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4月21日〈ルート共通イベント終幕後・回想を終えて〉③


 白雪に、〝姫川財閥のご令嬢〟という肩書き以外で狙われる理由がある――。


 そう見立てた亘矢は、自分の立てた推察にうんざりした様子でため息を吐いた。


「現段階じゃ、あくまで俺の勘がそう感じ取ってるだけ、だが」

「コウの勘は、昔から割と鋭い方だからな……」


 事件が起こる前までは、「白雪本人に瑕疵はなくとも、姫川財閥の跡取り娘である以上、どんな恨みつらみが彼女へ向いてもおかしくない」という意見だった亘矢。しかし、昨日、実際に起きた〝事件〟を経て、彼の勘は何か別のものを察知したようだ。

 彼がそう言うのなら、もしかしたら白雪には、つむぎの知らない別の側面があるのかもしれない。……少し気になって調べた、彼女の生母の姿形が、つむぎとは一切掠りもしていなかったことと、何か関係があるのだろうか。


 入学式の日――〝おかあさま〟とつむぎを呼んだ白雪の瞳には、迷いも、狂気も、見当たらなかった。

 彼女は……つむぎと〝誰〟を、見間違ったのだろう。


「……この人生も、やっぱ、一筋縄じゃいかねぇか」


 ぽつりと落ちた、亘矢の言葉。まるでいくつもの生を経験した、歴戦の勇士のような嘆きに、つむぎは思わず、くすりと微笑む。


「そりゃそうだろう。生きている以上、色んなことがあって当たり前だ。〝一筋縄〟と言うが、一本の縄をたぐるだけで得られるありきたりな人生こそ、つまらないと思わないか?」

「前向きだな、つむは」

「そうか? 一筋縄じゃいかない、上下左右に広がる人生を、自らの足で切り拓いていくからこそ、〝生きる〟ということは大変で、それ以上に面白いんだと思うぞ」

「……世界がつむに優しいばっかりなら、俺もその意見を全面的に受け入れられたんだが」

「別に、優しくなくとも構わないさ。――私が切り拓きたい道は明確で、どれほど厳しい逆風が吹いたとしても、やるべきことは変わらないのだから。むしろ、困難な方が達成感もより得られて、モチベーションに繋がるんじゃないか?」


 暗闇の中、見えることはないだろうけれど、つむぎは敢えて、不敵に笑った。勘が鋭いからこそ〝何か〟を察し、憂いている亘矢の惑いを、吹き飛ばすように。

 もちろん、つむぎだって人間である以上、どうやって越えれば良いか見当もつかないほど高い壁を前に臆することだってあるし、今のように不明瞭な霧が視界を遮り、周囲がはっきり見えない中で、不安を感じることもあるけれど。

 それでも……どうしてだろう。昔から、臆しても、不安を覚えても、「だから止めよう」という気持ちにだけは、なったことがないのだ。


 それ以上に――〝自分のやりたいことができて、望んだ道へ進める〟喜びが、圧倒的に上回るから。


 何故か黙った亘矢にもう一度笑って、つむぎは立ち上がり、ぐぐっと伸びをした。


「今日は……っと、日付変わったから、もう昨日だけど、疲れたなー。今日も変わらず、起きたら授業だ。私たちも、そろそろ休まねば」

「……あぁ、そうだな」

「明日は、いつもと同じ時間に、ここ集合で大丈夫か?」

「大丈夫だと思う。万一風紀の会議が長引いて遅れることがあったら、連絡するから」

「分かった。じゃあ、私は帰るな。コウもゆっくり休んでくれ」

「つむも、すぐ寝ろよ。おやすみ」

「あぁ、おやすみ」


 日常の中、不意に舞い込んできた非日常を、どうにかこうにか乗り越えて。

 最後はいつもの挨拶で締めて、つむぎは〝秘密の箱庭〟を後にするのだった。



  ■ ■ ■ ■ ■



 ――背筋をピンと伸ばした美しい姿勢で立ち去る、つむぎの後ろ姿を、見えなくなるまで見送って。

 亘矢は、深く、深く、息を吐き出した。


(あぶな、かった……)


〝前世〟で取った杵柄ゆえか、亘矢は目が異様に良い。昔から視力は測定上の最高値から落ちたことがなく、夜目も利く。――今日のような新月の夜でも、遠くの街灯や微かな星明かりがあれば、すぐ近くにいる人間の表情くらいなら、容易く見えてしまう程度には。


(なんであんな急に、カッコ良く笑うかな……思わず手が出そうになって、ヤバかったじゃねぇか)


 いや、理由は分かる。ついうっかり弱音のようなものを吐いてしまった亘矢のために、励まそうと敢えて強気なことを言って笑ってくれたのは、分かっているのだが。


(そういう健気なトコがツボなんだって……言っても分かんねぇよなぁ、つむは)


 ――つむぎは、出逢った頃から、自分のためにも、誰かのためにも、自分にできることを一欠片だって惜しまない少女だった。街で偶然行き合っただけの亘矢を助け、亘矢の母を助け、当たり前のように二人の居場所を用意して。あの頃の亘矢は、ちょっと勉強とIT機器作業が得意な小学生に過ぎなかったのに、つむぎはその一つ一つにより大きな価値を与えてくれ、〝亘矢〟を確立させてくれたのだ。


(正直あの頃は、〝ルル〟の傍に居たくて必死だったけど……つむなら、俺が死に物狂いで自分の価値を証明しなくても、仮に得意なことなんか何もない、平凡な小学生だったとしても、普通に受け入れたんだろうな)


 商売人らしく、つむぎの思考と行動パターンは常に、収支のバランスが保たれている。〝無い袖は振れない〟というのが彼女の理念の一つであり、己の身に余る事態と直面したとき、無理を押して挑むなんて無茶なことはしない。賭けるにしても、勝率をきちんと計算し、七十パーセント程度の〝勝ち筋〟がなければ冒険はしない、堅実なタイプだ。

 しかし――その事実を裏返せば、〝袖があるなら振る〟し、自分の力でどうにかできる事態なら、解決に労力は惜しまないということでもあるのだ。……否、仮にどうにもできない事態であっても、自分では挑まないだけで、解決できそうな人を探したり、解決策を構築したりといった手は尽くすから、結局、どんなときでも〝自分にできることはないか〟と探し、動き続けていることに変わりはない。


(どんなときだって、誰相手だって、望む未来のために〝できること〟を探してる……魂は同じでも、行動パターンは全然違うんだよな、つむと〝ルル〟は)


 ――〝前世〟で巡り逢った最愛の恩人、〝ルル〟には、生まれたときから定められた〝役目〟があった。〝ルル〟にとってはその〝役目〟こそが己の存在意義で、全てだった。


〝彼女〟自身が何かを「やりたい」と望むことも、「できること」を探すことも……最初から、赦されてすら、いなかった。


(だから……〝今世〟では絶対、つむには何一つの憂いなく、そよ吹くほどの逆風もなく、〝やりたいこと〟に邁進して、幸せに、生きてもらうと。そんなつむを、命終わるまで守ることが俺の使命だって、そう思ってたのに――)


 つむぎの前では取り出さなかった、プライベート用のスマートフォンを、パーカーのポケットから取り出して。

 ――亘矢は、とあるメールを開く。


 差出人は、『mirror-of-truth』……しかし、メール本文に綴られている文章は、つむぎに見せたものとは全く異なっている。

 そう。彼女に伝えてはいないが、実は『mirror-of-truth』から、メールは二通、届いていたのだ。


 もう一つの、メールには――。


「……っ、なんで、なんでつむが――なんでッ!」


『この先、ブランシュネイルを巡って、学園で、あらゆる事件が起きる。それらは表向き、フランを狙ったように見えるけど……真の狙いは、俺たちのルルだ。ルルを救うには、フランの事件を防ぎ、誰が見ても彼女を守っていると分かるポジションに、ルルを置き続けるしかない。

突然こんなメールを送りつけて、信じられないとは思う。だけど、メテオ。どうか俺を、疑わないで。ルルの幸福を守るため、君の力を貸してほしい』


 あの夜、最初に『mirror-of-truth』から届いた、このメール。――つむぎに見せたのは、二通目の、〝今世〟の名前が示されていたもので、届いたのが〝あれ〟だけだったら、亘矢だって確証は得られなかった。

 けれど……〝こんなもの〟を真っ先に、〝飯母田つむぎ〟の最側近、〝狩野亘矢〟として使っているメールアドレスに送りつけてくるのが、〝誰〟なのかなんて。


 ……分からないわけが、ない。


「どこにいるんだよ、アル……!!」


〝彼〟が〝前世〟、存在していたことは、ブランシュネイルすら知らない。知っていたのは、生みの親である〝ルル〟と、〝彼〟の弟たちである〝七人の小人〟と、最後に拾われた末弟――〝亘矢(メテオ)〟だけ。

 即ち。こんなメール、送って来られるのは、〝本人〟しか居ないはずなのだ。


(自分が〝あちら〟に渡るのは難しいから、俺を送るって言ったじゃねぇか。〝こちら〟でルルを守れなかった分、〝あちら〟で自分の分までルルを幸せにしてくれ、って!)


 誰よりも〝ルル〟に近く、分身のような存在であった〝アル〟。それゆえに、〝ルル〟の魔力で保たれたあの〝世界〟を、自らの意思で離れることは困難だと、ほろ苦い声で言っていた。

 それが、何かの拍子に、渡れてしまったのなら。前世の記憶を宿し、亘矢を〝メテオ〟だと、確信できているのなら。


「こんなメールじゃなく、会いに来てくれよ……俺だけじゃない、〝小人〟たちだって、お前に会いたいはずだ」


 つむぎのことは、必ず守る。亘矢は――メテオは、そのために、時空を渡った。

 だから……つむぎを、絶対、守り切るためにこそ。


「俺じゃ、俺たちだけじゃ、ダメだ。お前が居なきゃ、始まらないだろ……」


 どこの誰へ向けたかも判然としない、亘矢の言葉は。

 未だ肌寒い、春の夜風に吹かれ、消えていった。


次回、間章挟みます。

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