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入学式〈迷子の白雪〉②

引き続き、白雪視点です。

 何度か首を振って、白雪はそっと視線を上げた。……先ほどまでと違い、どこか毒気を抜かれたような男の顔が、そこにある。

 この人もまた、あのひとが拾い、慈しんで育てた〝子ども〟だ。〝前世〟の因縁から、この先も彼を気にいることはないけれど、決して悪い人でないことは分かっている。

 目の前の彼へ、ゆっくり、ゆっくりと、微笑んで。


「……存じて、おりますわ。お継母様は、わたくしに背負わせないため、お独りで全て終わらせるおつもりで。事実、そうなさったのだと」

「あぁ、そうだ。だから、お前は別に、過去のことなんか知らなくても良かった。自分が正しいと信じたまま、平穏に生きていくことだってできたのを、俺の自己満足でぶっ壊したんだよ」

「あなたからすれば……そう、なのでしょうね」

「それ以外に何があるよ。全部、俺がそうしたくてやったんだ。だから……お前は俺を恨んでいいし、憎んだって構わない。俺の自己満足に付き合わされたお前には、その権利がある」


 まさか、生まれ変わってまで、この因縁が続くとは思わなかったけどな――。


 どこか遠い目でそう呟く彼に気付かれないよう、白雪は自嘲を心中に隠して。


(さすがは、お継母様の拾い子。この人も随分と、お人好しですこと)


 彼の言うところの〝クソッタレな真実〟を抱えた〝世界〟が、力技で問題解決させたからとて、平穏に収まるわけがない。〝真実〟を知らぬがゆえの愚か者はいくらでも湧いてきて消えることはなかったし、〝真実〟の片鱗を知ってなお邪心を抱く者も、残念ながら存在した。

 ――結局、〝あの世界〟が〝クソッタレな真実〟を抱えている限り、その残滓が跡形残らず消えてなくなる日まで、〝護人(もりびと)〟は必要だったのだ。目の前の彼は、〝彼女〟の遺志に背いて自己満足を貫いたつもりだろうけれど、皮肉なことに、彼の行為こそが〝彼女〟の遺志を繋ぐ最善手となった。


(……そんなこと、ぜったい、教えてあげないけれど)


 全ては結果論だ。彼を気に食わないのは変わらないし、その本人が「恨んで良い」と言うのなら、遠慮なくそうさせてもらおう。


「憎む、まではいきませんけれど……あなたの自己満足にお付き合いしたことで、お継母様の愛情に触れることも叶いましたし」

「……そうか」

「ですが、あなたの存在が気に入らないのも確かです。お言葉に甘えて、しばらくは恨ませてもらいますわ」

「そうかよ。まぁ、存在が気に入らないのはお互い様だからな。好きにしろ」


 はぁ、と彼は深く息を吐き出して。


「それはともかく、そういう〝前世〟のあれこれを、つむの前では出すなよ」

「唐突ですわね?」

「唐突じゃねぇよ。これだけは言っときたかったからな、ここで会えたのはラッキーだった」

「……お継母様は、もしかして、〝あの世界〟でのことを何一つ、覚えていらっしゃらない?」


 注いだ情をことごとく仇で返した、自分のような恩知らずのことは、忘れられても仕方がないが。それ以外のことも覚えていないというのは、少し不思議だ。

〝前世〟、さほど魔力値の高くなかった自分や、〝只人〟だった彼すら、こうして鮮明な記憶を保ったまま、生まれ変わっているというのに……〝最後にして最強の魔術師〟と謳われた彼女が、その魂を保っていないとは。


 単純な疑問であったが、目の前の彼は、これまでで一番怖い視線で、白雪を貫いた。


「覚えてない。つむの魂がルルのものであることは間違いないが、つむはルルの記憶を受け継がなかった。――この意味が、分かるか?」

「お継母様は……〝あの世界〟の記憶を、覚えていたく、なかった?」

「……おそらくそうだろうと、俺は見てる。俺ですら持ち越せた記憶を、つむが覚えていないのは、きっとそういうことだ」

「お継母様……」


 胸の奥が、ぎゅうっと、絞られるように痛い。覚えてもらえなかったことが辛いのか、忘れたいほど辛い記憶ばかりだった〝彼女〟への憐れみなのか、白雪自身にもよく分からなかった。


「幸い、この平和な世界で、つむは毎日楽しそうだからな。好きなことを見つけて、やりたいことを思う存分満喫して、何に囚われることもなく笑っている。――そんな彼女に、敢えて、〝世界〟から縛られていた〝前世〟を思い出させる必要もないだろ」

「それは、えぇ、間違いありません」

「俺は、つむが、自由であってくれたら良い。自由に、心のままに、彼女らしく生きてくれたら、他に望むものはないんだ。……それを邪魔する奴は、全力で排除する」

「なるほど。お継母様、いえ、飯母田先輩に〝前世〟を思い出させるような振る舞いをすることは、あなたが言うところの〝自由の邪魔〟に当たるわけですね」

「不服か?」

「――まさか」


 思わぬ返しに、素で目を見開いてしまった。


「お継母様の幸福こそ、わたくしが〝前世〟で我が命に換えてもと祈った、唯一の願いです。このような祈りすら烏滸がましいと知りつつ、祈らずにはいられなかった……」

「……そう、か」

「今、この世界で、お継母様の生まれ変わりである飯母田先輩が、毎日を幸福に過ごしておいでなら――それ以上のことはありません。あんな〝前世〟など、飯母田先輩の幸福の前では、有象無象と同じこと」

「……『ブランシュネイル』と思考回路が同じとか、違和感がすげぇな」

「お間違えのないように。今世のわたくしは、『姫川白雪』ですわ」

「あー、そうだった。姫川財閥総帥のお一人娘でいらっしゃいましたね。〝前世〟と変わらず、良い家にお生まれのようで」


 ハッ、と皮肉気に笑う仕草は、〝前世〟の彼を彷彿とさせるが。白雪が新たな名を得たように、彼もまた、〝前世〟のままではないはずだ。


「そういう、あなたは?」

「は?」

「『メテオ・シュテルツシャッテン』――まさか今世でも、弓矢を背負って狩りに勤しんでいるわけではございませんでしょう?」

「たまに弓道部の助っ人には入ってるけどな。……そういや、自己紹介がまだだったか」


 今更なことを思い出したらしい彼は、制服の胸ポケットから銀縁のメガネを取り出すと、自然な動作でスッとかけて。


「失礼しました。私は、宝来学園の今期風紀委員長を務めております、『狩野亘矢』と申します。――姫川さん、よろしければ教室までご案内しましょう」


 背筋を伸ばし、上から下まで整った〝真面目〟そのものの仕草で、スッとこちらへ手を差し出してきた。

 ……一瞬の切り替えに、脳がバグる。


「……そのメガネに、別人格でも入ってるんですの?」

「なわけねぇだろ。真面目な方が風紀委員長としてはウケが良いからな、対外的にはこういうキャラで通してんだよ」

「飯母田先輩はご存知で?」

「つむのためにやってるんだ、当然知ってる」

「何それ重い。ご苦労が偲ばれますわねぇ」

「……どんだけ〝前世〟で苦労したのか知らんが、イイ性格になったよな、お前」

「お褒めに預かり光栄ですわ」


 ぽんぽん会話する二人は、エンカウントのタイミングと場所こそ『ゲーム』通りだったが、話の内容はシナリオに掠りすらしていないことなど知る由もなく、一年A組に向かって歩き出すのだった。


『ママしら』は基本的に、つむぎ、白雪、千照の三人からの視点のお話です。

それ以外の人もいますが、誰も彼も腹に一物以上抱えてるせいで、逆に話が進まんという。。。

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