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第三話 魔法少女は家系です

夕暮れ時、蓮は父親 ─ 藤坂宗俊(ふじさか・そうしゅん)に呼ばれ、応接間に座っていた。



正面には、厳格で口数の少ない宗俊が、いつもより表情を緩めて座っている。


左手側に母親 ─ 藤坂千代子(ふじさか・ちよこ)と、日和が並び、どこか楽しげな様子だ。



室内は静寂に包まれているが、蓮の胸中はただ事ではない。


自分の身に起きたことへの困惑と、これから語られるであろう真実への不安が渦巻いている。



宗俊が日和に声をかけた。


「日和。今日はご苦労だったな。人目に付くと少々厄介なことだったので、助かった。礼を言う」



どこか、にこにこ顔で座っている日和が答えた。


「まかせてって言ったでしょ、お父さん。頼りになる娘がいてよかったね」




様々な理由を考えみた蓮だが、たまらずここで口を開いた。


「いったいこれはどういうことだ。‥‥父さん」


蓮の視線は鋭く、口調は力強い。




父・宗俊は蓮に目をくれた。


「うむ、よい目だ‥‥。お前も今日で16歳。よいか!蓮!今日よりお前は魔法少女だ!!」



唐突に父親の口から出た、突拍子もない言葉に蓮はあっけにとられた。


「なっ‥‥今、‥何て‥言った?」


予想もしなかった言葉だ。蓮は自分の耳を疑った。



「驚くのも無理はない。しかし、これは事実だ!蓮!お前は今日から魔法少女なのだ!!」


宗俊は強く言い放った。




信じられない言葉を2度聞いた蓮。今度は冷や汗が出てきた。


蓮が父の言葉を疑うのは不思議ではない。ここは漫画やアニメの世界ではないのだ。


「魔法少女‥‥。父さん‥‥ついに頭が‥‥お‥」




蓮の言葉に日和が我慢できなくなって「ぷぷっ」と吹き出してしまった。


次に母親が口を開いた。


「お父さん。蓮がびっくりしています。変なことを言い出したと‥‥」




「うむ、そうだな。では蓮。よく見るがよい!」


宗俊はそう言い放つと、立ち上がって一歩前へ出た。そして、おもむろに右手を高々と真上に突き上げ、天を仰ぐように言い放つ。



「神技解放!」



応接間が、まばゆい光に包まれた。蓮は思わず目を閉じる。そして、一瞬の光は収まり、ゆっくりと目を開くと──



そこには、先ほどまで父がいた場所に、一人の美少女が立っていた。



白いセーラー服の上着に胸元には真っ赤なリボン。青いミニスカート。赤いロングブーツ。キラキラと輝く宝石が付いた額飾り。


その姿は、アニメで見る美少女戦士セーラーハニーそのものだった。


父・宗俊が美少女に変身してしまったのだ!




「う……うそ……。マジか……」



蓮は、目の前で起きた信じがたい光景に、ただただ唖然とするしかなかった。まさか、自分の父親が美少女に変身するなんて、誰が想像できただろうか。


母・千代子がうっとりした様子でつぶやいた。


「あなた‥‥素敵‥‥」


そして日和は大興奮している。


「キャーッ!カワイイーー!!」



千代子も日和も、宗俊が魔法少女であることを知っていた。


日和は先日、宗俊に事実を打ち明けられ、母・千代子は宗俊が若いころ魔法少女として活躍していたことを知っていたのだ。




「蓮。驚くのは無理もないが、これが真実だ」



蓮は、目の前で起きた出来事をまだ理解できずに戸惑っていた。アニメでしかありえないような光景が、現実として目の前にある。



父親の言葉を信じる以前に、むちゃくちゃな展開に頭の中がぐちゃぐちゃだった。



そして、からだから力が抜けてしまった蓮がつぶやいた。


「ほんとうに父さんなのか‥‥。信じられない‥‥」


そのつぶやきは、自分自身に言い聞かせているようでもあった。




父・宗俊が蓮の様子を気にしつつ語った。


「うむ。蓮‥。まずは落ち着くがいい」



日和もまた明らかに蓮が動揺していることに気づき、とっさに叫んだ。


「蓮ちゃん!深呼吸!精神統一してっ!!」



突然の日和の叫び声が蓮の耳に入った。


「そうだ」


蓮は改めて座り直し正座した。そして目を閉じてゆっくり深呼吸を始めた。


すぅー、はぁーーー。

すっー、はぁーーー。


「慌てていては、出来ることも出来ない」


蓮は静かに精神統一をする。頭の中を無の状態にする。剣道の練習として、いつもやっていることだ。




しばらくの間、部屋は再び静寂に包まれた。。




そして、沈黙を破ったのは蓮だ。


「父さん。もう大丈夫だ。取り乱してしまって悪かった」




蓮が話すと、間違いなく蓮は平常心を取り戻したな、と宗俊は頷いた。



そして、父親は話を続けた。


「蓮。ワシもかつて同じ目に遭った。お前の気が動転するのも無理はない」


「今日、お前の身に起きたこと。そして今、ワシがこのような姿をしていること。これにはれっきとした訳がある」



今度は、蓮が頷いた。


「今日、日和もそのようなことを言ってた‥‥。で。その訳って何だ?」




大事なことなので、宗俊はわざと間を取りながら話を続けた。


「我が家が武士の家系であることは知っているな」



「その話なら、これまでに何度か聞いたことがある」



宗俊は蓮の言葉を確認しつつ、そして話を続けた。


「今から1200年前。平安時代のことだ」


「京の都に百鬼夜行の妖怪が現れ、人々を恐怖に陥れた。そこで、八百万の神々が妖怪たちを鎮めるため、3人の武士に力を与えたのだ」



蓮が口を開いた。


「あっ、その妖怪の話。歴史の授業か何かで聞いたことがある。神様の話もどこかで聞いたな」



うむ、と、蓮の話を確認した。


「我が先祖がそのうち3人の武士のひとりなのだ」



ふーん、そうか。蓮は頷く。



「そして神々から与えられた力こそが、1200年もの間、我が家に伝わる伝家の宝刀。神技、すなわち魔法だ」



宗俊の話に、んー、と、蓮がここで少し悩み出した。


「神様から魔法の力を与えられた‥‥」


そして蓮は続けた。


「そもそも、神の力とか魔法とか。そんなものがあるということが、よくわからない」




蓮が信じていないことに、父親もそうだろうと納得した。


「うむ。ワシもじいさんから告げられた時、そんなものがある訳ないと思ったからな。こんな話、信じる方がおかしい」



「ただ、蓮。デジャヴや、ふだん何気にするあくびでさえ、科学的に何が原因なのかはまだ証明されていない」


「魔法は、小説や映画の中での作り話だ。実際には存在しない。‥‥果たしてそう証明できるか?実際、ワシもお前も女子の姿に変身したぞ?」




宗俊の妙に説得力のある話を聞き、蓮は「うーん」と唸ってしまった。




蓮のその様子を確認しつつ、宗俊は話を戻して言った。


「そして、神の力、つまり魔法は、16歳になるとその力を引き継ぐ慣わしなのだ」


「今日、お前は16歳になった。女子の姿になったのは魔法が自動的に発動してしまったからだ」



───



少し考えた蓮は、とりあえず話をしてみた。


「父さん。話としては、まあ、わかった。ただし、このことを100%信じているわけではない。ただ少し聞きたいことがある」


蓮は続けて問いかけた。


「まず、仮に俺が魔法少女であったとして、それでどうなる。何かするのか?」



蓮の問いかけはもっともである。と、そう感じた宗俊が答えた。


「うむ。率直にいえば、おまえは魔法少女として悪の組織と戦うことになる」



「戦う?」蓮は少し驚きながらも宗俊に尋ねた。



「うむ。悪の組織"バッド・カンパニー"と戦うのだ!」父親は力強く言い放った。



今度はまた変なことを言い出したぞ。蓮は思った。



宗俊は続けた。


「バッド・カンパニーは、ある頃から我ら3つの家の魔法少女に攻撃をはじめた」


「だが、その理由はわからん。しかし、攻撃してくる以上、こちらも応戦しなくてはならない」




「んー」話が何か妙な展開になって来たと、蓮は再び唸ってしまった。




「蓮!16歳になり、魔法少女となった今、バッド・カンパニーがお前を攻撃してくるのだ!お前が拒んでも、相手は容赦はしない」


「さあ、蓮!宿命を受け入れ、魔法少女として戦うのだ!!」




父親の言葉を真剣に聞いていたものの、どこまでほんとうの話で、どこからでたらめなのか。


そして蓮には、とりあえず疑問に思うことを父に尋ねた。


「父さん。理由がわからないが、その"バッド・カンパニー"とやらが攻撃してくる話は、ひとまず横に置かせてもらう」



蓮は、冷静に続けた。


「‥‥なぜ、魔法少女なのだ? 特に、女子ということが理解できない」




その疑問は、かつて宗俊自身も感じたことだった。彼は蓮に答える。


「うむ、そうだな。八百万の神々には、天照大神のように女性の神様も多い」



たぶん我が祖先に力を授けた神様が女性だったのだろう。これが、じいさんから聞いた話だと告げた。


「ただ今もって、なぜ女子なのかはわからんままだ」



女性の神様か‥‥。蓮は考えた。



宗俊は言葉を区切って話を続けた。


「そして神様から授かった力は、代々、その家の男女問わず第一子が、一子相伝の神技として受け継いでいる」


「ワシやお前、じいさん。たまたま3代続いて男子なだけで、女子として生まれ魔法少女になった先祖もいるだろうな」




宗俊の話を聞き、そのような事情かと、蓮はひとまず納得した。あくまで『ひとまず』だが。


「そうなのか。じぁ、最後にもうひとつ分からないことがある」



蓮は、美少女の姿に変身した父親に視線を向けた。


「父さんは、なぜセーラーハニーみたいな派手な格好をしているんだ?」


「戦うのなら、アーノルド・シュワルツェネッガーの『コマンドー』みたいな姿だろ。どう考えても」



蓮の的を得た疑問に、宗俊は満足げに頷いた。


「うむ。よく気づいたな。が、特に意味はない。今の時代、魔法少女といえば、このような姿というだけだ」



「は?」


蓮は思わず間の抜けた声を出した。


「意味がないって‥‥」




「多少、防御の面で弱いところもあるがな‥‥」宗俊がしれっと言う。




「かなり弱いだろ‥‥」蓮は、思わずボソッとつぶやいた。




───




「母さん。酒を用意してくれ。‥‥蓮。お前も飲め」



父親は、まるで何事もなかったかのように話した。



「はい、あなた。しかし、蓮には‥‥」



「かまわん」



事を察したのか、母親は静かに部屋を出ていった。




「今日は我が藤沢家にとっては、特別な日。酒で祝うのは当然だ」




父親の言葉を目を閉じて、静かに聞く蓮。



ただ横手に座っている日和は、どこか落ち着かない様子だ。



そこへお酒を用意して部屋に戻って来た母親が、宗俊と蓮の前にそれぞれお酒を置き、自分の座る場所へ移動した。




「さあ、蓮!飲め!」宗俊はそう言い放つと、手にしたコップの酒を迷いなくひといきに飲み干した。



蓮は、目の前の小さな盃を見つめていた。戸惑いがちに手を伸ばし、覚悟を決めたように「エイ!」と心の中で叫ぶと、ぐいっと酒を煽る。



「うっ!‥‥」



喉を焼くような感覚に、思わず呻き声が漏れる。途端に視界がぐらりと揺れ、体が傾ぐ。そして、抵抗する間もなく畳の上へ倒れ込んだ。



「蓮ちゃん!!」日和がすぐさま蓮のもとへ駆け寄った。




───




30分ほどして、少し目を開けた蓮。



額には濡れたタオルがかけられていた。



「蓮ちゃん‥‥大丈夫?」



日和の声が聞こえた。蓮は口を開いた。


「頭‥痛て‥‥」



その様子を確認したかのように父親が大きく笑った。


「はっははは!」



「蓮は相変わらずだな。おちょこ一杯で酔ってしまう」




蓮は日和の手を借りゆっくり起き上がって、彼女に言った。


「すまん‥‥。日和‥‥、水を一杯、持ってきてくれ」



すると、わかっていると言わんばかりに、日和は蓮の目の前にコップに入った水をすっーと差し出した。




───




蓮は酔い覚ましだと言って、部屋を出ていき、玄関から外へ出た。



すでにあたりは暗くなっていた。




ほんとうに俺が魔法少女になるのか‥‥。



蓮はゆっくり考えたかった。




第三話・完


※次回。「木の葉限定フィギュアさらわれる」へ

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