌らしい攻撃だ。
「霧、晴らすよ」
琴音が合図してきた。
「了解!」
「風の精霊よ。我に集いて盟約を果たせ。突風となりて吹き荒れろ! エア・ストリーム」
琴音が放った竜巻が毒の霧を吹き飛ばし、一気に視界が開けた。
今度は俺が印を結ぶ。
「オン・ヴァーユ・ヴァジュラ・チンダ・シュラーナ! 鎌鼬よ、刃を放て! 急急如律令!」
鎌鼬が現れ、くるんと一回転すると、真空刃が飛び、ヒュドラの首が一本落ちた。
「オン・アグニ・ヴァルナ・マハ! 狐の焔よ、叫べ、破を刻め! 妖焔爆砕! 急急如律令!」
そこへアリサさんがすかさず首を焼く。
「ふぅ。やっと二本ね!」
「アリサよ。一つ手本を見せてやろう」
狐鈴が不敵に三日月の笑みを浮かべていた。
嫌な予感しかしない。




