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4月20日〈ルート共通イベント〉⑧


〝今世〟の彼がIT機器に詳しいというのは初耳だが、自身の得意とする分野で出し抜かれて、何も思わない男でないことはよく知っている。つむぎの力になり切れないことも含め、忸怩たる思いでいることは、おそらく間違いない。

 パソコンをパタンと閉じ、亘矢は厳しい表情で三条と守山を一瞥する。


「生徒の安全を守る防犯システムが攻撃を受けたとあっては、宝来学園の根幹に関わります。私の方から生徒会には情報を回しておきましたが……あぁ、来たようですね」


 彼の位置からは正面扉もよく見えるがゆえの発言だろうけれど、亘矢が何も言わずとも、新たにやって来た人物が誰かは明らかだっただろう。

 何故なら。


「きゃあああぁぁ~!」

「まさか、風紀委員長だけじゃなくてっ!?」

「璃皇様~!!」


 正面扉近くの野次馬生徒たちから一斉に、悲鳴のような歓声が上がったからだ。白雪は画面越しでしか知らないが、男性アイドルのコンサートでよく聞くファンの「きゃー」と、非常に近しいものを感じる。……宝来学園の生徒会長はもしかして、アイドルか何かだったのだろうか。


「――やぁ、狩野委員長。連絡ありがとう」

「これも役目のうちですから。事情の方は?」

「待機していた風紀委員たちから、一通り聞いてるよ。――君が姫川さんだね?」


 光に透けると金色にも見える薄茶の髪に、瞳の色は春空を思わせる優しい水色をした、甘いマスクの王子様――全方位から見ても隙のない正統派美男子が、白雪の顔を覗き込んで柔らかく微笑む。その微笑みにまた周囲からは黄色い歓声が上がり、気分はさながら、うっかりファンサを受けた一般人だ。

 記憶の片隅にすら引っかかっていなかったけれど、どうやらこの王子様が、宝来学園高等部の生徒会長、宝来璃皇らしい。


「あ……えぇと、はい。姫川白雪と申します」

「うん。君の父上とは何度か、社交の場でご挨拶させてもらったことがあるよ。お目に掛かれて光栄だ。――はじめまして」

「……こちらこそ、宝来財閥の御曹司とお会いできて光栄ですわ」


 ……なんだろう。確かにイケメンなのだけれど、見た目もオーラも、誰もが憧れる〝王子様〟であることは疑うべくもないのだけれど。


(この違和感は、なに?)


 宝来璃皇と個人的に会ったことは、これまで一度もない。家の〝格〟こそ違えど旧家同士、彼が言ったように社交場ですれ違うくらいはしたことがあるかもしれないが、こうして挨拶を交わしたのは初めてだと断言できる。

 ……なのに、心のどこかが、魂が、叫ぶ。


 ――目の前の人間は、見た目通りの優男では決してない。気を許してはいけない、と。


(虫の知らせ、ってやつかしら。〝今世〟でこういう勘的なモノが働いたのは初めてだわ)


〝前世〟は腐っても魔法使いの端くれではあったので、こういう、説明できない第六感的なものを無視はできなかった。理由は分からないけれどこんな気がする、という感覚は、大抵の場合、自身の魔的要素が何らかの違和感を察知したがゆえであり、その違和感を分析できるだけの素養が己にないため分からないだけとされていたので、ひとまず従っておくのが無難だったのである。

 しかし。〝今世〟の白雪は、生まれ落ちた場所こそ非凡だが、人間としては平凡の極み。そういった第六感とは無縁の人生だったはず。


(……まぁでも、関わったら面倒そうな人なのは間違いないし、ここは勘に従っておきましょうか)


 宝来璃皇がどういう人間なのかは全く知らないけれど、学園女子からアイドル扱いされている男と個人的に親しくしても、白雪の得がゼロなのは確かだ。アイドルなんていうのは遠くから眺める偶像であって、個人で付き合う対象ではない。周囲の女子と無駄な摩擦を生むくらいなら、笑顔で高速後退りが最も平和な対応であろう。


 ――宝来璃皇に違和感を覚えてからここまで、ほぼノータイムで結論を弾き出し、白雪はにっこり笑って彼と視線を合わせた。


「お忙しい生徒会長にご足労頂きましたこと、誠に申し訳ございません。ですが、既にわたくしへの嫌疑は晴れたことですし、これ以上、生徒会役員と風紀委員の皆様方のお邪魔をするわけにも参りませんわ。わたくしはこのまま下がりますので、後のお話はどうぞ、役付きの皆様方でなさってくださいませ」

「……慎ましい子だね。もちろん、これほどの大事だ。今から緊急会議になることは確実だけれど、その前に一つ、するべきことがあるよ」

「するべきこと、ですか?」


 この状況で、緊急会議より優先させるべきことがあるとは思えないが。

 首を傾げた白雪へ、宝来璃皇は真剣な表情を浮かべ、口を開く。


「――今回の件、詳細はまだ不明なところが大きいけれど、姫川さんを窮地に立たせるべく、何者かが仕組んだ(はかりごと)であることは、おそらく間違いないだろう。当然、寮の防犯システムはIT面も現実面も強化していくが、今すぐできることは限られる」

「それは……えぇ、そうですね」

「学園としては、これほどあからさまに狙われた姫川さんを、このままの状態で放置はできない。――そこでだ、姫川さん。君さえ良ければ、寮の安全が保障されるまでの間、別の場所へ移ってもらえないだろうか」

「別の場所、ですか?」


 白雪としては、日常の中でつむぎと気軽にエンカウントできる女子寮生活を大層気に入っているので、できれば引っ越したくはないが。〝真犯人〟の明らかな狙いである白雪を、無策でそのまま放っておけないという、学園側の事情も分かる。


「えぇと……ちなみに、移る先の候補などは、もう決まっているのでしょうか?」


 ここは、引っ越し先を聞いてから考えよう。

 そう、軽い気持ちで尋ねた白雪に、璃皇は大きく頷いて。


「うん。できるだけ、君の学業に負担がかからないよう――高等部特別寮へ移ってもらうのは、どうだろうか」

「と――特別寮、ですか!?」


 割と本気で驚いて、白雪は璃皇と、次いで周囲を見回した。

 三条、守山、長岡――少なくとも役職付の女子に、反対の意は見られないけれど。


「いえ、しかし、わたくしなどが……」

「現状、特別寮が最も適した避難場所なんだ。あの建物は森の中にひっそり建っているように見えるけれど、学園にとって特別な生徒たちが住まう場所だから、実はかなり厳しいセキュリティ網が構築されている。招かれざる者が侵入するのは困難で、中の情報が外部へ漏れないよう、ネットのプロテクトも一般寮よりずっと強固でね。あそこなら、今回のようなことは起きないと断言できるよ」

「……欲を言えば、その強固なプロテクトを、一般寮にもお願いしたかったですね」

「厳しいね、狩野委員長。とはいえ、実のところ僕も同意見だけど。特別寮と一般寮じゃ規模が桁違いだし、特別寮並みのITセキュリティを一般寮にもとなると、費用もかかる手間も跳ね上がる。だから父も躊躇したのだろうが、こうなった以上は上層部に掛け合って、なるべく早く特別寮と同程度のシステムガードを一般寮へ導入するべく務めるさ」

「えぇ、お願いします」

「だけど、それまで姫川さんを放っておくことはできない。……どうだろう。特別寮への引っ越し、検討してはもらえないか」

「……お話は、大変よく分かりました、けれど」


 白雪個人の感情だけで答えて良いなら、特別寮への引っ越しは、全然、全く、嫌じゃない。〝前世〟で家族だった〝彼ら〟とまた暮らせるなんて、両手を挙げて歓迎しても良い展開だ。


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