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4月17日〈回想・ルート共通イベント前〉②


 自身の個人情報が、どうやら外部へ漏れたらしいという状況の中、亘矢は取り乱すことなく平然としている。元々彼は、母親とともに飯母田へやって来た頃から働くことに抵抗なく、小学生でありながらIT関連にめっぽう強かったのもあって、脆弱だった飯母田のデジタル周りの強化を一手に担ってくれていた。そんな亘矢にしてみれば、自分が飯母田の人間であることは秘密でも何でもない当たり前のことで、どこぞのハッカーに情報を抜かれたからといって、それがどうした程度のことなのかもしれない。


(コウを飯母田と心中させたくない私としては、大問題なんだがな……)


 飯母田程度の家格でありながら、上流階級へ販路を広げようと宝来学園まで乗り込む行為は、結構な冒険なのだ。失敗するつもりはないけれど、最悪の事態を予め想定し、リスクヘッジしておくこともまた、商人にとって必要なこと。いざというとき、せめて亘矢だけは逃がせるよう、学園内では徹底して関係を隠してきたというのに。


(まさか場外で、コウの情報が抜かれるなんて……どこぞのハッカーのせいで、コウの情報が、巡り巡って学圏へ入って来ないとも限らないじゃないか!)


 白雪の危機を知らせてくれたのだから、たぶんきっとおそらく、このメールの送り主が亘矢の情報を悪用するようなことはないと信じたいが。ハッカーはハッカーでも、亘矢と同じホワイトハッカーだと、今は信じるしかない。


「……それで? こんなメールを送りつけてきた相手のことは、何か分かるのか?」

「さぁなー? アドレス自体はフリーのドメインだから使い捨てだろうし、登録名もテキトーだろうから、このアドレスから送り主の個人情報を割り出すのは無理ゲーだ。アドレスもテキトーに考えた感じのやつだし」

「そうなのか? さっきはアドレスまで見てなかったが……」

「……見た瞬間、テキトーだって分かるやつだよ。『mirror-of-truth』――直訳すれば、『真実の鏡』だ」

「……あの、超有名な童話に出てくるやつか? 『鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰かしら?』って聞かれる、あの鏡?」

「…………それで『白雪姫』って答えるんだから、センスはゼロだけどな。大体、誰が一番美しいかなんて、人によって答えはまちまちだろ」


 タブレットの光に照らされる亘矢の顔が、闇の中でもはっきり分かるほどの顰めっ面になる。IT大好き、現代社会の申し子のような彼は、昔から子どもじみた童話の類は苦手だったが、中でも件の鏡が出てくる物語に関しては、嫌悪といっても過言ではない反応を見せていた。何でも、物語の冒頭から全部、展開がいちいち気に食わないらしい。

 それなりに長い付き合いで、亘矢の言いたいことも知っているつむぎは、いつものようにサクッと話を終わらせることにする。


「まぁそうだけどな。成人の国民にアンケートでも取って、〝一番の美人票〟を集めたのが白雪姫だったんだろ。人によって答えがまちまちな問いに答えを出そうと思ったら、統計上の多数をひとまずの〝答え〟にするのが一番無難だ」

「だとしたら、高確率で王族が一位取るわな。そもそも、国民に広く顔を知られてるのが、王族とごく一部のスーパースターのみ、みたいな時代なんだから」

「紙媒体のメディアすら、一部富裕層のための贅沢品だったくらいの時代の話っぽいからなぁ。見比べられるほど〝美人〟がいない。最初に『継母』が一番美しかったのだって、若い後妻として王家に嫁いだときの印象が浸透していたからで、やがて年頃になった『白雪姫』の肖像が出回れば、過去の『継母』の印象は上書きされる。そう考えれば、あの『鏡』の〝答え〟も至極真っ当ってことだ」

「女の〝美〟は若さに依存する――ってか。今の時代だと大問題な価値観だな」

「二百年以上前の外国で編纂された童話に、現代の価値観で文句をつけることこそナンセンスってやつだろう。それに、今だって一定数、女は若くて可愛いのが一番、って考える方々はいらっしゃるぞ? だから、夜の街界隈の需要は無くならない」

「……男女関係なく、顔の造形が整ってるだけで頭空っぽの人間にどんな魅力があるのか、俺は昔っから分かんねぇけど」

「それこそ、何を好ましく思うのかなど、人それぞれというやつだ。まぁ、コウの言う〝顔の造形が整ってるだけで頭空っぽの人間〟を好む連中が抱いているのは、人に対する敬愛じゃなく、愛玩物を愛でて思い通りにしたい支配欲に近いんだろうけど」


 話を微妙にずらし、自然と童話からフェードアウトさせてから、つむぎは改めて亘矢のタブレットを覗き込む。


「それにしても、アドレスが『真実の鏡』か。童話によると、あの『鏡』は〝真実〟しか答えられない仕様だったらしいから、それをアドレスにしているということは、〝この内容は真実である〟ことのアピールかな?」

「……まぁ、だろうな。正体は気になるが、体感、メールの内容は嘘じゃない。本当に姫川白雪が狙われてるんだろう」

「……それこそ、何故だ? 白雪さんは、誰かから恨みを買うような子じゃないぞ」

「そこは考え出したらキリねぇよ。姫川白雪本人は平々凡々に生きてても、姫川財閥の令嬢である以上、〝姫川〟への恨みつらみだって降りかかる立場だ」

「これもまた、上流階級あるあるか……」


 飯母田は幸い、上流階級に仲間入りして歴史が浅く、つむぎも両親も、まずは新参者として足場を固めることを最優先に立ち回ってきたため、今のところ、目立って誰かと衝突したことはない。IT周辺のセキュリティは大手企業並みの堅牢さを誇っているが、その管理責任者であるコウ曰く、目立った攻撃を受けたこともないそうだ。ごくたまに、新人ハッカーが腕試しに狙ってくることはあるらしいが、亘矢の築き上げたシステムを前に手も足も出せず、すごすご退散するのが常なんだとか。現実も、ネット世界でも、そんな感じで周囲と溶け込んでいる現状、つむぎが今すぐ、飯母田の娘だからと攻撃を受ける可能性は低いだろう。

 しかし――家自体の歴史も長く、財閥の規模も大きく、長きに渡って日本の経済界の一角を担っている姫川は、その重ねた歴史と規模の分、方々から恨みを買っている。現在の姫川財閥は、お世辞にも良い経営をしているとは言えないだけ、余計にその恨みは深い。

 そして、上流階級あるあるの中でも飛び切りの胸糞案件――家が大きければ大きいほど、家に対する恨みの矛先は、その〝家〟の中で最も弱い者、具体的には子どもへ向きがちなのだ。


「曲がりなりにも我が子を大切にする家であれば、〝従者〟や〝護衛〟役となる同年代の子女を、我が子と同時に学園へ送り込むのだがな……」

「あー、推奨はされてないけど、安全対策の都合上、黙認されてるやつな。宝来の敷地内で誘拐とかはないだろうけど、上流階級御用達学校な以上、家同士のゴタゴタが子どもにまで影響してトラブルことはままあるし。宝来もぶっちゃけ、全生徒の安全を完全に保証するなんざ不可能だから、自力で子どもを守れる家はそうしてくれって感じらしいって、先輩から聞いたわ」

「他力本願甚だしいが、生徒の安全には替えられないからな。姫川ほどの家であれば、白雪さんと歳の近い子を持つ幹部の一人や二人、いくらでも居そうなものなのに、彼女の父親はそういった対策を何一つ考えなかったのだろうか」

「……姫さんと歳の近い、将来の幹部候補なら、何人か居たはずだ。他ならない俺が昔はそうだったから、何度か同年代の集まりに行かされた覚えがある。けど、そいつらを宝来で見かけたことはねぇな」


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