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4月20日〈ルート共通イベント・幕後〉④


 大好きなつむぎの姿を目にし、驚きと喜びで言葉を失った白雪へ、彼女は軽やかに笑う。


「今回の一般寮の防犯対策強化施策は、生徒会と風紀委員会の合同案件になったらしい。白雪さんの〝引っ越し〟はその一部ということで、手が空いていれば手伝って欲しいと声をかけられたのでな。〝ボランティア〟をしているうちは、私も消灯免除の恩恵を受けられる、というわけだ」

「正直、助かるわ。委員長から聞いた話、今回の件で、特別寮の皆様は揃って、生徒会と風紀委員会にお冠だそうだから。姫川さんを冷静に庇った飯母田さんが居てくれれば、彼らの心象も変わってくるでしょう」

「あぁ……そうかも、しれませんね」


 今の守山の言葉で、白雪の〝引っ越し〟につむぎを投入した〝首謀者(メイン)〟が狩野だろうということが、何となく分かった。現状、特別寮の七人がつむぎと話をする機会は、同じクラスの晴緋を除いてほぼ無いに等しく、つむぎ自身が自分たちの部活へ〝ボランティア〟に来るのを待っている状態らしい。運動部組はまだ良くても、文化部の黄清、翠斗はどうにかして個人的につむぎと仲良くなれないか、頭を悩ませていると聞いた。ゆえに、こうしてつむぎを白雪の〝引っ越し〟へ同行させることで薄くとも繋がりを作り、今回の不手際の〝詫び〟としたのだろう。


(生徒会も危なかったですが、今回、直接的にやらかしたのは、狩野先輩の直属の〝部下〟ですものね。特別寮の〝彼ら〟は狩野先輩にとっても〝兄〟のようなものでしょうし、どうにかして当たりを和らげたいと思うなら、つむぎさんを出すのが〝正解〟だと、あの人も判断するはず)


 というか、白雪が狩野の立場なら、間違いなくそうする。あの〝七人〟にとってつむぎほどの〝ご褒美〟が存在しないことを、とてもよく知っているから。


「何というか、消灯時間後まで先輩たちにお手伝い頂くなんて、恐れ多い気持ちですわ。申し訳ございません」

「まぁ、何を謝ることがあるの。姫川さんは被害者なのよ」

「うん、三条さんの言うとおり。いつ、誰から、どんな風に狙われるか分からない姫川さんを、消灯後の遅い時間に、一人で〝引っ越し〟させる方があり得ないから」

「全面的に先輩方と同じ意見だ。白雪さん、君は何も悪くないんだから、そうホイホイ謝罪の安売りをしないように」

「アッ、ハイ」


 先輩三人の強い口調に、思わず背筋が伸びた。言われてみれば、確かにこれは、先輩方の方がド正論である。


「――それじゃあ、時間もないことだし、さっと引っ越しを済ませましょうか」

「はい、副会長。――白雪さん、重い荷物をくれるかな? この中で重量のある荷物の取り扱いに最も慣れているのは私だろうから、本とか陶器とか、重いものを私が担当するよ」

「えっ、そんな」

「あんまり知られていないけど、和菓子って実は結構重いんだ。厨房が工事現場に例えられるのはよくあるネタだけどね、売り場の重労働もなかなかのものだよ」


 繊細な細工物を扱うのにも慣れているから、割れ物だってドンと来いさ、と笑うつむぎは、心底〝ボランティア〟が楽しいのだろうと分かる。……ここは、下手に遠慮する方が失礼な場面か。


「では、えっと、あの、お言葉に甘えまして……こちらとこちらの段ボールを、つむぎさんにお願いしてもよろしいでしょうか?」

「あぁ、分かった。――お部屋、入らせてもらっても?」

「はい、もちろん」


 ルームメイトである千照にも礼儀正しく会釈して、つむぎは、指定された段ボールを運び出していく。腰を入れて重い荷物も楽々持ち上げるその動きは、確かに日頃から重量物を取り扱っている人特有のこなれ感に満ちていた。

 つむぎに続き、三条と守山もそれぞれ、段ボールを持ってきたカートへ積んで。――最後に白雪が、ほぼほぼ重さのない、嵩張るだけの衣類系が入っている段ボールを二箱、自分用に借りていたカートへ積む。

 ……たった半月ほどしかいなかった部屋を、出る前にもう一度、振り返って。


「では……千照さん。しばらく、留守にしますね」

「うん。いってらっしゃい、白雪ちゃん。特別寮の人たちと……まぁ白雪ちゃんなら問題なく仲良くできるか」

「えぇ。そこは、自信があります」


 千照と二人、視線を交わし、くすりと笑い合う。


「部屋はしばらく離れちゃうけど、別に今生の別れってわけでもないもんね。明日、普通に会えるし」

「そうですね。何か忘れ物があったら、お手数ですが学校で受け渡しをお願いしたいです」

「はいはーい。こっちも見つけたら連絡する」

「承知しました」


『ゲーム』での白雪は、ほぼほぼ一般寮からの追放だったらしいが、現実は一時避難のための〝引っ越し〟だ。そこまで悲壮になることもなく、見送る千照に笑って手を振り、白雪は部屋のドアを閉めた。

 白雪がカートに手を置いたのを確認して歩き出した三条と守山に案内される形で、白雪もまた、つむぎと並んでカートを押し、廊下を進む。


「白雪さん、この短期間で随分ルームメイトと打ち解けたんだね。コミュニケーション能力が高いのは君の美点だ、私も見習わねば」

「つむぎさんだって、決してコミュニケーション能力が低いわけではございませんでしょう?」

「私の場合は、幼い頃から家の商売を手伝う中で身についた、後天的な能力の割合が大きいと思うから。素の自分のコミュ力は、実のところそれほど高くないんじゃないかと思うこともあるんだよね」

「そうでしょうか? つむぎさんとお話ししていて、そんな風に思ったことはありませんが……」

「……実際、〝仕事〟の利害関係が発生しない、ただの〝友人〟がどの程度いるかと聞かれたら、結構怪しいところはあるんだ」

「あぁ……」


 地味に、上流階級の思春期あるあるなお悩みに嵌っているつむぎの姿を目の当たりにして、意外なような、微笑ましいような気持ちになる。白雪はこれでも、〝前世〟と記憶が連続している分、精神年齢が同年代よりかなり高めなのだ。以前、つむぎが褒めてくれた肉親の情に対する割り切り云々も、別に精神が殊更に強いというわけではなく、〝前世〟でとうの昔に乗り越えたカテゴリーだったから、今更悩むまでもなかっただけという話で。〝仕事〟を介在しない人間関係が希薄というのも、別に〝仕事〟を介した間柄であったとしても、心からの敬意と尊敬を互いに抱いて繋がることはできるし、逆にそういう関係の方が信頼し合って長く付き合える場合もあると知っているから、特別気になることはない。〝今世〟の白雪は、自身に悪意を抱かず親切にしてくれる人との縁はひとまず大事に育てた結果、〝前世〟より格段に人間関係が豊かだけれど、それだって単なる立場の違いがもたらしたものだろうし。


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