第四話 木の葉限定フィギュアさらわれる
夜風が、少しほてった体に心地よかった。しかし、蓮は今日の出来事を熟考するあまり、その心地よさには全く気づいていない。
「やれやれ、とんだ厄介なことに巻き込まれたもんだ‥‥」
ため息が一つ、また一つとこぼれる。気づけば近所の公園まで歩いていた。吸い寄せられるように中へ入り、ベンチに腰を下ろす。
「もし、全部本当の話だとすれば、俺は戦うことになるのか‥‥」
「はぁ‥」またため息が出た。
「んー‥‥じゃあ、ご先祖様たちは、この話をすんなり受け入れたのか?‥‥」蓮はさらに深く考えた。
「あっ、そういえば‥‥」ふと、あることに気づいた蓮。
前に歴史の教科書か何かで読んだ話を思い出す。
たしか昔の人は、親が決めた顔も知らない相手と結婚していたんだ。それが当たり前の時代だった。
今とは違う常識。価値観があった。
だから魔法少女を受け継ぐ話に対しても、受け入れることが出来たのかもしれない‥‥。
「うーむ‥‥」
ではどうする‥‥。んー‥‥学校のテスト問題より難しい‥‥。
その時、近くに人の気配を感じた。
「ん?近所の人か?」
蓮がそう思った瞬間、その人物が声をあげた。
「貴様が、藤坂蓮か!」
不意に響く声は夜の静寂を破った。蓮はびくりと肩を震わせる。
うぉ!
さすがに夜、誰もいない公園で、いきなり見知らぬ人物に自分の名前を呼ばれたのだから、驚くのも無理はない。
警戒する蓮。
しばしの沈黙が続き、そして、蓮はその人物をよく見た。普通のおっさんのようだが‥‥。
誰だ、こいつ‥‥。見覚えはないぞ。
「どうした。俺様に怖気づいて返事もできないのか!」謎の人物は蓮の沈黙を嘲笑うかのように続けた。
いよいよもっておかしな奴。こいつは変質者か?こういう変な奴にはかかわらない方がいいな。
そう考え蓮はベンチから立ち上がり、この場を去ろうとしたその時 ──
ズバッ!
鋭い音と共に、蓮の足元に黒い影が走り、地面に棒のようなものが深々と突き刺さった。
「うぉ!危ねー!!」思わず蓮は声をあげた。
「お前が何かやったのか!危ねーじゃねーか!!」そして蓮はその人物に向かって鋭く叫んだ。
謎の人物は、蓮の言葉に驚くこともなく、逆に満足げに言った
「ふふふ。ようやく口を開いたな」
「しかし、その程度の攻撃で驚くようでは話にならんな。ふふふふふ」
身構えながらも、少し興奮気味に蓮は問いかけた。
「誰だ!お前は!いきなりこんなことしやがって!!」
謎の人物はどこまでも傲慢な口ぶりで話した。
「貴様のような相手にもならん奴に、わざわざ名乗る必要はない」
「が、まあ、ひとつ教えてやろう」
「貴様の父親を倒したのは俺様だ!」
蓮は「父親」という言葉にドキッとした。もしや‥‥。
「お前、ただの不審者ではないな。‥父さんを倒した‥‥。お前、もしかして何とかとい組織の‥‥」
蓮の言葉に満足げに謎の人物は返答した。
「ほう。知っていたか。そのとおりだ。だが、貴様には手も足も出ない強者とだけ言っておこう。ふふふふふ」
「それからもうひとつ。これは頂いた」
その怪しげな人物は何やら透明な箱のようなものを蓮に見せた。
ん?‥‥。それは‥‥まさか?‥‥木の葉の限定フィギュア‥‥。
「お前‥‥それは‥‥」
蓮はその箱をじっと見つめ、確認しようとした。
その時 ──
謎の人物は、ふっーと、目の前から消えてしまった。
「えっ‥‥」蓮は目の前から人が消えたことに息を飲んだ。そして思わず声が出てしまった。
警戒しつつも、蓮は今その人物が立っていた場所へ移動した。そしてあたりを見回した。
「消えた‥‥」蓮は突然のことに少し呆然とした。
しかし、すぐさま今度は公園の中を速足で消えた人物を探すも、やはり誰もいない。
「どうなってる‥‥」
「しかし、あの箱。確かに木の葉の限定フィギュア‥‥」
「まさか‥‥」
そうつぶやくと、蓮は急いで家に向かって駆け出した。
───
勢いよく部屋のドアを開けて、蓮が中に入ってきた。
その表情は険しい。
「わっ!‥‥なんだ蓮ちゃんか‥‥。お帰り」
日和は突然現れた蓮に驚いた。しかし蓮だと分かり、ほっとしてベッドに寝転がったまま彼に言った。
だが、蓮は慌てている様子だ。テレビ台の上や裏側を確認し、そして散らかった部屋を行ったり来たりして、何かを探しているように見えた。
「ん?どうしたの?」
日和は読んでいた本を置いて起き上がり、ベッドの上に座って蓮に尋ねた。
「日和!テレビ台の上に置いてた木の葉の限定フィギュア、知らないか?!」
蓮の問いかけに、日和もテレビ台の上を見て答えた。
「あれっ?そこにいつも置いてある木の葉ちゃんのフィギュア。ほんとだ‥‥無い‥‥」
部屋にいた日和もそのことに気づいてなかった。そして不思議そうに、あたりを見渡した。
「無い!‥‥ほんとに無い‥‥」
「あいつが手にしていた透明な箱……。俺の、俺のフィギュアだ!くそっ!!」
蓮は怒りに任せて地団駄を踏んだ。
そしてドアを開け放ったまま、部屋を飛び出した。
───
父・宗俊は応接室でくつろいでいた。そこへ蓮が飛び込んできた。
「おお、蓮!」
「父さん!」
ふたりは同時に声を上げた。
「こらこら。落ち着け。蓮。‥‥どうした、そのように慌てて」
大切なものが無くなって慌てる蓮だか、宗俊がそのことを知っているはずもない。
「父さん!木の葉が盗まれた!!」蓮が言い放った。
「木の葉‥‥?」宗俊は首を傾げる。
横でふたりの様子をみていた母・千代子が、「ああ‥」と、事を把握し言った。
「お気に入りの木の葉ちゃんのことね」
「そうだ!木の葉の限定フィギュアだ!100体限定だ!俺の宝物だ‥‥」
そう嘆く蓮に、宗俊が尋ねた。
「つまり、そのフィギュアが誰かに盗まれたのか‥‥」
少し考えつつ父は話した。
「お前が酔い冷ましと言って、出て行ってから何かあったな?」
「蓮。何があったのか話してみろ」
父の問いかけに、蓮は少し困惑しつつ、公園で起きた出来事を話した。
じっとその話を聞いていた宗俊が口を開いた。
「そうか。奴か‥‥。宣戦布告というわけだな」
「父さん!あいつが話をしていた例の相手なのか?!」
「木の葉を取り返せるか?!」強い口調で蓮が言う。
蓮の問いかけに宗俊が答えた。
「うむ。公園で出会ったという輩。バッド・カンパニーの四天王の一人だ」
「奴はテレポーテーションの能力を持っている。そして残念ながらワシが敗れた相手」
「奴は強いぞ!蓮!」
うむむ、と唸りながら蓮は言った。
「あのおっさんを倒せば、木の葉を取り返すことはできるのか?!父さん!」
バッド・カンパニーとか四天王とかどうでもいい。とにかくフィギュアを取り返せるかどうか。
蓮はそのことが気が気でならない。
蓮の疑問に逆に少し戸惑いつつ宗俊は答えた。
「うむ、奴は四天王の一人。ワシは一人目の四天王までは倒したが‥‥」
「しかし、奴を倒したからといって、四天王はまだふたり残っている。さらにバッド・カンパニーの首領もだ」
「お前のそのフィギュアを取り戻せるかどうか。‥‥それはわからん」
そして父は続けた。
「ただ‥‥今はなんとも言えんが、魔法をすべて習得し戦いに勝てれば、その可能性はあるかもしれん」
「バッド・カンパニーは超能力を使う。つまり『魔法』対『超能力』の戦いだ」
父親の話を聞いた蓮は頷いた。
「魔法を使えば、木の葉を取り戻す可能性があるんだな!」
「‥‥よし!!木の葉!待ってろ!絶対に取り返してやる!!」
もう躊躇いはない蓮。
「んー、動機が違う方向を向いてるようだが‥‥」
一方で、釈然としない宗俊の言葉は歯切れが悪い。
だが我が子が決断したのだ。
「よし!蓮!戦え!ワシの子として生まれた以上、これは定めだ!!」
力強く蓮を後押しする宗俊。
だがやはり‥‥
「しかし‥‥動機がなぁ‥‥」宗俊はぼそりとつぶやいた。
横で話を聞いていた千代子は「うふふ」と笑いながら言った。
「あなた、いずれにしても蓮は本気の様子です。この子がどこまで強くなるのか見守りましょう」
「蓮ちゃん。いよいよ魔法少女になるのかぁ。楽しみ」
いつの間にか応接室へ入って来ていた日和がニコッと笑った。
第四話・完
※次回。第五話「魔法発動。でも猫耳は変ですか」へ