第19話 やっぱり壊れちゃった
「うっ……」
アリサさんが顔をしかめて口に手を当てた。教会内に漂い始めた嫌な空気。こいつは瘴気だ。
瘴気は少しずつ命を蝕んでいく厄介なもの。長く留まれば、血が腐り、肉が枯れ、やがて意識すら闇に落ちる。発生源は例の中級デーモンか?
聖者シリーズの防具を着ていて良かった。だけど気休めにしかならない。短期決戦だ。
俺と琴音は剣をアイテムボックスに戻すと、ババっと素早く手印を結ぶ。
「オン・アグニ・カジャラヤ・ソワカ! 天より降りよ、邪鬼断罪の刃! 召刃・天焔業刀! 急急如律令!」
「オン・カシャ・ザンマ・ソワカ! 天より降りよ、災厄を断つ刃! 召刃・天雷鳴刀! 急急如律令!」
俺と琴音は刀を召喚し、本来の戦い方に切り替える。
祭壇の奥から、ボッボッボッボッと壁に青い炎が点っていく。
「奇妙な魔法を使うな」
いつのまにか祭壇に人影が見えた。頭には二本の捻れた角。肌は水色。背中には蝙蝠の羽。そして俺達の倍くらい背がある。
レッサーデーモンの獣じみた気配とは違い、知性を感じる。知性があるって事は、それだけ厄介な相手だ。
「下級の悪魔を倒していい気になっているな? 本当の恐怖を教えてやろう」
目を凝らしてスキルを発動する。アークデーモンレベル50。俺達のレベルの二倍か。普通なら後ろ向いてランナウェイだ。
「生きたまま切り刻んでやろうか? それとも少しずつ食ってやろうか?」
「あっ……ああああっ!」
アリサさんの顔が恐怖に歪む。勇気のスキル、ブレイブハートはレベル差十までしか効果がない。
「狐鈴。アリサさんを守れ」
「良かろう。今回は防御に徹するとしよう」
「ちょっと! 何考えてるのよ!? 逃げよう! 逃げようよ!」
「逃すと思うか?」
俺は前に出ながら琴音と目配せすると、琴音が下がって祝詞を唱え始めた。
「掛けまくも畏き八百万の神々の御前に申さく。此の地に満ちる穢れ、禍々しき瘴気を祓い給え、清め給え」
「させ……むっ!」
アークデーモンが祝詞を止めようとするが、そうはさせない。
「クイック・ステップ」
俺は一瞬で間合いに入ると、アークデーモンの太ももに狙いを定め、刀を振るう。背が高すぎなんだよ!
アークデーモンは一歩下がって避けつつ、腕を叩きつけるように振り下ろしてきた。
俺は腕を避けつつ、アークデーモンの腕へ、斬撃の叩き込んだ。
太くて硬い!
「ぐっ! おのれ人間!」
さっきまで使ってた剣じゃ傷一つ付きそうにないが、今持っているのは天焔業刀。その刀身は穢れを祓い、妖魔討伐のため、聖炎によって鍛え上げらしものだ。そんじょそこらの刀とは訳が違うんだよ!
俺の刀が再びアークデーモンの腕を切り裂く。返す刀で腕の一本をもらおうとしたが、アークデーモンが無詠唱で放った紫の炎に阻まれた。
「罪穢れ悉く消え失せ、光満ちる道と成らんことを。神気の光はここに満ち、穢れを祓い、浄火の道を開かせ給え」
琴音の祝詞が完成に近づくに連れて、清らかな空気に変わっていく。
アークデーモンの顔が歪む。やっぱり脅威と思ったのか、注意が琴音に向く。
その隙に、俺は刀を片手で振りつつ、簡易手印を結ぶ。
「オン・ライテン・シュツライ・ソワカ! 紫電纏いし鼠よ、我が命に従い敵を穿て! 雷鼠招来! 急急如律令!」
メニューを意識だけで操作し、アイテムボックスに入っている式札を取り出す。
ひらひらと地面に落ちた式札から、小さなネズミが現れ、アークデーモンに向かって走る。
アークデーモンはたかがネズミと気にしない。しかしそれは大間違いだ。ネズミがアークデーモンの足に噛み付いた瞬間、雷光となって爆発した。
「なぬっ!」
アークデーモンのくるぶしから下が吹っ飛んだ。
バランスが崩れ、頭が下がった所に、刀を叩き込む。
「甘いわ!」
アークデーモンの吹っ飛んだ足と、切り裂かれた腕が、逆再生のように回復し、俺に向かって腕を振るった
「エア・スキャフォールド」
足場を作るスキルで防ぎつつ、狙いを太ももに変更して斬り裂き、一旦後方へ引く。
「甘いのはお前だ」
「神嗣の照らす光、幽冥を破り、清き大路を示し給えと申す。恐み恐みも申す」
瘴気が消え去り、清らかな空間が広がっていく。アークデーモンにはこの清らかな空間は辛いだろう。
俺が下がると、今度は琴音が代わりに前に出る。
「オン・カカビ・サンマエイ・ソワカ! 神火猛る陽焔よ、穢れし鬼を悉く灼き浄めよ! 天焔浄滅! 急急如律令!」
アークデーモンは琴音が放った聖なる炎に焼かれた。
「グアアアッ!」
更に琴音は跳躍し、アークデーモンの頭に刀を振るう。しかしアークデーモンは刀を腕受けつつ、空中の琴音に腕を叩きつける。
「エア・スキャフォールド!」
しかし琴音はスキルで腕を防ぐ。
「おのれ!」
「エア・スキャフォールド!」
琴音が空中に作った足場で、とんぼ帰りしながら後方に着地した。
琴音が時間を稼いでいる間に、俺の陰陽術が完成する。
「……神獣招来! 来たれ! 朱雀! 急急如律令!」
空中に舞った札が燃え、炎の鳥――朱雀が現れ、炎の軌跡を引きながらアークデーモンに向かって飛んでいく。
朱雀が火を吐き、琴音と交代するように、今度は俺がアークデーモンに切り掛かり、アークデーモンが防戦一方になっていく。
「……神獣招来! 来たれ! 白虎! 急急如律令!」
更に白虎がアークデーモンに襲い掛かり、アークデーモンはたまらず空に逃げる。
「オン・アカシャ・ミトラ・ハリシャ・ソワカ!」
俺と琴音は手印を結び、同じ呪文を唱え、まるで鏡写しのように揃った。
「天照らす神気の槍よ、穢れを穿ち悪しきものを討て! 光槍顕現! 急急如律令!」
聖なる光をまとった槍が二本、アークデーモンを貫いた。
背後の壁に大穴を空けたが気にしない。
「グアアッ!」
動きが止まったところに朱雀が体当たりして、地面に叩きつけ、落ちた所に白虎が怒涛の連撃を喰らわす。腕を叩きつけ、噛みつき引きちぎり、雷撃で体を燃やす。
「オン・アマリタ・シンダラ・ボダナン・ソワカ!」
俺が止めの術を唱えると、琴音が周囲とアークデーモンを警戒。こういう時に隙を埋めてくれると安心して集中できる。
「オン・クティラ・カラシャナ・バザラ・サトバ・ソワカ!」
俺の指先に燦然と輝く黄金の光が生まれ、瞬く間に天井へと駆け上がり、巨大な和風の魔法陣を展開する。
琴音が白虎を送還すると、ボロボロになったアークデーモンが再生を始めるが、時すでに遅し。
「天光満ちる神威の刃。穢れを断ちて輪廻を正す! 浄天滅闇! 悪鬼退散! 急急如律令!」
魔法陣から、光の剣が雨のように降り注ぎ、アークデーモンの体を容赦なく穿ち貫いた。
「ガッ……アッ!」
何かを叫ぶ前に、アークデーモンの頭が吹っ飛び、瞬く間に体中を削っていく。更に止めとばかり、淡い光の粒子が周囲を漂い、轟音と共にアークデーモンを焼き尽くした。
「ちょっとやりすぎたかな……」
「……まぁ仕方ないよね?」
アークデーモンがいた場所は大きく抉られ、壁には大きな穴が二つ空いてしまった。謝ったら許してもらえるかなぁ。無理かなぁ……。穴は開いたけど、辺りはもう瘴気のかけらもない。琴音の祝詞により、聖域のような清らかさすらあった。




