第34話 痴話喧嘩
「琴音、詰めが甘いぞ!」
「だってしょうがないじゃん! アシリアって誰!」
「数日前に調伏した吸血鬼だよ! この間話したじゃん!」
「女の子だって聞いてないんだけど!」
「それは言わなかったけど……」
「ってか天使じゃん! 吸血鬼に見えないんですけど!」
「俺もよくわからない。浄土世界で魂が反転して、吸血鬼から天使になったらしい」
「……あの……ご主人様。この方は?」
「シャアアアアッ! ご主人様とか言うな!」
「ひいいっ! 怖い!」
アシリアが俺の背後に隠れた。
「秀ちゃんもデレデレしないで! あの夜ってなに! 可愛いってどういうこと!」
「顔が可愛いって言ってくれたの! べろべろばー!」
アシリアが俺の脇から顔だけ出すと、舌を出して顔をブルブルを震わせた。
「そんなっ!」
「誤解させんな! 確か…えぇと……暴言吐きながら逃げてたから、可愛い顔して、言葉使いが汚いなとかそんなことを言ったような……」
「可愛いって思ってるじゃん!」
「それは勢いというか……それに琴音の方が可愛い!」
「もうそれで誤魔化されないよ!」
「ええっ!?」
「秀ちゃんが無自覚天然馬鹿の八方美人だってのはわかったから、私に言うことは?」
「ごめんなさい」
「お主ら痴話喧嘩は酒が進んでからにしろ」
「まずは酒と飯だ」
「そうだった!」
「秀ちゃん! また後でだよ!」
俺はアイテムボックスから茣蓙やレジャーシートを出していく。紅蓮童子を召喚する時の為に用意していた。続いて日本酒を次々と出していく。俺と琴音は未成年なので、お酒はアリサさんに代理で買ってもらった。
レジャーシートを敷いている時に、琴音と目が合った。
「ぷいっ!」
琴音にそっぽ向かれた。胸が締め付けられるように痛い。酷く不安になる。
アシリアを調伏したのは間違いだったのか……。まさか天使になって懐いてくるとは思ってもみなかった。いや、女性の魔物を調伏したのが間違いだったのか? 狐鈴の時は問題にならなかったから、気にしていなかった。いや、今思えば狐鈴は例外中の例外だ。
後悔と不安を抱えつつも、アイテムボックスから作り置きの料理や温めておいた惣菜を出していく。アイテムボックスの中は時間が止まっているようで、料理はいつまでも温かいままで傷まない。便利過ぎてこれなしじゃ生きていけないくらいだ。グランドクエストのクリア報酬に、アイテムボックスも含まれて欲しい。
紅蓮童子がレジャーシートにど胡坐をかいて座ると、大きな盃をアシリアに向けて突き出した。
「おい。新入り。酌じゃ」
「……酌ってなに?」
紅蓮童子に言われて、アシリアがきょとんとしている。
「頭が悪いのお。酒を注げという意味だ」
「あっ! はい!」
俺は一升瓶を開けて、アシリアに渡した。
「お前、琴音には逆らうなよ」
「滅茶苦茶怖いです」
アシリアが酒を注ぎつつ、ちょっと情けない顔になった。
「がははは。わしらも一度負けておるからな」
「ええっ!」
「そうよな。まぁ本気の本気ではなかったがな」
「ぬかせ! 本気だってくせに」
轟雷童子もアシリアに盃を突き出した。
「まぁ本当に怖いのは、守護している狐様だがな」
「あぁ。そうだな。狐様を出されたら勝てない」
「そうなの?」
「陰陽師の強さは術だけではない。強い式神を従えていれば、それだけで強い」
「狐様ってそんなに強いの?」
「遠くない未来。神に昇格するかもしれんお方だ」
「神様怖い! 超怖い!」
「はーっはっはっ! お主、浄土世界が還る場所らしいな?」
「そうです。妙光如来様の御許で修行をしています」
「堅苦しそうだな」
「幽世はいいぞ。自由だ」
「私も元吸血鬼なんです。幽世ってよくわからないけど、天使には無理そうな感じ?」
「なんと! 仲間だったか」
「同じ鬼でも西洋の鬼だと、ちと違うのではないか?」
「細けぇこというでない。それよりさっきの話だが、本当に気を付けるのは狐様だ。あのお方にため口聞けるのは、秀一と琴音だけだ。覚えておけ」
「その話。私も詳しく聞きたいです」
アリサさんが真面目な顔をして混ざった。
「なんだ。後方で気後れしておった腰巾着ではないか」
「おいおい。そういじめるでない」
「腰巾着でいいです。今は」
「ほう。今はか」
「なんだ、分をわきまえておるではないか」
「ふむ。鬼に混ざって話ができるだけでも、肝が据わっている」
「そうさな。気に入ったぞ。では話してやろうか。妖狐は千歳越えれば神となる。狐様は御年九百九十七歳。これがどういう事かわかるか?」
「後三年で神様になるって事ですか?」
「そう。まぁ名乗るだけだがな。本当に神になるには、上位の神に認められる必要があるのだ」
「上位の神様……」
「そうだ。神の試練を受け、乗り越える必要がある。その試練は既に始まっておる。自分を調伏した相手。すなわち早川家を七代守護するという試練だ」
「えっと……七代守護……」
「どうした?」
「神様になる試練だから、もっと多くの人を救う話かと思って」
「下位の動物神ならば最初はそんなものだ。信仰心を集め、神位が上がれば、お主が思うような試練が訪れよう」
「何にせよ、秀一と琴音はな、狐様が赤子の頃から大事に守護してきた子供みたいなものだ。秀一の母親は狐様を子守として使っていたのだぞ」
「そう言えば配信でそんなこと言ってたわ」
「秀一達との関係は母子と言うより友に近い。秀一は狐様を式神にする立場にあるからな。気を使ってくれたのだろう」
紅蓮童子がこっちをちらりと見る。わかっているさ。因みに狐鈴は聞いてないフリをしながら、一人で黙って飲んでいた。
「秀一で六代目。琴音は狐様にとっても大事な秀一の相手ってわけだ。邪魔したらどうなるか。わかるよな?」
「……はい」
「小娘」
「アリサと言います」
「アリサよ。お前もだ。狐様はいずれ神となられるお方だ。接し方に気を付けるがよい」
「き、気をつけます」
「気をつけんでよい」
狐鈴がいつの間にかアリサさんの側にいた。
「ひぇあああ!」
「なんじゃ素っ頓狂な声を出しおって」
「だって……」
「童よ。いらんことを言うでない」
「その様で」
「まぁよい。してアリサよ」
「は、はい」
「そう畏まるな。お主は今まで通りでいてくれや。アイドルの先輩よ。我もお主から学ぶことが多い」
「そ、そうね! 色々教えてあげるから……今後ともよろしくお願い致します」
「どっちつかずじゃのぉ……。まぁよい。それよりアシリア」
狐鈴がアシリアをじっと見つめた。
「は、はい!」
「滅するぞ」
「ひぃぃぃいいっ!」
「冗談じゃ。秀一の相手か。まずは人間になれ。話はそれからじゃ」
「えっ?」
「後は妙光如来様に聞くのじゃな。それまで手出しは許さぬ」
「わ、わかった。じゃなくて、わかりました」
俺と琴音は、なんとなく宴会会場から離れた場所に来ていた。
「ねぇ秀ちゃん」
「ん? なんだ?」
「私ってなんだろうね。紅蓮童子が言ってた、秀ちゃんの相手?」
「そんなわけないだろ! 俺はそんなの気にしてない!」
「仕組まれた幼馴染だったんじゃない? 落ちぶれた分家は本家と繋がりが欲しかった。本家は狐鈴の守護が欲しかった……」
「例えそうだとしても! 俺は琴音が好きだ! 他の子じゃダメなんだ! 例えどんな事情があっても! それさえ感謝してる! 琴音との出会いをくれたんだ!」
「じゃあ不安にさせないでよ! 私を愛してよ! ちゃんとしてよ……」
「ごめん。琴音」
俺はそっと琴音を抱きしめた。
「足りない! 全然足りない! もっと強く抱きしめて!」
俺は琴音を包み込むように、力を入れた。
「琴音……」
「魔王軍の襲撃終わったら、一週間激甘ご機嫌取りデートだよ。それで許してあげる」
「それって死亡フラグみたいだぞ」
「じゃあそのフラグへし折ってよ」
「絶対へし折ってやる」
「うん。期待してる」




