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4月20日〈ルート共通イベント・幕後〉⑥


 ――真っ先に呼ばれた紫貴に続いて、残りの四人もわらわら出てくる。皆が段ボール箱を抱えつつ、特につむぎと関わりない一年生組が、好奇心に駆られた風を装い、つむぎへと近づいた。


「あなたが、二年の飯母田先輩ですね? 一年A組の、福禄聖蒼といいます。姫川を助けてくれて、ありがとうございました」


 真っ先に頭を下げたのは、設定上、クラスが同じで白雪と仲が良いということになっている聖蒼だ。続いて、黄清と翠斗もそれぞれ一礼する。


「一年B組、恵比黄清です。姫川さんとは聖蒼を通じて仲良くさせてもらってるので、今回の件は驚きました。飯母田先輩がいらっしゃらなければ、どうなっていたことか……」

「同じく、寿翠斗です。姫川さんのことは、特別寮でしっかりガードしますので、ご安心ください」

「……ご丁寧にありがとうございます。既にご存知のようですが、二年A組の、飯母田つむぎと申します。まさか特別寮の一年生にまで名前を知られているとは思わず、驚きました」

「飯母田先輩は有名人ですから。――あと、個人的に、飯母田先輩とは近いうちにお話しできたらと思っていたので」

「……恵比家のご令息が、私と?」

「飯母田先輩のお父様は、高名な和菓子品評会で何度も金賞を受賞されている、飯母田耕平氏ですよね? とある品評会の折に作品を拝見したことがありまして、ぜひ当家の茶会で振る舞えたらと考えていたのですが、氏の創作和菓子の一般流通はされていないと聞きまして。飯母田先輩が耕平氏のご令嬢と聞いて、お父上と繋いで頂けないかと」

「それは……当家にとっても、大変光栄なお話です。両親含め、会社の者とも相談したいので、しばらくお時間を頂けますか?」

「はい、もちろん。良いお返事を期待しています」


 演技でなく満面の笑みでつむぎと話す黄清を、その他の六人が「やりやがったアイツ」の目で見ている。和菓子屋の娘であるつむぎにとって、茶道で名を知られた恵比家はこの上ない優良顧客だ。彼はつむぎが飯母田家の娘であることを、少なくとも一年前からは(紫貴からの又聞きで)知っていたわけだから、彼女とスムーズに繋がるべく、飯母田耕平氏が出る品評会へ観客として参加する〝下準備〟をこなしていたとしても、一切の不思議はない。そこで彼の和菓子に目を留めた、ということにしておけば、宝来学園へ入学した後、堂々とつむぎへ話しかける口実にできる。

 この入念な下準備を厭わないマメさと、それを感じさせない立ち回りと、巡ってきたチャンスを決して逃さない思い切りの良さ――〝富〟の幸運を司る小人〝デーラ〟の本領発揮に、事情を知る残り六人と白雪は、感心を通り越して呆れ果てた。黄清に〝デーラ〟の記憶が戻ったのは中学入学直前の、今より約三年前らしいが、この短期間で実に違和感なく前世と溶け込んでいる。


 ――そんな一幕を挟みつつも、白雪の荷物は〝彼ら〟によって次々と特別寮の中へ吸い込まれていき。


「……さて、後は姫川が入るだけだ」

「宝来会長、白雪の部屋もチェックしますか?」

「いえ……特別寮の皆様がここまで歓迎してくださっている時点で、過不足ない準備が整っていることは分かりますから。一般寮での消灯も過ぎたこんな夜分に、大人数で女性の部屋へ押しかけるものではないでしょう」

「さすがは生徒会長。実に紳士的な振る舞いだな」


 最後の段ボール箱を抱えた橙雅と、少し奥へ進みつつも振り返って問うた晴緋に対し、生徒会長の言葉はごく常識的なものであった。普通に考えて、こんな深夜にどやどやと、女が一人で暮らす部屋を訪れるのは非礼で、非常識だろうから。


「――それでは白雪さん、生徒会と風紀委員会による警護と見送りはここまでとなります。特別寮内での過ごし方やルールに関しては、同じ特別寮の皆様方から、レクチャーを受けてください」

「承知いたしました。――皆様、ここまでの付き添い、まことにありがとうございます。また学園でお会いできますように」


 橙雅に促され、特別寮の玄関を上がり、中へと足を踏み入れて。

 扉が閉まる前、白雪は優雅に、〝前世(むかし)〟獲った杵柄である、カーテシーを披露する。今世では滅多に見ないクラシカルなスタイルの〝礼〟に、驚愕や感心、賞賛の感情を女性陣からもらいつつ、惜しむようにギィ……と音を立て、正面扉は閉められた。


「……自動ドア?」

「正確には手動ドアだけどな。コンシェルジュルームに三交代制で常在しているコンシェルジュたちが、遠隔で操作しているんだ」


 カラッと笑って説明し、晴緋は段ボール箱を抱えたまま、奥へと歩き出す。


「取り敢えず、居間行こうぜ。あとは俺らだけだし」

「だな」


 二つ返事で橙雅も頷き、白雪の前に立って歩く。そこそこ長身な二人の後ろにつくと、どうも己が物理的に小さく感じられてしまう。


「……〝前〟は小さかったのに」

「そりゃ、ドワーフが小さくなかったら困るだろ。人間サイズで二足歩行して、人間の言葉を解して、ときには人間の命令を無視することもある魔法生物なんて、警戒されて駆逐されておしまいなんだから」

「俺ら一応、幸運を司る小人だったわけだしな。見た目の愛嬌も、幸運を演出するには効果的、ってね」


 何気ない白雪のつぶやきも律儀に拾って返す橙雅と晴緋。

 そんな二人の向こうから、見えてきたのは――。


「わぁ~い。いらっしゃい、白雪!」

「この家に白雪まで揃うなんてね。前世からの腐れ縁は、そこそこ強力ってことか」

「良いことじゃないか。またみんなで暮らせるんだから」

「そうそう。何だかんだ言って、白雪と過ごした八年間は、俺らも楽しかったもんな」

「どれくらいの期間かは不明だが、よろしく頼む」


 段ボール箱は部屋の隅へ集め、机の上にお菓子の袋を開けて楽しそうな雰囲気の、深藍、黄清、聖蒼、翠斗、紫貴。どうやら直接白雪の部屋へ運び入れる前に、まずは歓迎会をということらしい。

〝前世〟と変わらぬ、大切な〝家族〟の姿に、白雪はようやく、じわじわ、胸の奥から至福が込み上げてきた。


(……また、みんなと暮らせるなんて。本当に夢みたい)


〝乙女ゲーム〟のシナリオとか、〝最強の悪役令嬢〟の正体とか、白雪を狙った〝真犯人〟の思惑とか、考えることは山積みだけれど。

 頼りになる〝家族〟と一緒なら大抵のことは乗り越えられると、白雪は密かに、確信するのであった。




「――ただいま、みんな! これからよろしくね!」


次週より、視点が主人公視点へ移ります。

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