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4月20日〈ルート共通イベント〉⑦


 ついに長岡は、ありきたりな反論の言葉さえ、思い浮かばなくなったらしい。青ざめていた顔を真っ白にして、周囲を力無く見回している。おそらく、彼女が味方として呼んだのだろう、最初から談話室にいて白雪へ非難の視線を向けていた三分の一は、長岡の視線から逃れるように明後日の方を向き、無関係を装っていたが。


「――と、ここまで言ったところで、話を大きく戻しますが。何でしたっけ、私と白雪さんが共謀して、罪を逃れようとしている可能性、でしたか?」


 瑠璃紺の瞳を不敵に光らせ、つむぎは足音高く、一歩を踏み出す。


「当然、私へ疑いをかけたことにも、しっかり責任を持っているのだろうね?」

「ちっ……違う、違う!!」


 ついに長岡は半泣きになりながら、首を大きく振って膝をついた。守山が慌てて立ち上がり、後輩を支えるようにその側に膝をつき、背中をさする。


「責任とか、覚悟とか、そんな難しいこと、考えてるわけないじゃない! 大浴場を掃除しようとしたら脱衣所まで水浸しで、ちゃんと寮則に『最後に上がる生徒は蛇口が閉まっているか確認すること』って書いてあるのにって、頭に血が上ったの! 防犯カメラの画像を確認したら姫川さんが最後で、一年生にこんな舐めた真似されたら風紀の示しがつかないし、委員長にも申し訳が立たないから、ちゃんと風紀委員が厳しいことを知らしめなきゃって、一番重い退寮処分を持ち出しただけ! 防犯カメラが書き換えられてるとか、思うわけない!!」

「分かってるわ。長岡さんが真面目で、風紀委員の仕事にいつも一生懸命で、だから暴走しちゃったこと、ちゃんと分かってるから」

「守山先輩……ごめんなさい……」

「謝る相手が違うわ、長岡さん」

「……はい」


 守山に支えられて立ち、顔中しおしおになりながら、長岡は白雪へ深く頭を下げて。


「……ごめんなさい、白雪さん。あなたの話も聞かずに決めつけて、酷いことを言いました。軽々しく退寮にすべきと言ったことも、反省しています」

「……簡単に許せることではありません。今回のことは風紀委員会全体で共有して頂き、二度とこんなことが起こらないための再発防止策と、長岡先輩を風紀委員会としてどのように処断するかを合わせて、またお知らせください」


 長岡の顔面はますますしおしおになったが、白雪に引く気は微塵もない。ここで引いたら、姫川財閥の娘は口だけの謝罪で丸め込めるチョロい奴だと、多方面から思われてしまう。国主の仕事と同じく財閥トップもメンツの世界、舐められたら終わりなのだ。

 風紀女子の代表である守山とて、言われずとも白雪の意図は分かっているのだろう。ヨレヨレの長岡を押し出して情状酌量を求めるなんてことはせず、ただ黙って頷いた。

 一連の流れを見事にプロデュースしたつむぎはといえば、折れた長岡にも厳しい白雪にも思うところはないようで、鋭い空気をふっと霧散させる。


「白雪さんも言いましたけれど、脱衣所まで水浸しになっているのを発見した時点で、学園備品に危害が及んだ重大案件であることは確かなのですから、風紀委員会全体で案件を共有して調査すれば良かったんですよ。女子寮内で起きたことだからと、下手に小さくまとめようとするから、意見が偏って全体図が見えにくくなるんです。最初から風紀委員会全体で問題にしてくだされば、私とてこんな喧嘩腰で乗り込むような真似はせず、白雪さんが〝最後〟ではないことを知る証言者として、穏やかにお話しできましたのに」

「返す言葉もないわ……女子寮の問題だと思い込んで、全体への情報共有を怠った、私の判断ミスね」

「まぁ、普通は防犯カメラの映像が間違っているなんて思いませんし。〝最後〟の人がはっきりしている状況なら、あとは話を聞くだけですから、女子寮だけで片付けられる案件だと考えるのも、的外れとまでは申せません。周囲の空気に流されて、安易に退寮処分が選択肢に上がったことだけは、フォローしようもない〝間違い〟ですが」

「耳が痛い……飯母田さんって、そんなに怒るのね」

「明らかな理不尽には、それなりの対応を心掛けているだけですよ」


 やはりつむぎと三条は、かなり気安い間柄らしい。あれほどのつむぎの圧を受けた直後に、これほどフランクに話せる三条もまた、宝来学園生徒会の副会長に相応しい非凡さの持ち主である。


「――ちなみに、防犯カメラの改竄が明らかな時点で、ことは女子寮どころか学園内のみで収まる案件ではないと判断し、僭越ながら風紀委員会へ通報しております。ひとまず場が落ち着いたら知らせるようにと申しつかっているのですが、守山先輩、狩野委員長へのご連絡をお願いしてもよろしいですか?」

「えぇっ!?」

「浴槽蛇口が全開だったのも、悪意があったのであれば立派な器物損壊罪ではありますが、何よりも学園の防犯カメラシステムに外部から侵入し、故意に映像データを改竄した行為は、電子計算機損壊等業務妨害罪に該当する、かなり重大な犯罪です。こんなの、生徒の自治範疇に収まる事態じゃないですよ」

「……確かに、その通りだわ」

「風紀委員の方々であればご存知とは思いますが、狩野先輩はIT機器に明るいそうで、可能な範囲で防犯カメラシステムへの侵入痕跡がないか、調べてくださるそうです。狩野先輩の作業が進んでいれば、そちらの結果も合わせて聞けるかもしれません」

「……仕事が早いわね、飯母田さん。あなたが〝ボランティア同好会〟なの、ここまで来ると立派な詐欺よ?」

「〝ボランティア同好会〟だからこそ、フットワーク軽くあちこちへ動けるのだと捉えて頂ければ幸いです」


 三条とつむぎが軽口を叩き合っている間に、守山は素早くスマホを操作し、狩野委員長――亘矢を呼び出したらしい。あの抜け目のない男のことだ、データ分析などとっくの昔に終わらせて、近場で待機しているに違いないが。

 白雪がそう予想した瞬間、守山の通話が終わる。――それから、一分もしないうちに。


「――守山さん、お疲れ様です」

「委員長。わざわざのご足労、申し訳ありません」

「構いませんよ。大まかな事情は、飯母田さんから聞いています。大変でしたね」


 生真面目な優等生の表情は保ったまま、声だけで労るという器用な小技を駆使しつつ、亘矢が足早に近づいてくる。本来ならば女子寮に現れるはずのない風紀委員長の姿に、野次馬たちは色めき立った。

 実は度が入っていないファッションメガネをついと上げつつ、亘矢は中央ローテーブルに持ってきたノートパソコンを置いた。


「飯母田さんからお話を伺い、できる範囲で防犯カメラシステムを調べました。――結論から申し上げると、確かに昨夜、日付が変わる前後の時間帯に、外部からのクラッキングの形跡があります」

「そんな……!」

「まさか本当に、システム侵入されていたなんて」

「防犯カメラ映像についても学園の許可を得て、大元の保存先であるクラウドまで飛んで調べましたが、そもそもの元データが改竄されていましたね。例のカメラデータの改竄箇所は四つで、うち二つは時間的に、飯母田さんが大浴場へ向かうときと、利用を終えて自室へ戻るとき。残りの二つは消灯後の時間でしたから、おそらく犯人の往復時を消したのでしょう」

「……データの復元は可能ですか?」

「残念ながら、難しいかと。しっかりした媒体に保存されたデータならともかく、クラウド管理ではね。元データから書き換えられてしまえば、修復の術は限られます。それすら、確実ではありません」


 そう語る亘矢は、演技ではなく悔しそうだった。


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― 新着の感想 ―
本来の「最強の悪役令嬢」が生まれなかった代わりに別の悪役が生み出されたような…と思ってしまいました。 続きが楽しみです!
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