入学式〈オープニング〉④
引き続き、千照視点です。
――『白雪姫と七人のイケメン』は、題名が示す通り、おとぎ話〝白雪姫〟をモチーフにしている。名家である『姫川家』に生まれながら、実母を早くに亡くし、父が迎えた継母の連れ子である優秀な義姉と比較して冷遇されながら育ったヒロイン『白雪』が、上流階級の子息子女が通う『宝来学園』へ進学。七人の個性豊かなイケメンたちと恋愛しつつ、彼らと、彼女自身にまつわる問題を解決していく、というのが大まかな流れだ。
これだけならばよくある乙女ゲームであり、楽しんでプレイしたとしても、〝めちゃくちゃやり込む〟ことはなかっただろう。
千照がどハマりしたのは……このゲームが乙女ゲームとしては異例の難易度を誇る、〝玄人向け〟だったからである。
乙女ゲームなのに、乙女ゲームには欠かせないはずの、攻略キャラたちの好感度を確認するページがない、とか。
乙女ゲームなのに、攻略キャラの好感度を上げただけじゃクリアできない、とか。
乙女ゲームなのに、選択肢やパラメータ調整をミスれば、容赦なくその場でゲームオーバーになる(もちろん、集めるべきエンドには数えられない)、とか。
発売当初、レビュー欄は荒れに荒れ、「誰がするんだこんな乙女ゲーム」「初見殺しにもほどがある」「乙女ゲームしてたはずなのに、いつの間にかパズルゲーしてたんですが」など、散々な叩かれようだった。初見で、何の情報もない中クリアするのは不可能とまで言われた乙女ゲーム――だからこそ、従来の、ありきたりなモノに飽きていた、千照のような重度のオタク層に刺さったのである。
実際にプレイしてみれば、『姫イケ』が乙女ゲームとして、設定はもちろんのこと、そのシステムまでよく練られた良作であることはすぐに分かった。従来の乙女ゲームの有り様を踏襲しながらも、独自の視点で新たな地平を切り拓いた意欲作、とでも言うべきか。
その〝視点〟の一つが――攻略キャラの好感度や、主人公のステータス値を確認するページはないが、それらは簡単に画面を切り替えて現れるものではなく、それぞれに応じたサポートキャラが教えてくれる仕様となっていた点、であろう。よく考えれば、対人間の好感度が、ハートゲージで一目瞭然な方が、そもそも不自然な話である。
『姫イケ』において、攻略キャラの〝主人公に対する好感度〟の指標を教えてくれる存在こそ、同じクラスで新聞部所属のキャラクター、『三界千照』だ。ご丁寧なことに、彼女にも隠し好感度があり、何度か話しかけて彼女の望む答えを選択し、仲良くなってからでないと〝好感度〟情報は得られない。さして仲良くもないクラスメイトに、いきなり生徒のプライバシー情報を求められたところで、当たり障りのない答えしか返せないだろうから、この仕様も妥当ではあるけれど。変なところでリアルな『三界千照』の運用手順に、ファンの間で〝最初の攻略キャラクター〟呼ばわりされていたのも、残念ながら納得してしまう。
何にせよ、ハートゲージが存在しない『姫イケ』において、攻略をミスらないためにも、『三界千照』のくれる情報は欠かせない。しょっちゅう会いに行き、攻略キャラたちの好感度を確認していたこともあって、千照にとって鏡の中の〝自分〟は見慣れた存在だった。厳密に言えば、二次元と三次元で多少印象は違うけれど、鏡に映る顔は「なるほど、『姫イケ』が実写化したら、千照はたぶんこんな感じ」とストンと落ちる顔立ちをしている。
――もちろん、『姫イケ』の独自性はそれだけに留まらない。
(何をおいても、とにかくシナリオが良かったのよね~。キャラごとの恋愛ルートはもちろん、全ルート制覇で綺麗にまとまって、回収されていく伏線が気持ち良いというか)
『白雪姫と七人のイケメン』は、キャラ毎のイベントこそ乱発すれど辿るストーリーは変わらない一学期――共通ルートと、攻略キャラ一人を選んで、キャラ毎のストーリーが展開される二学期以降――攻略キャラ個別ルートの、いわゆる二部構成となっている。これもまた、乙女ゲームによくあるシステムだ。攻略キャラ全員を落とすことで、学園の一年間が多角的に見え、最後にシナリオの全貌が分かるというのも、あるあるだろう。
そこで、『姫イケ』スタッフが考えたことこそ――「どうせ繰り返すなら、何周もしなければ絶対倒せないような、最強の悪役を作ろう」という、乙女ゲームにあるまじき発想であった、らしい。
製作陣の、明後日にズレた熱意によって生み出された〝悪役〟こそ、ヒロイン『姫川白雪』の義姉、『姫川つむぎ』だ。おとぎ話〝白雪姫〟では〝継母〟が悪役だったが、主人公を含めたメインキャラたちが全員高校生である以上、何もかもモチーフ通りとはいかなかったのだろう。そこはまぁ、仕方ない。
乙女ゲームあるあるなシナリオ進行と、攻略キャラを落とすごとに判明していく、『姫川つむぎ』の悪辣さ。〝あるある〟と〝悪役の片鱗〟が絡み合うことで、シナリオを飽きの来ない刺激的なものとし、隠しキャラの攻略を経て辿り着く大団円ルートで、ついに〝最強〟を打ち崩すことが叶う。長く遊んだゲームだからこそ、〝最強〟を倒したカタルシスは、それだけ凄まじい。
神視点で何度も周回する乙女ゲームゆえ生み出せた、〝周回しなければ倒せないほど強い悪役〟の存在は、ありきたりな乙女ゲームを惰性で遊んでいたやり込み派の心をガッチリと掴んだ。加えて、大団円で文字通り丸く収まるシナリオの秀逸性も相まって、『姫イケ』は、発売日が遠くなるほど今度は逆に星五のレビューが増えるという、異色の乙女ゲームとなったのだ。
――つまり。
(この世界でヒロインに成り代わるってことは、一周では倒せない〝最強の悪役令嬢〟との対決がセットなわけで……うん、私じゃ絶対無理だね!)
『三界千照』は情報収集にこそ優れているものの、その他のスペックは並より上程度の平凡キャラだ。見た目とて、ネームドなのでモブより目立つ顔立ちではあるが、ヒロインの可愛らしさには到底及ばない。
何より。
(私は、どんな逆境でも諦めない、前向きで明るい白雪ちゃんが大好きなわけで。成り代わる意味も特にないし)
名家の一人娘として生まれながら、優秀な義姉ばかりがクローズアップされることでその存在を忘れ去られ、ごく平凡な子ども時代を過ごし。〝最強の悪役令嬢〟の策略によって、ある日いきなり、上流階級ばかりが集う学園へ通わされることになった、非力な少女。
そんなヒロインが、持ち前の明るさとポジティブ思考で数々の困難に立ち向かい、攻略キャラたちの憂いを晴らし、自身の素養を磨いて強く賢く美しく育ち、ついには〝最強〟と堂々戦えるほどの人物にまで成長していく姿が、千照はとても好きだった。〝玄人向け〟を謳っているだけあってゲームはとても難しかったけれど、それ以上にやりがいがあったから、どれだけゲームオーバーを重ねても苦ではなくて。
それだけ、ヒロインと、彼女を取り巻く世界に魅了されていたのだ。
(決めた! ゲーム時空が始まったら、私はサポートキャラとして白雪ちゃんに協力して、一周目での『大団円ルート』を目指そう!)
まだまだ幼かったあの日、鏡の前で、千照はそう決意した――。