4月21日〈ルート共通イベント終幕後〉①
主人公視点による〝イベント〟振り返り編、始まります!
――4月21日、午前0時40分。
「――つむ、いるか?」
「コウ。うん、ここにいる」
怒涛の展開の連続となった前日、4月20日をどうにか乗り切り、白雪を特別寮へと送り届けてから、つむぎはいつもよりかなり遅い時間に、いつも通り亘矢と、男子寮の奥庭で落ち合っていた。白雪を巡る一連の騒動は、風紀委員の二年女子、長岡が暴走したことにより、元からややこしかった状況が輪をかけて複雑化している。中心となってその対処に当たるのは、彼女の上役でもある亘矢たち風紀委員会の役持ちであるため、彼の時間がなかなか空かなかったのは致し方ないことではあるのだが。
「ひとまずお疲れ――と言って良いのか?」
「問題ねぇよ。ざっくりとではあるが、大枠は埋めてきた。明日以降詳細を詰めて、生徒会と擦り合わせたら、風紀としての処置は一段落つく。内部の綱紀粛正は、時間かければかけるほどなぁなぁになって終わるからな。遅くても来週頭には、姫川白雪へ〝結論〟を提示できるはずだ」
「さすがはコウ。仕事が早い」
――風紀委員である長岡の行動は、無関係の第三者でしかないつむぎの目から見ても、相当に危うかった。そもそも、入学して間もない一年生のミスを殊更に論い、初手から退寮を迫るところからして、公平な視点を欠いていたのは明らかである。白雪の評価が、入学前から上流階級の間で底辺を彷徨っていた、とかいう特殊事情でもない限りは、あんな風に退寮を迫って認められる余地はそもそも少なかっただろう。
(と、いうか。寮にしろ学校にしろ、規則違反の罰則に関しては、大まかでも決まっていたはずなんだよなぁ)
お金持ちの私立校で販促活動をすべくやってきた以上、学園内規則は熟知しておかねば話にもならない。学校という閉ざされた世界は、ごく普通の公立校ですら、時に学校内のルールが法律を凌駕する。世界有数のコングロマリットが運営母体の私立校となれば尚更、何よりも優先されるのは学園則であり、学園が積み重ねてきた伝統であり、それらが織りなす数々の不文律。ぶっちゃけ、法律なんてあって無きが如しな世界だ。
だからこそ、つむぎの販促活動をサポートすべく一足先に入学した亘矢は、真っ先に学園の〝司法〟ともいえる風紀委員会を掌握したし、つむぎ自身、入学が確定してからひたすら、宝来学園高等部の学園則及び寮則を熟読した。つまりつむぎは、ごく一般的な宝来生より少し、学園の規則に詳しいのである。
そして。もちろん、つむぎの盟友であり、風紀委員長でもある亘矢は、つむぎ以上に詳しいわけで。
「――それで? 風紀委員会としては、今回の件、どうケリをつける?」
「まず、問題行動や規則違反を犯したと思われる生徒を見つけた際は、自己判断で取り調べをせず、その段階で上役へ報告をすること。事情聴取は無関係の第三者が見聞きできるような開けた場所では行わず、会議室などへ移動すること。最後に、ここが最も重要だが、謹慎以上の罰則を課すべきとの意見が出た際は、その場では最終決定せず、風紀委員会の役職会議に掛けること。――この三点を再発防止策として提示した。特に反対意見はなかったからな、詳細は変わるかもしれねぇけど、たぶんコレで生徒会まで回るだろ」
「なるほど。妥当なところだな」
白雪が詰められていた場面に関しては、つむぎも途中から参戦しただけだが、どう見ても異様な光景であった。その場にいたほとんどは無関係な野次馬で、その野次馬たちの心象が、無言の圧が、本来ならあり得ない〝退寮〟なんて選択肢を実現させようとしていたのだ。詰められていたのが、見た目に反して精神的に相当タフな白雪だからノーダメージで済んだが、ごく普通のメンタル持ちの生徒だったら、トラウマになってもおかしくない。あれは、風紀の権力を濫用した、立派なハラスメント行為である。
それを、自覚なく、なんなら正義と信じてやらかしたのが、つむぎと同じ二年生の長岡なわけで。見るからに頭が痛い声で、亘矢は訥々言葉を紡いでいく。
「長岡に関しちゃ、一年の頃から危なっかしくはあった。正義感があって真面目なのは結構なんだが、どうも風紀委員へ推挙されたことで、自分の正義が絶対だと思い込んじまった節があってな。まぁこれは長岡に限らず、風紀一年が陥りがちな思考ではあるんだが」
「しかし通常は、風紀委員会の活動に取り組む中で、その思考が間違いだと気付いていくのだろう?」
「あぁ。俺たち風紀が第一に遵守すべきは学園則であり、寮則。そしてその規則は、生徒たちが安全で充実した学園生活を送るため、一つの〝社会〟を成り立たせるために存在する。――即ち、風紀の仕事は生徒を規則で縛ることじゃなく、生徒の生活を守ることが第一義だ、ってな。自分の正義を持つのは結構だが、最初から正義の色眼鏡をかけて事例を見ていたら、当事者たちの〝ありのまま〟が見えづらくなる。今回の件なんざ、まさに〝それ〟だ」
「私もそう思う。長岡さん、よくアレで今まで問題を起こさなかったな? 見た感じ、風紀委員の権限への顕示欲も旺盛だったし、自身の考えに固執して、明らかに間違った判断を下そうとしていたことへの内省も希薄だった。ああいう人は、校内の揉め事へ片っ端から首を突っ込んで、場を収めるどころか引っ掻き回していきそうだが」




