4月21日〈ルート共通イベント後・回想を終えて〉①
……昨日のあれこれを改めて思い返し、つむぎは改めて、重い息を吐き出した。自分のしていたことが間違っていたとは思わないが、感情的にならず冷静な対処ができたかという観点から見れば、ぶっちゃけ長岡とどっこいどっこいである。
「つむ? どうした?」
「いや……談話室での立ち回りについて、ちょっと反省したところだ。いくらなんでも、感情的になり過ぎた」
「あぁ、風紀室でも話題になってたな。『あの飯母田さんを怒らせたのか』と。つむのクラスの風紀委員……西大路なんか、『飯母田を怒らせたなら、それは風紀が悪いですね』と秒で白旗上げてたぞ」
「イヤイヤ……こういうことは良い悪いの問題じゃないだろう。談話室で何が起こっていたのかは予想できていたんだから、もう少し冷静に、怒っていたとしても表には出さずに、立ち回ることもできたはずだ」
「どうだろうな。その場にいた守山の所感だと、姫川白雪の退寮なんていう、あり得ない処分が決定しかけた異様な空気の中、見たことないほど怒っているつむを目の当たりにしたことで、一気に頭が冷えて冷静になれたらしいから、たまには感情的になるのもアリなんじゃねぇ? 普段から感情に振り回されてる奴が怒ったところで効果は薄いけど、つむの場合、これまで学園で分かりやすく喜怒哀楽を示したことねぇし」
「クラスメイトたちの前でなら、喜と楽くらいは見せてるぞ? けどまぁ、ボランティアとしてあちこちへお邪魔するのに、感情ばかり先行して碌な仕事もできないのでは、お話にならないからな。黙々と仕事に励む私を周囲が勝手に冷静沈着なキャラクターと判断しただけで、喜怒哀楽を示してなかったというよりは、示す機会がなかっただけ、というのが正直なところだが」
「だよなぁ。つむは見た目で何となく冷たい印象を受けるけど、実際はめちゃくちゃ感情豊かで、素直に表へも出すし。女子談話室での立ち回りだって、いつものつむを見せただけだろ」
……小学生の頃からつむぎを知っている亘矢に、隠し事はできない。つむぎは別段、宝来学園入学前後でキャラを変えたつもりはないのだが、愉快なA組の仲間たちと一年を過ごし、かつ〝ボランティア同好会〟とあだ名されるほどボランティア活動にのめり込んだ結果、〝冷静沈着で無償奉仕が大好きな策謀家〟という、意味不明なキャラ付けをされてしまっている。商人であるつむぎが無償奉仕大好きなわけはないし、クラスの作戦立案担当になったのだって、A組の頭脳労働担当比率が著しく低かったゆえの必然でしかないので、学園生徒が思う〝飯母田つむぎ〟像はたぶん、つむぎの実情からそこそこズレているだろう。
「宝来でのつむは、普段と変わらないように見せかけて、販促活動で不利にならないように、相当気を遣って立ち回ってるからなぁ。ボランティアなんて柄じゃねぇことしたり、〝策謀の魔術師〟なんて呼ばれるくらい、クラスメイトのために頭使ったり。宝来のつむしか知らない連中に言ってもぜってー信じないと思うぜ。普段のお前の口癖が『給料以上の仕事をするな。労働に見合った対価をきちんと請求しろ。やりがいだけを頼りに無報酬に甘んじるなど、愚か者のすることだ』だってことなんか」
「仕方ないだろ。そうでも言わないと、特にお父さんの弟子たちは、店に泊まり込む勢いで和菓子を作り続けるんだ。何かといえば『師匠の神業を見て、じっとなんかしていられません! 残業代は要りませんから!』とか抜かしやがって! 好きで作りたいなら家でやれ!」
「いいもだの作業場は、当たり前だけど和菓子作りに最適な環境が整ってるからなぁ。家に帰って一から材料と道具用意するより、仕事終わりにそのまま、作りたい和菓子の試作に入った方が効率的なのは確かだぞ?」
「その試作から生まれた新作を店頭に並べないなら、アフターファイブの趣味を支える場として提供するんだがなぁ……」
自分が食べたい和菓子を創作するだけなら趣味だが、父の弟子たちは、それらを意気揚々と売り出すのだ。いずれ店頭に並ぶ和菓子を試作している時点で、「給料はいらない」と彼らがのめり込んでいるお楽しみの時間は、ただの残業なのである。
当人の努力が、仕事へかけた労力が、正当に報われない理不尽ほど、つむぎの嫌うものはない。世間のブラック企業は、従業員の努力や労力が良い結果として現れた際、それらを〝報い〟とカウントして「良かったな」で終わらせるらしいが、その〝結果〟の恩恵を受けるのは企業なわけで。良い結果が出たなら尚更、それを導いた本人こそが正当な対価を受け取るべきだろうと思う。
だからこそ、つむぎは口酸っぱく、無償労働へ突っ走る彼らへ言うのだ。「給料以上の仕事をするな。労働に見合った対価をきちんと請求しろ。やりがいだけを頼りに無報酬に甘んじるなど、愚か者のすることだ」――と。
「そうやって、頑張る人間のことを一番に思いやるつむだから……姫川白雪への仕打ちが、許せなかったんだろ」
暗闇の中、握った手を亘矢に握り返され、つむぎはゆっくり、首肯した。
「白雪さんは、何一つ、悪いことをしていない。慣れ親しんた百合園から、周囲の大人の思惑に振り回される形で宝来へとやって来て、それでも腐ることなく、日々を誠実に生きていた。……誰が、どんな恨みを抱いていたのか知らないが、ただ真面目に生きているだけの人を卑劣な罠で陥れようとすることも、その罠にまんまとハマって、幼稚な感情論で彼女へ退寮を迫ったことも、理不尽極まりないだろう」
「……だな」
「『飯母田製菓』のためには、宝来で大人しく販路拡大活動に勤しむつもりなら、悪目立ちすることは避けるべきだった。でも、それ以上に、目の前の理不尽を素通りする選択肢は、私にはなかったんだろうな」
「あぁ。――つむらしいよ」
「……私らしい、か?」
「俺の知ってる、ずっと見てきたつむだ。……だって、つむが『飯母田製菓』を立ち上げたのも、上流階級へ販路を広げたいのも、あれほど見事な親父さんの和菓子が、正当な評価を受けることなく不渡の原因にしかならない、理不尽な世界を変えたかったから、だろ?」
「うん。……うん、そうだ」
言われて、思い出す。
そもそも自分は、物心ついたその瞬間から、〝理不尽〟が大嫌いだった。この世の全ての理不尽を無くすことはできなくても、せめて自分の目の前にいる大切な人たちのことだけは、理不尽から守りたかった。
どんなに努力しても、力を、心を尽くしても、何一つ報われることがない――そんな現実に泣く人がいない〝世界〟を、たぶん、もしかしたら生まれる前から、望んでいた。
「……気付かなかったな。白雪さんが詰められているあの現場は、私にとって最大級の地雷だったのか」
「じゃなかったら、着火即爆発なんてことにはならねぇだろ、つむは。『飯母田製菓』の販促のために、つむが意識して理性的に振る舞おうとしてるのは、分かってる」
「今日の一件で、全部台無しになってなきゃ良いが……」
「風紀の連中を見た感じ、問題ねぇよ。守山も感謝してたし、長岡の暴走にそろそろ付き合い切れないと思ってたらしい二年の奴らも、『さすが飯母田さん』って感じだった。姫川白雪の取り調べを女子談話室で強行した件に関しては、『風紀が横暴な組織だと思われて、生徒たちから総スカン食らったらどうする』つって、まず長岡が風紀男子三年たちからがっつり詰められてたしな」
「……そうなんだよなぁ。図書館で噂話してた子たちも、『そんな思いやりのないことをするなんて、風紀委員を見損なった』みたいなことを言ってたし。コウがこれだけ心血注いで風紀のイメージアップを図っているのに、味方が台無しにしようとするなんて」
「――え、?」
「感情的になり過ぎたのは反省しなければならないが、あの場で長岡さんの行いを糾弾し、リコールまで踏み込んだことそのものは、間違っていたとは思わないぞ。コウに余計な心労を与えておきながら、何が『委員長に申し訳が立たない』だ。貴様の勝手な正義ごっこの言い訳に、コウを使うんじゃない」
思い出したらまた腹が立ってきて、本当は本人にぶつけたかった言葉の数々をぶつぶつと吐き出していく。




