第27話 吸血鬼アシリア
警戒しながら街を走り回っていると、街の一角で爆発音が響いた。
飛行の魔法で上空に上がると、遠くで爆発の光が何度も見えた。暗くて見づらいけど、誰かが戦っている。
「光の精霊よ! 夜の帳を払え。ルクス・フラッシュ!」
照明の魔法を数発放ち、辺りを照らす。浮かび上がったのは、元自衛官の斉藤さんと、確かゲーム配信してるナデシコさんだ。
動きを見る限り、吸血鬼化しているのはナデシコさんの方だ。
斎藤さんの発火スキルと、ナデシコさんの稲妻を放つスキルがぶつかり合い、激しい攻防を繰り広げている。吸血鬼化したナデシコさんの方が有利みたいだ。
「斎藤さん! こっちに連れてきて!」
声を上げると斎藤さんが気づいた。すぐさま祝詞を唱える。
「慈白菩薩、瑠璃観音、無垢大天、三界を超えし御霊に、穢れし魂の浄めを乞い願い奉る。迷いの道に堕ちし魂を、我ここに請い奉る。忘却の呪より解き放ち、魂、本来の姿へと還りゆけ。悪しき呪いを断ちて、人の理へと導き給え、祓え給え、清め給え、癒し給え、恐み恐みも申す」
祝詞が完成し、光がナデシコさんを包み込んだ。
「きゃああああっ!」
ナデシコさんはビクンビクンと震えて倒れた。
「助かったよ。いきなり襲われたんだが……何か知っているか?」
「ナデシコさんは吸血鬼になりかけていました。この都市のどこかに吸血鬼がいるみたいで、配信者を狙っています」
「吸血鬼か。ナデシコさんはその吸血鬼に噛まれて、吸血鬼になったのかい?」
「完全に吸血鬼化する前に、祝詞で直したのでもう大丈夫です。ナデシコさんを任せていいですか?」
「あぁ。わかった。警戒頼むよ」
「いえ、先に連れて逃げてください。来ました。大元の吸血鬼だと思います」
蝙蝠の群れが俺達に向かって飛んできた。普通の蝙蝠じゃない。禍々しい気配を感じる。
「わかった! 全力で戻る!」
俺は再び祝詞を唱える。今度は穢れを浄化する祝詞じゃない。救えない魂や悪鬼を滅ぼすための祝詞だ。
「白焔如来、光輪大明王、八界守護天、三界を超えし御霊に、穢れ魂を滅する力を乞い願い奉る……」
蝙蝠が渦を巻くように集まり、人の形へと変わっていく。
「貴様か! 私から下僕を奪ったのは!」
月夜に輝く銀髪に、紅く光る瞳。身にまとっているのは黒いゴシックドレス。少し歳下に見える美少女吸血鬼がそこにいた。
「闇に堕ちし不死の影、迷いを断ち、輪廻の岸へ還るべし」
「せっかく可愛い子を見つけたのに! わかる!? 中年のおっさんの血を吸う時の気持ちが! 汗臭いムキムキマッチョに噛みついた時、牙が届かなかった時の絶望感が!」
「此処に集いし穢れの魂を見そなわし、常世に堕ちし闇の理、いま断ち給え」
「あんたで責任取ってもらうわよ!」
吸血鬼が牙を剥きながら突進してきた。
「火の禊にて魂を焼き、塵となりて、祓え給え、清め給え、還り給え、恐み恐みも申す」
「んきゃああ!」
吸血鬼が俺に届く寸前で燃え上り、無数の蝙蝠となって地面を転げまわった。
「なっ!」
一発で灰となって爆散すると思ったら、蝙蝠達が一箇所に集まって、再び人の姿に戻った。
「危うく死ぬところだったわ。もう死んでるけど! あっ……」
「……爆炎符・浄火! 急急如律令!」
しゃべっている暇があったら回避するんだったな。
無数の式札が吸血鬼に張り付き、次の瞬間、連鎖的に爆発していく。
「ぎゃぁああああ!」
浄火の炎に焼かれて、吸血鬼が地面を転げ回る。そんなんで消えるような火ではないんだけど……術や魔法の抵抗力が高いのか、直ぐに霧散した。馬鹿っぽいのにステータスが高そうだな。凝視するとレベル四十二。やっぱり高レベルだ。
「あづっ! あづっ!」
吸血鬼は全身ボロボロになりつつも、煙を上げながら回復していく。
「くっ! 強すぎ! やってられるか!」
吸血鬼は踵を返して空に逃げた。
「逃がすかよ!」
俺は飛行の魔法を唱えて美少女吸血鬼を追う。
「ついてくんな! バーカ! バーカ! うんこ踏んで転んで死ね!」
「可愛い顔して、言葉づかいが汚いな!」
「んなっ! 可愛っ!?」
吸血鬼は何を驚いたのか、振り返りながら飛んだせいで、教会らしき建物のシンボルにぶつかった。
「ぎゃあおおおおぉっ!」
教会のシンボルが、吸血鬼にとってどれだけ危険なものなのかはわからないけど、いきなり火だるまになって墜落していく。
「うおおおっ!」
吸血鬼はまた地面に転がって火を消した。
「オン・ソワカ・ヒシャリ・ソワカ! 天地の狭間に在りて、調和の御境を為す! 穢れを拒み、邪を拒絶せよ! 静壁結界! 救急如律令!」
その間に俺は邪悪なる者を閉じ込める結界を、辺り一面に張る。
「はぁ……はぁ……もういやぁ……」
吸血鬼が突然霧となって闇夜に溶けるように逃げる。しかし俺が張った結界に阻まれて逃げられない。
霧は迷うように漂った後、闇から闇へ移動し、俺の背後に回り込もうとする。
「風の精霊よ。我に集いて盟約を果たせ。突風となりて吹き荒れろ! エア・ストリーム」
俺の突き出した手から、竜巻が発生して霧を巻き込んだ。
「散る! 散っちゃう!」
吸血鬼が慌てて人の形になるが、そのまま竜巻に巻き込まれ、高速回転した。
「目が回るうっぅう! 気持ち悪いぃぃい! おぼえぇえええ!」
吸血鬼はとうとう嘔吐物を撒き散らしながら、吹っ飛んで倒れた。
「いっそ殺して……。もう死んでるけど……」
涙と嘔吐物でグシャグシャに濡らした顔は、ちょっと見てられなかった。このまま消滅させちゃうのはさすがに無慈悲すぎる。
それになんだ、この吸血鬼……。落ち着いて見ると、初めて会った気がしない。どこか懐かしさを感じる。
いや! そんなはずはない! ここは異世界だぞ。誰かに似ている?
俺の直感が、こいつを殺すな。調伏して式神にしろと語り掛けてくる。さっきの祝詞もそうだ。どこか手加減したんじゃないのか? デーモン相手ならともかく、アンデットに対して絶対的な威力を持つ祝詞だぞ。
……調伏してみるか。手駒はいくつあってもいいしな。
「お前、名前は?」
俺は言霊を乗せて命令する。
「……アシリアだけど?」
強制力を持たせた言霊など知らないのだろう。アシリアは何の疑問も持たずに答えた。
「オン・カンマニ・パドマ・シャリラ・ソワカ! 迷いの世に堕ちしアシリアよ。調伏の印、いま結び奉る。縁鎖・魂縛・理鎖・封絶・従命! 急急如律令!」
「えっ? 何っ!? 体が熱い! 何この繋がり? 近寄らないで! 魅了してエッチなことする気でしょ! 変っ態! 最っ低ぇ!」
「そんなことはしない。俺は今、お前と縁を結んだ」
「ど、どういうこと?」
「お前は今まで血を吸った人間を吸血鬼や下僕にしてきただろ。今度はお前が俺の下僕になったんだよ」
「んなっ!?」
「お前は俺の支配下にある。滅ぼさない代わりに、役に立ってもらうぞ」
「やっぱりエッチなことする気だ!」
「……え? 何でそうなるの? 話聞いてた? 馬鹿なの?」
「私のこと、可愛いって言ってたでしょ!」
「それはもう忘れろ……」
「やだっ! 私褒められたこと、あんまりないもん!」
「どういう人生送ってきたんだ……。周りの見る目がなかっただけだ」
「吸血鬼って私より美男美女ばっかりだからかな?」
「とにかく。お前は俺の式神だ」
「式神? ねぇ。私どうすればいいの? あなたについて行けばいいの?」
「ついてくる必要はないぞ。お前の行き先は浄土世界だ。あっちで色々教えてもらえ」
おかしい。自然と式神の行き先を、幽世ではなく、浄土世界を選んでしまった。まるでそれが当然のように。
「え? 浄土?」
「その前にこれで顔を拭け」
俺はアイテムボックスからタオルと水筒を出して、アシリアに渡した。汚れた状態で浄土世界に送るわけにはいかないからな。
「あ、ありがとう……」
アシリアはタオルを水で浸した後、顔を拭くとハッと何かを思い出したような顔をした。
「逃げるわけじゃないからね」
次の瞬間、アシリアは蝙蝠の群れになって、バタバタと嘔吐物を跳ね飛ばした。
あぶねっ! こっちに飛んできたんだけど!
再び人の姿に戻ると、新品のような服になっていた。吸血鬼の服って体の一部なのか?
「綺麗でしょ!」
ドヤ顔がちょっと可愛いって思ってしまった。いけないいけない。
「オン・アヌグラハ・スニティ・ナンダ・ソワカ! 暴威を慎み、妙光如来の慈悲にすがれ! 来迎之扉・開門! 救急如律令!」
アシリアの背後に、巨大な金の襖が現れて、ゆっくりと左右に開かれていく。
襖の向こう側は黄金の光で満ちた、不思議な光景が広がっていた。光の隙間から、蓮の華が浮かぶ池や寺院が見える。
「……ぇ」
襖の向こうから、黄金の腕がいくつも伸びてきた。
アシリアは暖かい光に包まれ、なすすべもなく、その腕に抱かれ、襖の向こうへと連れ去られた。
そして襖がゆっくりと閉じて消えていった。
その先は狐鈴の時とは違い、幽世ではなく妙光如来様が創りし浄土世界だ。吸血鬼のアシリアには、ちょっとばっかりきついところかもしれないけど、頑張れ。妙光如来様は全ての存在を救ってくれる存在だ。




