第一話 女の子になった誕生日
「蓮ちゃん。蓮ちゃん‥‥‥‥蓮ちゃん! 起きろーっ!」
部屋中に響き渡る大声に、藤坂蓮はびくっと体を震わせた。眩しい朝の光が差し込む中、布団を勢いよく剥がされ、蓮はゆっくりと薄目を開ける。
「‥‥うっ、うるさい‥‥朝から全開すぎるんだよ、日和‥‥」
妹 ─ 藤坂日和は、散らかったゲームソフトの箱を物ともせず、涼しい顔で両手を腰に当てて仁王立ちしていた。その表情は、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「今日は何の日だと思ってんの?」
「‥‥確か、地球温暖化なんとかの‥」
「誕生日!! 蓮ちゃんの!!」
「‥‥マジか」
壁のカレンダーを確かめると、今日がたしかに自分の誕生日だとわかった。だからなんだ、と蓮は内心で毒づく。もう子供じゃないんだし、特別何もないだろう。
「べつに、もう子供じゃないし。祝いとかめんどい‥‥布団の中で一日終わってもいいだろ‥‥」
そう言うと、蓮は布団を手繰り寄せ、再びその中へもぐりこんだ。
「‥‥ふーん。じゃあこれは使えないね。葛城木の葉サイン入りSSR虹枠カードの引換券」日和は、自分の顔の前で引換券をひらひらさせて言った。
ピタッ。
蓮の動きが、布団の中で止まった。
「‥‥なんだと?」
「これ、今朝お父さんからもらった。蓮ちゃんにって。推しのSSRだよ」
「なぜそれを先に言わんのだぁああああ!!」
布団を吹き飛ばす勢いで跳ね起きた蓮の顔は、完全に目が覚めていた。
「さあ、準備して! お出かけよっ♪」
────
店から出てきた蓮は、紙袋をやわらかく包み込むように持っている。ご満悦の様子だ。それを見た日和が声をかけた。
「蓮ちゃん。じゃあ、ちょっと休憩しよっか」
日和が指差した先は、カフェのテラス席。
そこには、彼女が予約したのかのように空席がふたつ。
「‥‥お、おう‥‥」
席に着いた蓮は、紙袋から出した木の葉SSRカードを見つめている。ニヤニヤが止まらない。
一方の日和はというと、メニューに載っている巨大なパフェを見つめて悩んでいた。
「うーん‥‥カロリーが‥‥けど、今日くらいいっか!」
そして、パフェが運ばれてきた。
「でかいな‥‥」
「見た目もカロリーもSSR級だね!」
ぱくっ、と口に運ぶ日和は幸せそうだった。
しかしこの時、蓮の顔に微妙な変化が起き始める。
「‥‥なんか額がムズムズする‥‥」
蓮が不快そうに額を擦ると、日和はまじまじと蓮の顔を見つめる。
「ん?‥‥あっ、やっぱり。右の耳たぶが、なんか、光ってるよ?」
日和が蓮の顔の変化を確かめながら、つぶやいた。
「えっ?何?今、なんて言った?耳?」
日和の言葉に、蓮は思わず自分の耳に触れた。
蓮の焦った声にも構わず、日和はスッと席を立つ。そして冷静な手つきでスマホを取り出し、画面の時計を確認した。
「来る‥‥変化が始まる!」
その声には、どこか高揚感が混じっていた。
休日の商店街は人でにぎわっていた。
老若男女、さまざまな人々が行き交う中、蓮の体に異変が走る。
「蓮ちゃん、出よう!」
日和はそう言い放つと、蓮を連れ瞬く間に店を飛び出した。
「やばぃ‥‥ちょっと足がふわふわする‥‥」
「蓮ちゃん、髪が少し伸びたかも」
「えっ?何?何が起きてるんだ?何だ、これ?」
日和がすぐに周囲を見渡し、次の瞬間 ──
「こっち!!」
彼女は蓮の腕をつかみ、商店街の脇にある細い路地へと飛び込んだ。
通行人の視線を一瞬だけ背に受けながら、二人の姿は路地裏に消えていく。
蓮の呼吸は荒い。
壁にもたれて、崩れ落ちそうなその肩を日和が支える。
そして、もう安心してと言いたげに、穏やかな口調で彼女は話した。
「ここなら‥‥大丈夫」
「日和‥‥なんなんだよ‥‥なんで‥体が‥‥」
日和は、蓮の額の汗を拭こうと、背負っているリュックを下ろし、タオルとペットボトルを取り出そうと、手を中に入れたその時。
ピカッ!
一瞬、あたりがまばゆい光に包まれた。まるで強烈なカメラのフラッシュを浴びたかのように。
ハッとして、すぐさま蓮を見た。
日和は、笑っていた。
まるで、予定通りだとでも言うように。
「誕生日、おめでとう。蓮ちゃん」
第一話・完
※次回。第二話「それでも着替えは逃れられない」へ