4月20日〈ルート共通イベント・幕後〉②
「それで――もしもイベントまでに、攻略対象の好感度を一定以上にできていたら?」
話を聞くたび忘れそうになるけれど、『白雪姫と七人のイケメン』はあくまで乙女ゲーム、その本旨は攻略キャラクターとの恋愛のはずだ。好感度が上がっていれば、バッドエンド回避で先に繋がる展開となるに違いない。
そう思って尋ねれば、千照も大きく頷いて。
「好感度が一定以上に達していたら……好感度が上がっているキャラクターの中で、一番好感度が高い人が現れて、主人公を庇ってくれるの。『お湯をたった一度閉め忘れただけで退寮になるのは、あまりに処分が重すぎる』って」
「あ、やっぱりゲーム内でも不当な処分だったんですね」
「そりゃそうでしょ。――でも、たった一人主人公を擁護する人が出てきたからって引くような悪役令嬢じゃない。主人公が学園の設備に甚大な被害を与えたのは事実なのだから、何らかの処分は必要だ、って詰めていくの。攻略キャラクターも主人公の無実を証明できるわけじゃないから、そこを突かれると痛くてね」
「ゲームでも結局、主人公が蛇口を全開にしたわけではないのですよね?」
「うん。隠しキャラの攻略ルートで、実は主人公が犯人じゃなかったって分かるんだけど、それも4月よりずっと後の話だから、やっぱり4月時点で退寮を迫られるのは変わらないんだ」
「はあぁ、徹底してますねぇ……」
何が徹底してるって、〝最強の悪役令嬢〟の最強ぶりがとことんまで追求されている。普通、隠しキャラの攻略ルートなんて、メインを攻略したご褒美のようなものだろうに、そこでも変わらず主人公を苦難に陥れるとは。
「それで、無実を証明できない主人公は、寮を追い出されてしまうのですか?」
「追い出されるは追い出されるんだけど、そこで攻略キャラが、とある申し出をしてくれるの。『それなら、常に人手の足りない特別寮で、寮管理の手伝いとして奉仕活動をするのはどうか』って。『問題を起こした寮は退いて、奉仕活動に従事するのなら、充分な処罰になるだろう』って言われたら、悪役令嬢もさすがにそれ以上は詰められなくて。最終的に主人公は、〝特別寮のハウスキーパー見習い〟として、特別寮の管理人室の一つを間借りすることになる――っていうのが、このイベントの大まかな流れと、展開」
「……確かに、流れはまるで違いますが、最終的にわたくしが特別寮へ入ることになる展開は同じですね」
「でしょ?」
『姫イケ』と違い、白雪の無実は早々に証明され(まず〝最後〟ですらなかった)、本当に蛇口を全開にして放置したのだとしても退寮処分は不当だと訴えられ、白雪は罰を与えられる罪人ではなく、厳重に守るべき被害者として、避難先に特別寮が選ばれたわけだが。白雪が追い詰められているとき助けに入ってくれたのは、攻略対象の誰でもなくつむぎだったし、無理に庇って追い詰められるどころか、場を圧倒しての完封勝利であった。今日の一連の流れが『姫イケ』の〝イベント〟と同じという意見には同意しかねるが、〝水を出しっぱなしにして大浴場と脱衣所を使えなくしたと責められた〟という起点と、〝白雪が特別寮へ入ることになった〟という終点だけは、不気味に一致している。
(これは……どういうことかしら)
正直、白雪は今日まで、この世界が〝ゲーム〟だという千照の主張を眉唾だと思っていた。話を聞く限り、確かに千照の記憶の中にある『白雪姫と七人のイケメン』と類似点の多い〝現世〟ではあるが、どれほど設定や登場人物名が一致していたところで、生きている人間の〝意思〟が異なる以上、〝同じ〟には決してなり得ないと。
……なのに。ここへ来て、千照の記憶と〝現実〟が、一部とはいえ、奇妙な融和を見せ始めている。
(だとしたら。『この世界の〝最強の悪役令嬢〟が世界征服を企んでいる』という千照さんの懸念も、真剣に受け止めるべきなのかもしれません)
別に白雪自身は、誰にどう世界を支配してもらおうと、己の生活が脅かされない限りはどうでも良いが。
「実家のお菓子を多くの人へ広めたい」と邁進しているつむぎの邪魔だけは、何が何でも、絶対にさせられない。
「……千照さん。わたくしはこれからしばらく、特別寮で過ごすことになります。こうしてお話しできる時間は短くなってしまいますけれど、〝攻略対象〟や『姫イケ』の〝ストーリー展開〟につきまして、何かあればぜひお知らせくださいませ」
「もちろんだよ。白雪ちゃんも、気になることがあったら、いつでも聞きに来てね」
「はい、ありがとうございます」
視線を交わし、白雪は千照と、しっかり頷き合って。
「――さて! 難しい話はここまでにして、ひとまずご飯を食べに行こう。白雪ちゃんは、こうやって寮の食堂でご飯食べるの、今日からしばらくお預けになっちゃうし」
「そうですね。引っ越す前に、食堂の気になっているメニューを食べておきたいです」
「うん! ご飯食べ終わったら、引っ越し準備の続きだね。私も手伝うよ」
「助かります。入寮からさほど荷物は増えてないとはいえ、そもそも運び込んだ量が量ですから」
「いつまで特別寮で暮らすか分かんないもんねぇ……どうしても運び切れない荷物は、置いといてもらって大丈夫だよ。ちゃんと保管しとくから!」
「それは申し訳ないのでできるだけ頑張りますが、万一荷作りし切れなかったときは、甘えてもよろしいですか?」
「よろしいですよ~」
敢えて明るく振る舞う千照に心中で感謝しながら、白雪は彼女と連れ立って、食堂へと向かうのであった。




