4月21日〈ルート共通イベント後・回想を終えて〉②
長岡の行いは、思い返すだに、腹立たしいものでしかなかった。亘矢の築き上げたものを危機に晒した張本人のくせに、当人はその自覚もなく、風紀委員として真っ当なことをしていると思い込んでいるのだ。思い違いも甚だしいと怒鳴りつけたいのを、やっとの思いで自重したのだから、これくらいの愚痴は許してほしい。
「つむ……?」
「たかが〝ボランティア同好会〟でしかない私が、ボランティア活動でしか繋がりのない〝狩野委員長〟へ肩入れしすぎるのは変だから、ノーコメントを貫いたけどな。あのときほど、コウとの関係を暴露して、罵ってやりたくなったことはないぞ。風紀委員として不適格だって突き付ける程度、優しいものだろう」
「――えっと、ちょっと良いか?」
「なんだ、コウ。君も言いたいことがあれば、ここで吐き出しておけよ?」
「いや、まぁ、何だ。俺も長岡のあれこれに関しては、思うところもあったが。そうじゃなくて……お前があそこまで長岡にキレてたの、姫川白雪関連でというより、ひょっとして大勢の前で風紀委員会全体の評判を下げかねなかったからか?」
「ん? 白雪さんを根拠なく退寮にしようとしていたことは、当然腹立たしかったが……長岡さん個人を、敢えて大勢の前で逃げ場が無くなるまで詰めたのは、もちろん風紀の評判を守るためだぞ?」
女子談話室なんていう、誰もが気軽に使える場所で、人払いすらせず風紀委員が一人の生徒を問い詰めることが、周りから果たしてどのような目で見られるのか。しかも長岡は、先輩たちの到着を待つことなく、白雪が大浴場の浴槽蛇口を全開にしたと決めつけ、断罪していた。あの流れでは、三条も守山も「ではここから場所を変えて……」とは言い出せなかっただろう。端緒が大勢へ広まってしまった状態で、白雪にどんな沙汰が降ったとしても、邪推する人は必ず出てくる。白雪の名誉を守るためにも、あのまま大勢の前で話を進めるしか、彼女たちには選択肢がなかったのだ。
そうして、風紀委員(プラス三条)が、一年生を囲んで問い詰める図式が完成してしまえば――一定数の生徒から、〝風紀委員は権限を振り翳して、生徒へ横暴な振る舞いをしている〟と思われてしまうことは、どうしたって避けられない。
「白雪さんから話を聞くにしても、彼女の体面を考えれば、自然と人目につかない会議室などを選んだはず。女子談話室を敢えて選び、集団の圧をかけようとしたのは、長岡さんの独断であり、暴走に他ならないだろう。彼女はどうやら、大勢の前で取り調べることで、風紀が規則違反を許さない、厳しい組織であることを知らしめ、他の生徒への示しとしたかったようだが」
「……普通に考えりゃ、たかが蛇口の栓を閉め忘れたってだけで見せしめみたいに大勢の前で吊し上げられる様を目の当たりにしたら、抱く感情は畏怖より反感だよなぁ」
「長岡さん個人が反感を抱かれるのは自業自得だが、あのときの彼女は〝風紀〟の看板を背負っていた。その状態で彼女が稼いだヘイトは、そのまま風紀委員会が被る羽目になる」
「だから……わざと大勢の前で、長岡は風紀委員として不適格だと断じ、リコールへ踏み込んだのか。長岡と風紀委員会を切り離すために?」
「なかなか偉そうな発言をしてしまったから、長岡さん周りからは恨まれただろうけれど。――風紀の、コウの評判を守るためなら、少々の顧客候補を失う程度、どうということもない」
暗闇の中、笑ってそう言い切った、次の瞬間。
「――っ!」
繋いでいた手が軽く引かれると同時に、背中に回った腕の感触。
――互いの顔も満足に見えない闇の中、つむぎは亘矢によって、上半身だけとはいえ、ぎゅっと抱きしめられていた。
「コ、コウ?」
「……ずるいよなぁ、つむは」
耳元で低く囁かれ、そのくすぐったさに身じろいでも、亘矢が離れる気配はない。
そこそこスキンシップが多い仲だと自覚はしていたが、お互い成長してからこんな風にハグする機会はこれまでなく、あまりに近い声と気配に、つむぎの鼓動は自然と速くなった。
「ず、ずるい、って……」
「商売のことしか考えてない風で、事実八割は商売のことで占められてんだろうけど……残り二割の人情が、底なし沼みてぇに深ぇんだから」
「そんなことは……」
「長岡っつー販路を切ってまで、俺のこと、守ってくれたんだろ?」
「あっ……たり、まえ、だ!」
亘矢の言葉遣いはいつも通りなのに、囁かれるトーンがあまりにも優しく、……どこか、甘くて。そういう彼も決して嫌ではないけれど、ムズムズ、そわそわして、意味もなく逃げ出したくなってしまう。
腕に力を入れ、ぐいと亘矢の胸を押すと、彼は笑って腕を解いた。
月明かりもない新月の夜、互いの顔さえ見えない暗闇に、何故か無性にほっとして。
「人情が深いと君は言うが、商売とは究極のところ、モノを介した人と人との繋がりだぞ。商売人が人脈を、そして関係のできた人を大切にするのは、何もおかしいことじゃない。私の頭の中は、八割どころか、十割商売のことしかないんだ!」
「はいはい。つむがそう思ってんなら、それで良いよ」
「信じてないな!?」
「そんなことないって。俺から見えてるつむと、つむが思ってるつむとじゃ、ちょっと違うってだけだろ。人間、多面体な生き物なんだから、そういうこともある」
「……そうやって言いくるめようとするコウは、ちょっと詐欺師みたいだ」
「おっ。ハッカーには最高の褒め言葉だな。俺らはインターネットのシステムを騙す、電子世界の詐欺師だぜ?」
こうなった亘矢は、誰がなんと言おうが自分の意思や意見を翻さないことは、もう充分に知っている。諦めて、つむぎはもぞもぞ、元の定位置に座り直した。
「……まぁ、悪目立ちし過ぎた感は無きにしも非ずだが。これでひとまず、〝怪メール〟の送り主からの依頼は果たせた、と考えて良いのか?」
「結果だけ見りゃ、姫川白雪は一般寮から出されたわけだから、ちょい微妙ではあるが。大浴場の管理不手際については冤罪で、むしろ悪意ある〝誰か〟から狙われていた被害者だったと判明したっつーことで、彼女の名誉は守れたんじゃねぇか?」
「 〝真実の鏡〟さんが、具体的に何を阻止しようとしてたのかがイマイチはっきりしないから、なんとも言えないんだよなぁ……」
メールに書いてあった依頼そのものは『姫川白雪が管理の不手際の責を負うことがないよう、前日の4月19日は飯母田つむぎに大浴場の最終確認を任せ、確かに彼女が最終確認を行ったという証拠を残して欲しい』だったから、一応果たしたと言えるが。もしも〝真実の鏡〟が食い止めたかったのが〝一般寮から白雪が出て行くこと〟だったとしたら、彼(もしくは彼女)の狙いは果たせなかったことになる。
「――つーか、差出人不明のフリー捨てアドから送られてきた〝怪メール〟にここまで付き合ったんだ。これ以上〝真実の鏡〟の思惑を斟酌してやる筋合いもねぇよ」
「そう言われれば、そこまでなんだがな」
「……俺はむしろ、姫川白雪を退寮へ追い込もうとした〝真犯人〟の動機の方が気になってる。宝来みたいな金持ち校、腹に一物どころか十物くらい抱えてる連中の巣窟だろうとは覚悟してきたが――今回の〝これ〟は、金持ちとか、上流階級とか、そっち方面が理由じゃない気がしてな」
「ふぅむ……白雪さんには、姫川財閥のご令嬢、という肩書きとは他に、悪意ある者から狙われる〝理由〟があると?」
それはまた、随分と穏やかでない話である。




