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4月20日〈ルート共通イベント・幕後〉③


 ――そして。


「で、できた~!」

「本当に、ほんっとうに、ありがとうございます……! わたくし一人では、今晩中にまとめるには、到底無理な量でした!」

「宝来学園ってお金持ち学校なだけあって、特殊な授業とそれに使う道具類がめっちゃ多いもんね……お茶の道具一式とか、生花用具とか、社交用のドレスとか! こんなの、普通の高校生は絶対持ってないよ」

「持ってないでしょうね……」


 前世も今世も〝お嬢様〟な白雪は〝普通〟に詳しくないが、百合園にも少数だが在籍していた一般家庭出身の友人たちから聞いた話を統合するに、そもそも普通の高校の授業に茶道や華道の授業はない。社交ダンスの練習に関しては言うに及ばず、それ専用の服を生徒が持参するなんてことはもっとないだろう。

 加えて、これでも一応、姫川唯一の嫡子として宝来へ途中入学した箔付のためか、ありとあらゆる品の質が良く、しかも複数予備があった。寮への荷物運び入れや荷解きは、ほとんど全部使用人たちがしてくれたから、白雪自身も知らなかったけれど。誰が、たかが高校の茶道授業のために、時価百万近い茶碗が鑑別書付きで入っていると思うのか。そのせいで、さらに荷造りを慎重に行う必要が出てきて、時間が押したのだ。


「ですが、どうにか、消灯時間までに荷造りは間に合いました……。あとはあちらの寮へ運び入れるだけですね」

「特別寮に消灯時間の決まりはないんだっけ?」

「そう聞いています。特別寮に入られるような方の中には、深夜こそが活動時間のような人もいらっしゃるとかで……今ですと確か、B組の寿くんが夜間研究をすることが多いそうですよ」

「そっかぁ、さすが特別寮」

「ゲームには、そういった細かい設定は出てこなかったのですか?」

「出てこなかったね~。けど、特別寮に移ってからは、攻略キャラとの深夜デートみたいなイベントがちらほら出てくるから、一般寮と違って消灯とか門限にうるさくないのかな? って感じではあった」

「……ハウスキーパー見習いが、キーパーするお宅の方と個人的に親しくなって夜にデートするなんて、職業倫理に悖ることこの上ありませんね」

「そこはホラ、あくまで乙女ゲームだから。『姫イケ』の主人公がハウスキーパー見習いとして特別寮へ移る展開だって、童話の〝白雪姫〟が継母に城から追い出されて、〝七人の小人〟の小屋で暮らすようになることのオマージュだろうし」

「……あぁ、そういう」


 どうりで、ゲームの流れが強引だったわけだ。攻略対象たちと一つ屋根の下生活をさせたいだけなら、もっと自然なシナリオもあったはずだが、〝何も悪くないのに、理不尽な理由で住処を追われたところを、親切な人たちに拾われた〟という童話の趣旨をなぞるのであれば、話に聞く程度の強引さと無茶苦茶さがなければ成り立つまい。オマージュ元のストーリーからして、「私より美しい娘は死ね」なんていう理不尽の極致みたいな動機による追放であったわけだし(追放に落ち着いたのは狩人の温情によるもので、あの童話の王妃は最初から最後まで殺意高めだが)。


「そういえば、童話『白雪姫』でも、『七人の小人』宅の家事と引き換えに、居候を許されるのでしたわね。初めて子ども向けではないグリム童話集を読んだとき、たった七歳、しかもお城生まれお城育ちの女の子が、小人とはいえ七人分……自分自身を含めれば八人分の家事をこなすなんて、非現実的が過ぎると思ったものですが」

「ああいう童話のお姫様って、何気に行動力とか思考とかがぶっ飛んでるパターン多いよね~。『かえるの王様』とか、何度読み返しても、何がどうしてそうなったのか分かんないし」

「あのお姫様はまだ、お姫様らしく自分勝手で分かりやすいと思いますよ。カエルを手で掴んで壁に投げつける行動力は、確かにぶっ飛んでますけれど。あの話に関しては、お姫様より、壁に投げつけられたにも拘らず求愛する王様の思考の方が謎です」

「それなんだよねぇ。呪いを解いてもらったお礼かなとも思ったけど、だからといって自分勝手で暴力行為を厭わない女を妻に望むあの王様の心理が分からなさ過ぎる」


 二人揃って首を傾げたところで、二人揃って話がズレていることに気付いて笑う。千照と話していると、いつの間にか話が本題とズレて雑談にすり替わっていくことも多く、それも含めて楽しめているから、たぶん人としての相性が良いのだろう。……この時間がしばらく持てなくなってしまうことは、少し、いやかなり、寂しいかもしれない。


 それでも、そろそろ行かなければ――。


 トン、トン、トン。


 白雪が気持ちを切り替えたところで、タイミング良く、部屋のドアがノックされた。「はい」と声を上げると、外から「白雪さん、三条です」と名乗られる。

 千照と二人、視線を交わし、慌ててドアを開くと。


「消灯前にごめんなさいね。姫川さん、移動の準備、整ったかしら?」

「はい、千照さんに手伝ってもらいまして」

「あぁ。お二人はクラスも同じで寮も同室だから、仲が良いのね。――ありがとう、三界さん」


 柔らかく微笑んで千照にも気さくに話しかける三条は、学園の誰もが認めるマドンナだ。……たぶん、千照が語る『姫イケ』の〝ラスボス〟に、現状最も近い。これほど優しく思いやりのある先輩が、世界征服を企む悪の大ボスだなんて、思いたくはないが。


(……千照さん、〝ラスボス〟の正体に関してだけは、異様に口が固いもの)


 何度か尋ねたことはあるが、「まだ確信が持てなくて」とのらりくらり躱されるばかりで、情報開示には至ってくれない。千照の性格上、確信が得られればすぐに話してくれるとは思うけれど、割とオープンな彼女がここまで慎重になるなんて、どれほど恐ろしい存在なのかと不安にはなる。


「えぇと、それで、副会長。わたくしに何かご用でした?」

「あっ、えぇ。荷造りが終わったのなら、特別寮まで運ぶの、お手伝いしようと思って。そろそろ消灯時間だから、三界さんは寮外へ出られないでしょう? 役付きの私たちなら、消灯時間後の行動も認められているのよ」

「そうなのですね……」


 申し出はありがたいが、白雪の荷物は合計、そこそこ大きな段ボールが八箱だ。そのうちのいくつかは、中身がさほど詰まっていない衣類(社交ダンス用のドレスなど、裾の形を崩さないため、一箱の段ボールに数着しか入っていないものもある)なので軽いが、嵩張ることには違いない。カートは予め借りてきたので、今から何往復かして、運び入れるつもりだったけれど。

 何も言わずとも、白雪が遠慮しているのを察したのだろう。三条は笑って、少し体をずらした。


「私だけじゃないのよ。守山さんと、あと、飯母田さんも手伝ってくれるって」

「えっ、つむぎさんがですか? ですが、つむぎさんは、特に何かしらのお役についていらっしゃるわけではないのでは……」

「そこは、〝ボランティア同好会〟としての特例というやつだな」


 さらっと耳に馴染んだ声がカットインしてきて驚くと、廊下の奥からカートをゴロゴロさせつつ、守山と二人で白雪の部屋の前へ到着したつむぎの姿が見える。


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