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第26話 吸血鬼襲来

 俺は今日も千葉童子との稽古でぶっ倒れていた。静寂の中、聞こえてくるのは俺と琴音の荒い息だけだ。

 もう夜……これで今日の訓練も終わる……

 ホッとしたところに、草を踏む音が近づいてきた。

 音の方へ目を向けると、闇夜の中、照明の魔法によって照らされた白いタキシード。胸元には深紅の薔薇が一輪。こんな気取った衣装は、自称白の貴公子のレンさんしかいない。


「やぁ。こんばんは。ちょっといいかな?」


 レンさんは琴音の前に立って、優雅にお辞儀をした。


「近藤ちゃん。ちょっと男子の前では言いにくい相談があるんだ。少しだけ付き合ってくれないかな? 今夜の食事は僕が奢るからさ!」


 俺と琴音は瞬時に飛び起きた。


「秀ちゃん。相手は女の子だから私が前に出るね。祝詞よろ」


「了解」


「私は手を貸さんぞ。修行の成果を見せてみろ」


 琴音は瞬時に刀を抜き、レンさんに斬りかかった。しかしレンさんはとんぼ返りに宙を舞い、後方に軽々と着地した。あれは人間の動きじゃない。


「まったく困った子猫ちゃんだ。そんな子猫ちゃんにはお仕置きが必要だね!」


 目が真っ赤に輝いている。やっぱり普通じゃない。首筋に見えるのは吸血の痕……吸血鬼に噛まれたのか!?

 

 念のためレンさんを凝視すると、レンさんの頭上にバッドステータスのアイコンが見えた。

 

「案内妖精! あのアイコンはなんだ!?」


 呼びかけると案内妖精のセレナが出てきた。


「はーい。あれは吸血鬼化のバッドステータスよ。吸血鬼に噛まれたのね。今は黄色いからまだ助かるけど、赤いアイコンになったら完全に吸血鬼になって助からないわ」


「なっ!」


 俺は急いで、穢れを祓う祝詞を唱えた。少し前に琴音が唱えた、清めの祝詞ではなく、浄化の祝詞だ。


慈白菩薩じはくぼさつ瑠璃観音るりかんのん無垢大天むくたいてん、三界を超えし御霊に、穢れし魂の浄めを乞い願い奉る……」


 レンさんは狂気じみた笑みを浮かべ、深紅のバラを掲げた。


「ローズ・ウィップ!」


 一輪のバラが巨大化し、無数の棘が生えた鞭となり、うねるように琴音に襲い掛かった。

 しかし琴音は襲い掛かるバラを斬り払い、迷いなく間合いを詰める。


「迷いの道に堕ちし魂を、我ここに請い奉る。忘却の呪より解き放ち、魂、本来の姿へと還りゆけ……」


「むっ! それは祝詞ってやつだね! そうはさせないよ!」


 レンさんは下がりながら種をばら撒いた。


「ブロッサム・ブリット!」


 レンさんの前に巨大な鳳仙花が生え、拳大の種を俺に向けて発射した。

 しかし俺は避けもせず、祝詞を続ける。


「はっ!」


 琴音が襲い掛かる種を切り落とし、更にレンさんとの間合いを詰め、斬撃によってレンさんのシールドを削っていく。


「まったく、いけない子猫ちゃんだね!」


 レンさんがまだ抵抗しようとするが、もう終わりだ。


「悪しき呪いを断ちて、人の理へと導き給え、祓え給え、清め給え、癒し給え、恐み恐みも申す」


 祝詞が完成すると、レンさんの体が黄金の光に包まれた。


「きゃああああっ!」


 レンさんはビクンビクンと震えた後、バッタリと倒れた。

 倒れたレンさんを凝視して、アナライズを発動せると、バッドステータスのアイコンが消えていた。嫌な気配もしないし、これで吸血鬼にならずに済んだのかな……


「秀ちゃん、首筋にあるこのあとって……吸血鬼に襲われたのかな?」


「うん吸血鬼だ。さっき案内妖精に聞いたよ。吸血鬼に噛まれたら、吸血鬼になるみたいだ」


「ええっ!?」


 吸血鬼。それはあまりにも有名なモンスターだ。吸血鬼はどんな物語でも、人の血を吸う化け物として登場する。吸血鬼に血を吸われた人間は、吸血鬼の下僕になったり、同じ吸血鬼になったりする。この世界の吸血鬼もその例にもれず、血を吸った相手を吸血鬼にするみたいだ。

 

「レンさんにアナライズをかけたら、吸血鬼化のバッドステータスアイコンがあったよ。案内妖精の話によると、アイコンが赤になると吸血鬼になって元に戻らないってさ」


「それ怖すぎ! ねぇ。大丈夫なの?」


「もう大丈夫よ。さっきの祝詞で吸血鬼ウィルスが体から消えたわ」


 吸血鬼ウィルスか……。吸血鬼化のアイコンはウィルスが宿主を支配するまでのタイムリミットを表しているのか。赤になると支配完了ってことだな。

 なんにせよ……


「祝詞が効いてよかった……」


 俺はホッと息を吐いた。


「どこかにレンさんを噛んだ吸血鬼がいるよな」


「探さないと!」


「他の人も襲われてるかもしれないしな! 童子師匠!」


「うむ。ギルドの館は神が作った結界だ。吸血鬼もギルドには入れまい。レンとやらをそこまで運んでやろう」


「ありがとうございます……」


 ……千葉童子は戦ってくれないのね。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「むおおおおお!」


 キャサリンさんが小柄な女の子に押し倒され、今にも首元へ噛みつかれそうになっていた。首の筋肉が太すぎて、牙が血管まで届かない気もするけど、そんな事を考えている場合じゃない。俺は式札を取り出して、女の子に投げつけた。


「オン・タラカ・ホン! 爆破符・焔散えんさん! 急急如律令!」


 式札が破裂し、小柄な女の子が弾き飛ばされた。シールドがあるから、この程度なら大丈夫だよな。


「きゃあっ!」


 吹っ飛んだ女の子をアナライズで確認すると、バッドステータスのアイコンは黄色。まだ助かる!


「助かったわ」


 キャサリンさんは、立ち上がりつつ苦笑いを浮かべた。自分よりも小柄な女の子に押し倒されて、どこか気まずそうだ。


「……恐み恐みも申す」


 女の子が体勢を立て直す前に、琴音の祝詞が完成し、浄化の光に包まれた。倒れた女の子の首筋には、やっぱり吸血痕があった。

 名前は覚えてないけど、この子も配信者だ。配信者だけを狙っているのか?


「この人、明日香ちゃんだよね。キャサリンさん。もう大丈夫だから背負ってくれる?」


「任せなさい」


 そう言いつつも、キャサリンさんはどこか不安そうだ。そりゃあ、また襲ってくるかもって思うよな。


「キャサリンさん、不安そうだし、俺が背負おうか?」


「秀ちゃん?」


「え?」


 琴音の顔、めっちゃ怖いんだけど!


「やっぱりキャサリンさんにお願いしようかな。もう琴音が浄化したから、吸血鬼化は解けたよ」


「そ、そう。それなら……ふん! よっごいしょと! ねぇ。この子、吸血鬼になってたの?」


「そうみたい」


「やだ怖いわ。信じられない力だったのよ。筋肉を無理やり使って、体大丈夫かしら」


「念のため、回復魔法もかけておくよ。キャサリンさんにも」


「あら、気がきくのね。ありがとう。そう言えばレンちゃんを見かけなかった?」


「ばっちり噛まれて吸血鬼になってたよ」


「えっ!」


「でも大丈夫。ちゃんと浄化したから。今は童子師匠が見てくれてる」


「あの方がそばにいるなら安心ね」


◆◇◆◇◆◇◆


 ギルドまで戻ると、入り口に十人程の男女が寝かされていた。吸血鬼化された配信者達だ。ギルドの中じゃないのは、吸血鬼化したままだと、結界に阻まれて入れないからだろう。《《三人だけ配信者じゃない人》》がいるけど、どっかで見たような……いや、今は考えている場合じゃない。

 全員にアナライズで確認すると、みんな黄色だ。


「師匠!」


「よう。遅かったじゃねぇか。俺は祝詞が苦手なんでな。琴音頼むわ」


「はい! 急ぎます!」


「秀一は外にいる配信者を探して連れて来い。吸血鬼の狙いは俺達だ。襲撃準備を邪魔しにきたのかもな」


「わかりました」


「アリサちゃんは狐様と一緒に出てるから心配すんな」


「狐鈴がいるなら安心だ」


 師匠の話によると、外に出ている配信者はあと三人らしい。残りはギルド内に避難済みだった。

 

 俺と師匠は再び夜の都市へ走り出した。

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