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4月20日〈回想・ルート共通イベント中〉①

イベント中の裏話、始まります。


 ――そういうわけで、4月19日の夜、つむぎは敢えて消灯時間近くに大浴場へ赴き、予想通り遅い時間に利用していた白雪と会話を交わし。白雪の顔色が赤くなった頃合いで、湯当たりを心配し上がるよう促す、良い先輩ムーブをかましたのだ。

 もちろん、白雪が上がった後は、他に利用者が来ないことを消灯十五分前のギリギリまで確かめた上で、大浴場の蛇口全てをしっかり握って間違いなく水を止めて。万一にも締め作業にケチをつけられないよう、風呂椅子も手桶も全て所定の位置へ戻し、きれいに重ねて。窓も全部閉めて、電気も消して、何なら脱衣所で皆が使いっぱなしにしているドライヤーも所定の位置へ戻し、掃除用のダスター布巾で鏡まで拭いてから、大慌てで服を着て消灯前の廊下を早歩きで立ち去ったのである。

 脱衣所と大浴場には、当然のことではあるが、防犯カメラはついていない。そして、大浴場前廊下を見張る防犯カメラには、消灯時間ギリギリに、ほぼ小走りで廊下を駆け去るつむぎが映っている。


 つまり。


(本当に大浴場で問題が発生したら、防犯カメラの都合上、真っ先に私が疑われるなぁ……)


 締め作業を丁寧に行なった結果、大浴場と脱衣所のあっちこっちに、真新しいつむぎの指紋が付着している。もしもつむぎが触った諸々がばら撒かれたり、壊されたりするような悪戯が起きていたら、指紋が新しいつむぎの仕業と誤認される可能性は非常に高い。


(まぁ、コウが事情を知っているし、いざとなったら庇ってもらおう。最悪、警察が本格的な捜査をしてくれたら、犯人が手袋をして犯行に及んだとしても、その手袋で私の指紋が掠れるなりして、私じゃないことは分かるだろうし)


 天下の宝来学園的には、学内へ警察が入って捜査するという事態は極めつけにありがたくないだろうけれど、だからといって大人しく濡れ衣を着せられるわけにもいくまい。つむぎがしたことはあくまで、とても丁寧な締め作業でしかなく、それを非難される謂れはないのだから。


(大浴場で問題が発生しているか否か……分かるのは、今日の掃除当番が掃除に入る、15時半以降か。分かってはいたが、気ばかり急いてしまうなぁ)


 いくら気になるからといって、用もないのに朝から大浴場を訪れるわけにはいかない。適当なものを脱衣所へわざと忘れ、朝取りに行くことで大浴場の様子を確認してみようかとも思ったのだが、ただでさえ、これまでしたことのない消灯時間ギリギリの大浴場利用という不自然な行動をかましているので、これ以上はなと自重したのだ。


 ――結果だけを見れば、多少の不自然さは無視しても、素直に忘れ物作戦を実行しておけば良かったと、後から悔やむことになるのだが。そんな未来を最初から分かっていたら、〝後悔〟なんて単語はこの世に存在しないのである。


「ねぇ、聞いた!?」


 放課後。本日のつむぎは、新学期になって蔵書が増えた、宝来学園が誇る図書館の書架整理ボランティアに従事している。いくつかあるボランティア候補先から図書館を選んだのは、割と真面目にクラスの図書委員が困っていたのと、もう一つ。


「どうしたの?」

「女子寮の大浴場が、大変なことになってるんだって!」

「大変? 何があったの?」


 ――放課後時間を図書館で過ごす生徒は、地味に耳が早く、噂話に敏感な者が多いのだ。何か〝事件〟が起きたことをいち早く察知し、かつそれが不自然に見えないポジションに、図書館の書架整理は非常に〝使える〟わけで。

〝大浴場〟のキーワードが聞こえてきた瞬間、つむぎは素早く声の発生源へ近づき、本棚の下の方を整理しているフリで姿勢を低くして、交わされる噂話に耳を傾けた。


「大浴場の、浴槽の蛇口が全開になってて! お湯が一晩中流れっぱなしで、大浴場どころか、脱衣所まで水浸しだって! 掃除当番の人たちが見つけて、今大騒ぎだよ!」

「えぇっ!? それ、めちゃくちゃマズいんじゃない? そういうことが起きないように、大浴場を最後に使った人は、シャワーとか蛇口からお湯が出てないか、ちゃんと確かめる決まりでしょ?」

「そうそう。でね、今日の掃除当番の中に、たまたま風紀委員の人がいたから、すぐに防犯カメラをチェックして。昨日最後に大浴場を使った人を、今から取り調べるみたい」

「取り調べって、そんなドラマみたいな……」


 テンポよく交わされる会話を聞きながら、つむぎの目は大きく見開かれていく。……想定していた中で、最もタチの悪い〝悪戯〟が実行されたらしい。


(一応、排水溝の詰まりはチェックして、水が流れなくなることはなさそうだと判断したが……〝犯人〟がそもそも〝脱衣所まで水浸しにする〟ことを目論んでいたのなら、不自然でない程度に排水溝を詰まらせるだろうから、あまり意味がない確認だとも思っていたんだよな。風呂場でのやらかしリストの中で〝お湯の出しっ放しによる床上浸水〟はぶっちぎりの上位だから、警戒はしていたが)


〝お湯の出しっ放しによる床上浸水〟は、一晩中無駄に放出された水道代と、浸水した施設の修繕費という、ダブルの出費が発生する〝やらかし〟だ。15時間以上に渡って流れ続けた水道代はそれなりの額になるし、浸水した脱衣所の床だって、被害程度によっては貼り替える必要が生じる。脱衣所の床へ直置きしていた電子機器等も、漏電していれば故障まっしぐら。被害総額はなかなかのものになるだろう。


(やはり、忘れ物作戦を決行して、朝のうちに一度は大浴場を見ておくべきだったか……)


 不自然に不自然を重ねるのは良くないと、安牌を取った昨夜の己の小心さが憎い。〝犯人〟の狙いに、百パーセントではないにしろ予感めいたものがあったのなら、逃げるべきではなかった。


(しっかりしろ。少なくとも、私が消灯間際に廊下を駆け去ったことで、白雪さんが疑いをかけられる展開は避けられたはず。あとは、風紀委員の取り調べに〝否〟を突きつけるだけだ)


 そう、己を叱咤激励していると。


「それで、昨日の大浴場を最後に使ったのは誰だったの?」

「えぇっとね……ホラ、あの子。新入生歓迎オリエンテーションで、特別寮の人たちのリボンを総取りして話題になった――」

「えっ、一年生の姫川さん? しっかりしてて、そんなミス、しなさそうに見えるけど」

「けど、防犯カメラで確認した感じ、白雪さんがラストっぽいよ。モニタールームから出てきた風紀委員の子が話してるのを、すれ違いざまに聞いたって」

「へぇ……まだ一年生だし、慣れてなかったのかなぁ」


(……どういう、ことだ?)


 収束していく噂話に、背筋が冷えていく。まるで何か、タチの悪いものに化かされたような、底知れない不気味な成り行きに、つむぎは強く頭を振った。


(そんなわけはない。昨晩、大浴場を最終確認をしたのは私だ。なのに、防犯カメラに映っていないだと?)


 考えろ。この現状を矛盾なく説明できる仮説を組み立てろ。

 己の記憶に、絶対の自信があるのなら。疑うべきは――。


「あっ! もう少ししたら、女子寮の談話室で取り調べが始まるんだって! ねぇ、見に行ってみない?」

「えぇ~、野次馬? そもそも、なんで談話室で取り調べなの? そういうのって普通、人目につかない場所でするでしょ?」

「それは分かんないけど……談話室でやるなら、見学可能ってことだろうし」

「可能でも、止めとこうよ。私が姫川さんの立場で、もしもうっかり蛇口を開けっぱなしにしちゃったなら、そんな大勢の前で責め立てられるような目に遭いたくない。最終確認を忘れちゃったのは落ち度だとしても、衆人環視の中で面子を潰されて良い理由にはならないでしょ?」

「う~ん、そう言われればそうかも。だとしたら、風紀委員、結構酷いことしてるね?」

「そうだよ。誰が主導してるのか知らないけど、こんなことするなんて、ちょっと風紀委員会のこと、見損なったかも」


(その通りだ。こんなこと、コウが許すわけがない。……ということは少なくとも、女子寮談話室での取り調べに関しては、主導している女子風紀委員の独断だな)


 と、いうか。予め情報を得ている亘矢ならば、風紀委員の後輩から報告を受けた時点で動き出すはず。なのに亘矢が動く気配はなく、女子寮の噂話だけが流れてきたということは。


(今回の件、女子寮監督会は完全に、独自で動いているのか……?)


 確かに、起きた状況のみを冷静に抜き出せば、大浴場の蛇口が全開のまま、一晩中水が流れっぱなしになったことで、脱衣所の床上浸水被害が発生した――ただ、それだけの話だ。確かに大事ではあるが、殊更に騒ぎ立てるほどの話でもない。最終確認を怠った生徒へ注意を入れ、起きた被害をどう補填するか話し合い、出た結論を風紀委員会(この場合は寮監督会か)で報告すれば、話はそれで済む。ゆえに、現時点で女子寮監督会が独自に動いていても、不適切ではないのだが。


(問題は、その〝大浴場最終利用者〟が捏造されていること――!)


 この〝事実〟が加わるだけで、この問題は女子寮のみで片付けられるどころか、学園全体で対処すべき最重要案件へ変貌する。――悠長には、していられない。


(まずは、防犯カメラ映像を確認しなければ。それから……)


 やるべきことをリストアップしつつ、つむぎはそっと、盗み聞きしていた書架から離れ、図書カウンターまで足早に戻り。カウンター業務をしていた図書委員へ「急用ができたので、今日はこれでお暇したい」と告げ、図書館を後にしたのだった。


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