第一話「ぷるぷるの衝撃、スライム刺身」
俺の名前は神田悠真。
ごくごく普通の高校二年生――だった。
あの日、駅前でうっかり転んでマンホールに落ちるまでは。
* * *
「……ここ、どこだ?」
目が覚めると、そこは草原だった。どこまでも広がる緑。聞いたこともない鳥の声。
スマホの電波は当然ゼロ。周囲に人影はなし。あるのは――腹の虫の音。
(転生とか、転移とか、まさか……って思ってたけど)
俺は今、異世界にいるらしい。
とりあえず腹が減って動けない。水すらない。死ぬ。普通に死ぬ。
でも――
「食いたい……!せっかく異世界に来たんだ。せめて、うまいもん食ってから……」
死ぬなら、美味い飯で。せめて、最後の食事ぐらい。
そう思って地面に突っ伏したときだった。
ぷるん。
何か、柔らかくて冷たいものが、俺の頬に触れた。
「……スライム?」
透明なゼリー状の物体が、俺の顔をつついていた。ぷにぷに。むにむに。
典型的な、最弱モンスターのスライム。でも……なんだ、この香り。
(……出汁の……香り?)
間違いない。
昆布だ。しかも上質な一番出汁の香りが、こいつから漂ってる。
「まさか……」
俺は、おそるおそるそのスライムを指先でつまんだ。ひんやりとした感触。
それを――そっと、口元に運ぶ。
「……」
ぷるん、と喉を通る。
次の瞬間――世界が変わった。
「なにこれ……うっま!!??」
昆布出汁の旨味が口いっぱいに広がり、後味にほんのりシトラスの爽やかさ。
ただの寒天じゃない。これは、料理だ。生きてる。ぷるぷるなのに、洗練された和の味!
「え、え、え? スライムって、こんな美味いの?」
動揺しながらもう一口。今度はスライムの端っこを噛んでみる。
ほどよい弾力、そして中からとろりと流れる黄金色のエキス――まるで、天然のジュレだ。
「これ、刺身ってレベルじゃねーぞ……。料亭で出せる……!」
俺の中で、何かが覚醒した。
舌が、胃が、魂が――叫んでいた。
(この世界のスライム……全部、食いてえ!!!!)
* * *
――それから一週間後。
俺は、旅に出た。
目的は一つ。
「この世界の全スライムを食べ尽くすこと」。
「うおおおおお! 次の村に、"泡スライム"ってのがいるらしいぞおおおおお!!!」
「や、やめろ!泡スライムは炭酸で膨らむから爆発するぞおおおお!!!」
こうして、俺の“スライムグルメ旅”が始まったのだった――。