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4月20日〈ルート共通イベント・幕後〉⑤


(でも、上流階級の方々は案外、そういうことに悩まれるみたいですものね)


 百合園にしろ、宝来にしろ、上流階級御用達の私立学校な時点で、集まる同級生たちはほとんど全員、将来の取引相手ないしは競合相手だ。全く利害のない人間関係を築く方が難しく、「結局のところ、自分に本当の友人なんていないんだ」と拗らせる割合はそこそこ高いと、百合園時代、お世話になった先生から聞いている。つむぎの場合は、幼い頃から実家の手伝いに邁進し過ぎて、小中学校で〝普通〟の友人を作る手間暇を掛けられなかったというところだろうか。


(ですが、そこで自身の境遇ではなく、コミュ力の低さを嘆くあたりが、真面目なつむぎさんらしいこと)


 カートを押していなければ、前に三年の先輩二人が居なければ、つむぎに抱きついて「わたくしは、つむぎさんがどうなろうとも、ずっと、一生、お傍におります」と宣言したかもしれない。それくらい、心なしかしょんぼりしているつむぎは、ちょっと、いやかなり、可愛かった。

 少し考えて、白雪は話題を変えることにする。


「まぁ、千照さんとはお部屋も同室ですし、席も隣同士ですし、趣味なども結構合う方で、親しくなる条件が揃っておりましたから」

「へぇ、趣味も?」

「千照さん、ゲームやアニメがお好きなようで。わたくしも嫌いな方ではありませんから、そういったお話をちょくちょくと」

「あぁ、最近特に人気だよね。ウチの会社も何度か、ご縁あってコラボさせてもらったことがあるよ」

「つむぎさんも、ゲームしたり、アニメ見たりされます?」

「うーん、自分からはあんまり。コラボ先のコンテンツは一通り体験するけど、それだけかな。面白いとは思うけど、何しろ忙しくて」

「そうですよねぇ」


 何しろ、『飯母田製菓』の営業担当である。決して緩くはない宝来学園の学業と両立できているだけでも充分凄い。

 ――そんなことを話しつつ女子寮を出ると、出たところで、新たな人物が待っていた。


「やぁ。消灯時間に間に合ったみたいだね」

「お疲れさまです、皆さん」

「宝来会長、狩野委員長、お待たせいたしました」

「ここから先は、我々も同行します」

「夜道を女性だけで歩かせるわけにはいかないからね」

「ご足労、感謝いたします」


 三年役職トップ四人の会話に下級生が割り込む隙などなく、白雪はつむぎにぴたりとくっついて、時間が過ぎるのを待つ。生徒会長と風紀委員長が同行するなら、二人がカートを押せば良いのではとも思ったが、センシティブなあれこれも多い女性の荷物を下手に触れないようにという、紳士的な気遣いなのかもしれない。……そんなことを言い出したら引っ越し業者は廃業するしかないので、白雪自身は気にしないけれど。

 宝来学園高等部の役職トップ四人プラス、つむぎと白雪。よく考えるまでもなく異様な集団で、人気のない道を歩き、夜の森へと入る。この集団の中で先ほどのような雑談をする気持ちにはなれず、白雪はつむぎの横をキープしたまま、無言で先輩たちの背を追ってカートを押し続けた。

 やがて、見えてきたのは――前にも一度お邪魔した、蓬莱学園特別寮の、正面玄関。

 先頭を歩いていた生徒会長が呼び鈴を鳴らすと、すぐさま、扉が開かれる。


「――待っていたよ、宝来、狩野」

「……沙門くん。何も、君が直々に出迎えずとも。何のために、特別寮専属ハウスキーパーがいると思ってるんだ」

「別に良いだろ。新しい寮生を出迎えるのは、先輩の役目ってな」


 そう言うと、扉を開いた男――橙雅は、最奥の白雪と視線を合わせ、にかっと笑って。


「お疲れ、姫川。話は聞いてるよ、大変だったな」

「お気遣いありがとうございます、沙門先輩。目まぐるしい一日ではありましたが、皆様に助けて頂きましたので、さほどの疲労はありませんわ」

「あぁ、それもチラッと聞いてる。……飯母田が、姫川を助けた、って」


 チラッと、の部分でほんの少し狩野を見て、橙雅はつむぎへ明るく笑う。


「さすがだな、飯母田。〝ボランティア同好会〟の本領発揮か?」

「この件にボランティアは関係ありませんよ、沙門先輩。顔見知りの後輩が、明らかに事実と異なる内容で責められていたら、訂正に入るのは当たり前のことでしょう」

「そりゃそうか。……いや、飯母田らしい」

「それより、早く白雪さんの荷物を運び入れたいのですけれど。明日も授業ですし、白雪さんには早くお部屋へ落ち着いて、休んで頂かねば」

「あぁ、そうだな、悪い。――おーい、お前ら。ちょっと来てくれ」


 てっきりつむぎたちと一緒に特別寮内へ段ボール箱を運び入れると思っていたら、橙雅が突然背後へ向かって声を上げた。どうやら、玄関を直進した先にある談話室に全員が集っていたらしく、すぐさま六人分の足音がかけてくる。


「どうした、橙雅? ――あ、姫川さん、いらっしゃい」

「晴緋、姫川の荷物がまぁまぁ多い。全員で手分けして、部屋へ運び入れてくれ」

「りょーかい。姫川さん、触って欲しくない荷物とかある? あるならそれだけ避けてくれると助かる」

「あ、いえ、特には。〝ワレモノ〟シールのある箱だけ気をつけて頂ければ大丈夫です」

「ワレモノ?」

「合計で多分、時価五百万円程度の陶器類詰め合わせです。つむぎさん……飯母田先輩のカートの上の箱ですね」

「何でそんなのを一つの箱に詰め合わせたんだよ!?」


 ぎゃいっと叫びつつ、即座に「紫貴ー!」と呼ぶ辺り、晴緋の采配は確かだ。これ以降は任せて問題ないだろう。


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