第3話:サバイブするしかねぇ
焼け焦げた空気が肺を刺し、喉がヒリつく。 石畳の道を進むゴブリンたちは、無言のまま。俺もその一員だったが、誰にも“意思”の気配などない。 まるで、処刑場へ向かう屍の行進だ。
《……嫌な空気だ》
呟きは風に消え、誰にも届かない。 仲間たちはただ無表情で、思考のない目で前を見ていた。
やがて視界が開ける。 そこに広がっていたのは――炎に包まれた、滅びの集落。
焼け焦げた小屋、吹き飛ばされた瓦礫、腐りかけた死体。 人間かゴブリンかの判別すら不可能な、黒ずんだ肉塊。 空気に混じるのは、血と焦げた木材が入り混じった、むせ返る臭気。
《……マジかよ、完全に壊滅してるじゃん……》
俺は誰に言うでもなく呟き、隊の後方へ抜ける。 死体から、革の胴鎧・腰巻き・ブーツを拝借。最低限の装備だが、裸よりは遥かにマシ。 肩掛けのカバンからは、水色の液体が揺れる小瓶――4本。
《ポーション……か? 見た目は完全に回復アイテムだな》
瓶を軽く振ると、液体がゆっくりと波打つ。 もしこの世界が“ゲーム”なら、こうしたアイテムも納得できる。 だが――痛覚も、空気の重さも、体温の変化も、現実だ。
迷ってる暇なんてない。“生き残る”しかない。
集落の裏手を進むと、峡谷が現れた。 崖沿いの道は細く、不安定で、いつ崩れてもおかしくない。 岩に潰されたゴブリンの死体が、無造作に転がっている。 それでも他のゴブリンたちは、ただぼんやりと進む。まるで“風景の一部”のように。
《……大丈夫かよ、これ……》
その瞬間、地鳴りが走る。 地面が震え、岩が軋み、嫌な予感が背筋を這った。
《やばっ! 崩れる!》
とっさに前方へダッシュ。頭を低くし、足を止めるな。とにかく走れ――!
――ドゴォッ!
土煙が立ちこめ、空が曇る。 背後から、断末魔。叫び。瓦礫の落下音。
振り返れば、そこに分隊の姿はなかった。 崖の崩落に巻き込まれ、全てが潰された。
《……またかよ。二度目の全滅か》
そしてその時だった。 俺の体が――光を帯びる。
熱が全身を駆け巡り、筋肉が盛り上がり、骨格が膨張する。 視界が高くなり、痛みも空腹も、すべてが消えた。
《……これが、“進化”?》
敵を倒したわけじゃない。 ただ、自然災害で仲間が死んだだけだ。
生存=経験値 災害死=経験値 仲間の死=経験値
《そういうことか……》
この世界では、“死”の隣にいる者だけが進化する。 俺は、この世界の“非情なルール”を少しだけ理解した。
《なら――俺にできることは、ただ一つ》
サバイブ。 生き抜くためなら、感情も倫理も、容赦なく切り捨てる。
後方から、別のゴブリン小隊の気配。 俺は岩陰へ身を隠しながら、来た道を引き返した。
峡谷の先に待つのは戦線だ。――そこでは、生存率が一気に下がる。