中間テスト結果発表〈ルート共通イベント〉②
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――さて。夏の和菓子が出始めたということは、それ即ち、お中元やお盆諸々商戦の幕開けである。
「世間一般的にはそうだな。飯母田製菓でも、百貨店内の直営ショップのレイアウトを、お中元商戦向けへボチボチ変えてく頃合いだ」
「その言い方だと、〝世間一般〟は宝来に当てはまらないように聞こえるが?」
「実際、あんまり当てはまらねぇだろ」
日課である、消灯前の亘矢とのミーティング。毎日上がってくる実店舗とネットショップの販売レポートを確認し、「夏の新作和菓子も出始めたことだし、そろそろ本腰を入れ、来たるお中元商戦の戦略を練ろうじゃないか」と持ちかけたところ、返ってきたのは冷静な指摘であった。むぅ、と唇を尖らせたつむぎの前で、亘矢はタブレット画面から目を離し、遠くを眺めてため息をつく。
「一般家庭なら、中元を贈る相手も数もたかが知れてるから、毎年良さげなのを見繕うのも苦じゃねぇけど、宝来にいるのはそれなりの家柄な連中ばっかりだぞ? 送り先だって多いだろうから、大抵は既に馴染みの店があって、そこに一任してる。今からそこへ割って入るには、一ヶ月じゃ無理あるって、つむこそ分かってると思ったが?」
「もちろん、そんなことは重々承知だよ。しかし、全く割り入る隙がないわけでもないと思ってね」
暗がりなのでどうせ亘矢には見えないと承知の上で、つむぎは指を一本立てて。
「一つ。私たちのターゲットはまず、宝来学園生の中でも比較的庶民に近い感覚を持つ層だ。上流の中でもほんの一握りの上澄みな方々は、そもそも広げたい販路に含まれない。それこそ宝来家クラスともなれば、送り先に応じた〝馴染み〟の店が複数あるだろう。そんなところへ一月足らずで割り入ろうなんて、はっきり言って時間の無駄極まりないからな。その辺りの意見は、コウも同じだろう?」
「そうだな。全くの同意見だが……ターゲット層がいくら庶民に近いっつっても、最低で大企業の役員クラスだぞ? 中元を贈る相手と品は、ある程度固定されてそうだが」
「私もそう思っていたが、白雪さんの話では、必ずしもそうではないらしい。確かに贈る相手と品はある程度固定されているが、毎年変わり映えなく同じものを送っていては、『選ぶ手間を省いている』とも取られかねず、役員クラスでは却って相手から不興を買いかねない場合もあるのだとか」
「はー、めんどくせぇ上流のシキタリってやつか? そういや母さんも狩野の家にいた頃は、毎年中元と歳暮の時期になると、カタログと睨めっこしてたっけな」
亘矢の声は感心よりも呆れの色が強い。狩野の家こそ、長年安定して〝大企業の役員〟を務めてきた家柄のため、幼い頃は跡取りだった亘矢も思い当たる節があるのだろう。
「これが宝来家クラスの上澄みともなれば、そもそもお中元をもらえるだけで名誉みたいな家だから、毎年同じものでも文句など出ないのだろう。〝馴染みの店〟も一流揃いだろうから、品も一級品となれば、尚更な」
「まぁ確かに、宝来家ともなれば、圧倒的に中元は贈るよりもらう側か」
「あぁ。それもあって、上流階級上澄みの方々は、お中元商戦のターゲットから微妙に逸れるんだよ」
「言いたいことは分かった。つまりつむは、お中元の品を〝和菓子〟と定めてはいるものの、どこの和菓子を贈るかまでは決めていない家をターゲットに、『飯母田製菓』の夏製品をアピールする、っつーことだな?」
言いたいことをズバリ言ってくれた亘矢に、つむぎは大きく頷いて。
「第一は、それだ。昨年の地道な販促活動が功を奏して、ウチの知名度もじわじわ上がってきてるからな。どこかで一つ、どーんと大きなアピールの機会を設ければ、一定数には刺さるんじゃないかと踏んでる」
「夏の和菓子となると、定番なのは水羊羹に水饅頭、水無月、あんみつ、わらび餅、葛餅、後、最近流行りの水もちとかか? ……どこでどうアピールするか、なかなか難しいラインナップじゃね?」
「そこなんだよなぁ……ウチは夏商品も豊富だから、どれか一つでも知ってもらえたら、後は芋蔓式に売れていくんじゃないかとは思うんだが」
「芋蔓式? 中元だけじゃなく、その後も見越してるみたいな言い方だな?」
さすがは亘矢、良いところに気付いてくれた。
大きく頷き、今度は指を二本立てる。
「まさにそれだ。ウチは季節商品を多めに出すから、一度でも家事の主担当――奥様方に気付いてもらえさえすれば、リピーターになってくれる可能性は、決して低くない」
「そりゃそうだけど……中元や歳暮の商品として、毎年選んでもらえるわけじゃないだろ? 同じのばっかり贈ってたんじゃ逆効果、みたいなシキタリがあるんだから」
「あぁ。だが、そういった大企業の役員クラスの家がお中元を贈る相手は、基本自分と同格か、自分より上の相手だろう? つまり、学園内の庶民に近い層をまず取り込み、お中元の店として選んでもらえたら、必然的にウチの商品が上流階級の中の中以上へ届くことになる。おそらく、学園とは関わりない家にも」
「そうなるな?」
「で、これも白雪さんから聞いた話なんだが。最近、上流階級の中の上から上の中くらいの家柄の間で、〝本当に親しいお相手にだけ〟という名目で、家の女主人が直々に選んだ、特別な〝暑中御伺い〟を贈るムーブが流行ってるんだと。で、そこで贈る品は、敢えて値段やブランド関係なく、女主人が実際に扱って良品だと思ったものを選ぶことが粋とされてるらしい」
「暑中御伺い? あんなん、中元を贈り損ねたときのフォローみたいなもんだと思ってたが」
「私もそう思っていた。8月上旬といえば、お盆のお供えの方を意識していたからな」
「お供え品はなー……日持ちする系にどうしても偏るから、動く商品決まってくるのがネックっつうか」
データ分析担当のシビアな意見である。『飯母田製菓』でもあられやおかきといった、日持ちと持ち運びのし易さを両立する商品を取り扱ってはいるけれど、つむぎの父の専門がどちらかといえば生菓子であるため、数は少ない。お盆の時期は、そういった干菓子系統と、羊羹や個包装のあんみつなどの、長期保存可能な品が多く売れていた。
全国各地に点在する『飯母田製菓』実店舗全体の売り上げは、決して悪くない。同業他社と比べても良い方に入る。ならば、実店舗の販売路線はこのままお盆商戦向けにして、カタログやネット販売方面での販路をもう少し攻めて開拓できれば、より全体的な売り上げ向上に繋がるであろう。
「上流階級の一部で、そんな〝暑中御伺い〟ブームが起こっているなんて、白雪さんから聞かなければ分からなかった。やはり、一定以上に親しい上流階級の友人は得ておくべきだな」
「姫川白雪がつむにとって有益なのは否定しねぇけど……基本あの階級の人間って腹に一物二物抱えてる奴が多いから、交友関係を無節操に広げるのは推奨できねぇぞ?」
「人間であれば誰だって、表の顔と裏の顔があるだろうさ。私みたく、常に己の欲に従順な人間でさえ、周囲に認識されているキャラクターと自認が食い違ったりするんだから」
「つむは良いんだよ。表も裏も基本は善良だからな。厄介なのは、悪意に塗れた裏を善良の極みみたいな表で綺麗に隠してる輩だ」
「まぁ……そういう輩とは確かに、あまり深く付き合いたくはないな」
苦笑し、つむぎは座ったまま、ぐっと伸びをした。
「上流階級の流行は、しばらく白雪さんに教えてもらうとして、だ。今回はせっかくだから、〝お中元で上流階級の中の上以上へ飯母田製菓の和菓子を届け、そのうちの何割かに暑中御伺いの店として選んでもらう〟、名付けて〝芋蔓作戦〟を決行したいのだが、どう思う?」
「シンプルに、そんなこと考えながら中間テストで学年一位を譲らないつむに引いてる」
「全教科満点で不動の学年一位に君臨してるコウに言われたくない」
「同率一位がいるんだから、さして凄いことでもねぇよ」
亘矢の皮肉に皮肉で返しても無意味なことは知っていたけれど、案の定さらっと流された。作戦そのものに異議は唱えられなかったので、通ったと見て問題ないだろう。
その証拠に、亘矢はさっそくタブレット端末を取り出し、今年の『飯母田製菓』の夏商品の詳細を開いている。
「つってもなー……その作戦、まずは学園のターゲット層に、『飯母田の和菓子は良いぞ』って実家へ耳打ちしてもらわねぇとだろ? そこまでインパクトのある商品となると……」
「うーん……本店はともかく、『飯母田製菓』の商品は、あまり奇を衒いすぎないようにしてるからな」
量産し易いようにという理由が一番だけれど、基本的に和菓子はオーソドックスなものが選ばれがちなのだ。特に実店舗で売る場合、あまり創作色が強いと一歩引かれてしまう。基本はシンプルに、差し色程度のオリジナリティを――それが商品開発部のスローガン、というのは余談だが。
(あまり普通過ぎても、飯母田製菓である必要性がなくなるからな。加減が難しい……ん?)
亘矢がスクロールする画面を一緒に覗いていると、一つの品に目が留まった。見た目は普通だけれど、この独特な売り文句は……。
「……これ、使えそうじゃね?」
「使えそう、だな」
同じことを思ったらしい亘矢と、つむぎは至近距離で視線を交わす――。




