第六話 山に穴をあけたのは誰だ
「おじいちゃん!おばあちゃん!こんにちは!来たよー!」
いつにもまして日和の元気な声が家の玄関で鳴り響いた。
今日は、蓮が訓練を始めてから、最初の日曜日。
蓮と日和、そして宗俊の3人は、宗俊の実家、蓮の祖父 ── 藤坂宗忠の家に来たのだ。
家の奥から祖父・宗忠、そして祖母 ── 藤坂たえ(ふじさか・たえ)が、笑顔で現れた。
「おお、日和。元気だったか。よく来たな」
「宗俊。変わりないか」
父親には仕事の関係でなかなか会えない宗俊だが、久しぶりに元気そうな父・宗忠の様子を見て安心した様子で答えた。
「ああ、元気だ。もう一年ほど会ってないが、親父はどうだ。そろそろがたが来たんじゃないか?」
「ははは。ワシはお前と鍛え方が違うからのぅ。今も変わりなく朝稽古をしておるぞ」
宗忠は、その言葉に、すかさず宗俊の答える。
「変わりない」とその言葉に安堵する宗俊。
蓮と日和は今、夏休みだ。魔法の訓練のため、父の実家にやって来たのだ。ここで攻撃魔法の練習をするつもりなのだ。
そして、祖母・たえが2人の会話の間に入って来た。
「そこにいるのは蓮か?」
先日買ったトレーニングウェア姿。そして竹刀の入った竹刀袋を肩にかけた蓮が立っていた。
「じいちゃん、ばあちゃん、こんにちは」と蓮は言い、頭をぺこりと下げた。
「おお、蓮。よく来た。ふむ。めんこいのぅ。ようやく活躍する時が来たな」
「さっ、皆、上がれ」
宗忠は久しぶりの孫たちとの再会がとても嬉しかった。
「おじゃましまーす」と、元気いっぱい日和が声を出す。
宗忠は、3人が上がって奥へ進む、その後を続けて歩いた。そして、祖母・たえもにこにこと笑顔浮かべ続いて奥へ入っていった。
───
奥の座敷で、蓮たち3人は少しくつろいでいた。
その時、上座に座っていた祖父・宗忠が蓮に声をかけた。
「蓮。変身はうまく出来るようになったか?」
「うん。じぃちゃん。初めは失敗続きだったけど、今は問題なく変身できる」
蓮は、もう大丈夫と言わんばかりに答えた。
「よし。ではここからが本番じゃ。覚えることはまだまだたくさんある。精進するがよい」
蓮は、宗忠の言葉に頷いき、たえが出してくれた麦茶をゴクリと飲んだ。
その時、たえが話し出した。
「蓮。一度、変身してわたしにその姿を見せてくれ」
たえの言葉を聞き、宗俊の顔を「かまわないか?」と尋ねるように見た。
「うむ。蓮、おふくろにその姿をみせてやってくれ」
そう薦める宗俊の言葉に、蓮は立ち上がり、少し場所を移動した。
「じゃぁ、ばぁちゃん。いくよ」
「神技解放」と念じた蓮のからだから、鋭い光が出た瞬間、そこには可憐な姿をした蓮が立っていた。
「まあぁー、見事な変身!ねっ、おじいさん」
たえが嬉しそうに宗忠に声をかけた。
「うむ。見事じゃ。失敗が続いたと言っておったが、問題ない」
宗忠は嬉しさと、多少の心配が吹き飛んだことに満足げに話した。
「蓮。写真を撮らせてちょうだい。日和。お前も一緒にな」
たえが言う。
わかったとばかりに、日和は蓮に走り寄り、蓮の腕を抱え込んだ。
「こらっ、日和!」
蓮が慌てて言ったものの、日和は腕を離しそうにない。
「これでいいの!おばあちゃん!撮って!」
「よしよし、ちょっと待っていなさい」
たえはそう言うと、傍にある棚の引き出しからデジタルカメラを取り出し、2人の前に立った。
日和は片手を離し、ピースサインをした。
すると、たえが、「蓮。お前も何かポーズしなさい」と言う。
「んー、じぁ、こう」と蓮は、片方の手を腰の横あたりで肘をまげて突き出し、ガッツポーズを取る。
パシャリ!
すかさず、祖母・たえはカメラのシャッターを切った。
───
蓮と日和、そして宗俊は、近くの山の中にいた。
ここは、宗俊が昔、魔法の練習をしていた場所。祖父・宗忠が持っている山なので、人が来る心配はない。
「よし、では攻撃魔法の訓練を始めるぞ」
「まず、『御光雷』という技だ。通常攻撃魔法だ。何よりも基本の魔法だ」
「蓮。手本を見せる。日和とあそこの岩陰に身を隠して見ていろ」
宗俊のが指さした方向にある、宗俊よりも斜め後方にある岩。
そこへ蓮と日和は移動し、隠れるように、そして宗俊の攻撃魔法を見落とすまいと、宗俊を見つめた。
カッと光を放つ宗俊。そして前に見た魔法少女に変身している。
「ではいくぞ!」
宗俊は、蓮たちに聞こえるよう、大きな声で叫んだ。
宗俊は右手のひらを、山肌が向き出ている方向へ突き出した。
そして、右手が輝きだす。その瞬間、右手のひらが強く光を放った。
その時、すでにもう山肌に穴ができていた。
そして、遅れてドンっという音が鳴る。
「えっ‥‥」
蓮は驚いた。「何も見えなかった‥‥」そうつぶやく。
そして驚いた様子の日和に向かって声をかけた。
「日和、見えたか‥‥」
蓮のその問いかけに、日和も驚いている。
「蓮ちゃん。何も見えなかった‥‥。ドンという音が聞こえたけど‥‥」
少しポカンとしている日和。
宗俊が声を出した。
「よし。こっちへ来ていいぞ!」
そう2人に叫んだ。
蓮と日和が来ると、宗俊が説明し始めた。
「今、打ったのが攻撃魔法『御光雷』だ」
「かなり力を弱くして打った」
「どうだ蓮?」
「父さん!何も見えなかった!」
蓮はつい大きな声を出してしまった。それほど今もまだ驚いてる。
「そうだろうな。見えなくて当然だ」
「パワーこそ弱くしているが、速度は音速を超えているからな」
「空気中の光の粒子が集まった、雷にも似た光のエネルギー波だ」
宗俊の言葉を聞いて驚いた蓮が言う。
「音速‥‥って、マッハのことだろ‥‥」
宗俊が頷く。
「そうだ。だから見えなくて当然だ」
「どのようなものを打ったかというと、わかりやすく言えば光の塊を打った」
「ちょうど夜空の流れ星のように、光の尾を引いた光の塊だ」
「その光の塊が空気を切り裂くように飛んだのだ」
蓮は頷く。
「光の塊‥‥流れ星‥‥」
「とにかく‥‥驚いた‥‥」
そう言葉にするものの、あり得ない事実に、実はぞーっとしていた。
「蓮。関心している場合ではないぞ」
宗俊は続ける。
「まず、ワシが打つ場合、決して近づいてはならん。必ずワシから後方へ下がれ」
「パワー全開で打った場合、まず、凄い大きな音がする。そして衝撃波だ!近くにいると吹き飛ばされるぞ」
「ちょうど、この手のひらから前へ扇形に広がっていると、イメージすればよい」
「絶対に、横から見るということはするな!」
「う、うん‥‥わかった‥‥」
蓮は言った。
「よし、では蓮!『御光雷』。打ってみろ!」
「とにかくフルパワーでもかまわん!」
「片足を前へ出し腰を落とせ。必ず踏ん張れ!」
「極限まで集中しろ!」
宗俊は、蓮にそう言い残すと、日和を連れて先ほどの岩場へ向かった。
蓮は、右手のひらを見た。「この手から魔法が‥‥」
そして、宗俊と日和が岩場に隠れるまで待った。
「蓮!いいぞ!打て!」
宗俊の大きな声が聞こえ、頷く。そして、右手を突き出した。
「よし!集中っ!!」
手のひらに光が集まり輝き始めた。周囲の空気が熱を帯びる。
「行けっ!!」
手が強烈に光った。
その時。
蓮は凄まじい力を感じ、両足で踏ん張ったが、からだはその構えのまま、後方へズズズーッと数メートル推し戻され、ついには、耐えきれず、後ろへ3回転ほど転んだ。
岩場に隠れていた宗俊と日和は、その様子を見つつ、ドンッ!という大きな音を遅れて聞いていた。
「ふむ。貫通したか‥‥」宗俊がニヤリと笑った。
あっけにとられる日和。
「えっ‥‥」
彼女は呆然としていた。
蓮の魔法が当たった山肌の穴から土煙が出ていた。そして、ゴゴゴーと地鳴りのような響きがしたかと思うと、穴がつぶれてしまった。
山の上部の土の重さに耐えきれず、押しつぶされたのだ。
蓮は凄まじい威力の反動で後ろへ転んでしまったが、「これが俺の力なのか‥‥」。手が震えている。
そのすごさに驚きつつ体を起こして、彼もまた呆然と山を見ていた。
第六話・完
※第七話 「どこへ逃げればいいんだ」