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第二話 それでも着替えは逃れられない

蓮の呼吸は、まるで激しい運動の後かのように荒くなっていた。全身から力が抜け、路地の壁にもたれかかる。



「な……んだ……こ、れ……」



その声は、震えていた。目の前で起きている信じられない事態に、ただただ混乱するばかりだ。



そんな蓮の様子に、日和はすっと口を開いた。普段のふざけた態度とは打って変わって、その声は冷静で力強い。



「蓮ちゃん。まず、深呼吸して」



日和は、剣道で鍛えた蓮の精神力を知っているかのように続けた。


「剣道二段の蓮ちゃんなんだから、精神統一よ。はい、吸ってー、吐いてー」



その言葉に、ハッとした。言われるままにすぅーと息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。



すぅー、はぁーーー。


すぅー、はぁーーー。



呼吸は少しずつ落ち着いてきたものの、自分の体に起きている“異変”は、まだ理解できていない。




ようやく少しだけ落ち着いた蓮が、震える声で尋ねた。



「日和‥‥。俺‥‥、どうなってるんだ? お前‥‥何か知ってるのか?」




おちゃらけが多い妹が、蓮の顔を心配そうに見つめながらも、今度はやさしく答えた。



「蓮ちゃん。今ね、蓮ちゃんの体は ── 女の子になってるの」



「‥‥はぁ?」



「でも心配しないで。ちゃんと理由があるから」



蓮は驚きつつも、剣道で鍛えた精神力でなんとか気を取り直し、確認するように妹に問いかけた。



「‥‥女の子の体‥‥。俺、今、本当に女子の体になってるのか?」



「うん、その通り」



再び動揺する蓮に、落ち着いた口調で日和が話した。



「実はね、お父さんから聞いてるの。今日、蓮ちゃんに何か起こるって」



「だから一緒にいるのも、全部お父さんの指示なの。家に帰ったら、ちゃんと説明してくれるって言ってた」



「今は私の言う通りにして。いい?」





日和が突然、きりっとした声を出した。



「 ── さあ、服を着替えるよ!」



「服?‥‥なんで‥‥‥?」



「だって、蓮ちゃん。今、ぶかぶかの服着てるでしょ?」



「えっ‥‥?」



その瞬間、蓮は自分の体を見下ろして、青ざめた。



「‥‥わっ!?」



確かに今まで着ていたTシャツがぶかぶかだ。でもそれよりも胸元がふくらんでる事実・・・。



腰からずり落ちそうになっているスボンを引き上げながら ──



恐る恐る、自分の胸のふくらみに手を当てた。その感触は、今まで触れたことのない柔らかさで、まるで吸い付くようだ。背筋にゾワリと、悪寒とも違う、奇妙な感覚が走った。



「ひゃぁっ!?」


情けない、と自分でも思うような変な声が漏れた



「驚くのも当然だよ。女の子の体なんだから」



日和は落ち着き払った様子で、蓮の反応を観察していた。


そして、リュックから服と、袋に入った靴を取り出す。



「はい、これ。私のだからサイズは大丈夫のはず」



蓮は渡された服 ── 白い半袖のワンピースと、可愛らしいパンプスをまじまじと見つめる。蓮は、まるで石になったかのように固まった。



「こっ、これを着るのか‥‥!? さすがにヤバいって‥‥!」



「何言ってるの、蓮ちゃんは今“女の子”だよ? 全然おかしくない」


日和はきっぱりと言い放つ。



「それに早く着替えないと、誰か来たら大変!急いで!」



日和の有無を言わせぬ口調に、「うぐぐ‥‥」と蓮は唸る。



もはや抵抗する気力もなく、もうどうにでもなれ、と腹をくくった。覚悟を決めて、勢いよくTシャツを脱ぐ──。



「わっ!!」



自分の視界に飛び込んできた、今まで見たことのない胸のふくらみに、思わず息を呑んだ。




────




蓮は終始うつむきながら、日和の背中に隠れるようにして歩き、ようやく家にたどり着いた。



「ただいまーーっ! 帰ったよーーーっ!」



日和の声は、家中に響き渡る勢いだ。


玄関を上がると、すたすた奥へ行ってしまった。



そして今度は逆にスリッパの音がパタパタと聞こえてきた。


母が慌てて出てきたのだ。



「おかえりなさ ── れ、蓮ちゃん!?」



そこには、黒くツヤツヤしたロングヘアに、白のワンピース、胸元には赤いリボンという姿の美少女が立っていた。



母の目が見開かれる。



「まっ‥‥! あなた、本当に蓮ちゃんなのね!?」



「すごい! すごいわ! それに、ほんっとに可愛い!!」



純粋な喜びに満ちた母の声を聞くと、蓮はその場から逃げ出したい衝動に駆られた。



すかさず、家の奥から戻って来た日和が顔を出す。



「でしょー!? 超絶美少女!」



「初めて見たとき、私もほんっとにびっくりして!」



「私だって自信あるけど、蓮ちゃんにはびっくりだよ!」



そのとき、蓮はハッとした。



── そういえば、まだ自分の“顔”を見てない。



うつむいたままで帰ってきたし、鏡も見てない。



その瞬間、こみ上げてくる羞恥と混乱が爆発した。



「う、うるさいっ!!」



蓮は叫び、靴を脱ぎ捨てるや否や、階段を駆け上がり ──



バタン!



部屋へと逃げ込んだ。



「あらまあ」



母は、口元に笑みを浮かべながらつぶやいた。



直後 ──



「わあああああああああああああああっっっ!!!」



二階から、蓮のものとは思えない甲高い悲鳴が家中に響き渡った。



「あの声、きっと自分の顔を鏡で見たんだよ」



日和がしたり顔で言うと、



「うふふふふ‥‥」



母は静かに頷いた。




────




「蓮ちゃん!」



それからしばらくして、日和が勢いよく蓮の部屋へ飛び込んできた。



「こらっ! ノックしろって言ってんだろ!」



蓮の声は怒っている ── が、どこか力が抜けている。



「ファイト、蓮ちゃん!」



日和は、蓮に使ってもらうための部屋着をベッドに置き、言葉を畳みかける。



「そのワンピースは、出かける時に使って!」



「それから今度、一緒にお洋服買いに行こ!」



「きっと似合うのいっぱいあるから!」



話すだけ話して、日和は部屋を出ていく、その直前にくるりと振り返り、もう一度言った。



「蓮ちゃん、ファイト!!」




そして ──




再び、二階から響き渡る甲高い悲鳴。



「うふふ‥‥パンツ見たな」



日和はいたずらっ子のようにニヤッと笑った。



第二話・完


※次回。 第三話「魔法少女は家系です」へ

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