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4月20日〈ルート共通イベント〉⑤


「機械は嘘をつかないが、機械を扱う人間は嘘をつくんだ。そこまで思考を回さねば、悪辣な輩の罠にまんまと嵌って、冤罪を量産させてしまう。長岡さんの真面目で一途なところは美徳だが、あなたのような人は意識して視野を広く持たねば、そのまっすぐさが愚直へと堕ちかねないよ」

「い、飯母田さん……」

「そもそも、前提から疑って欲しい。あなたは白雪さんが、浴槽蛇口が全開になっていることに気付かず放置したと主張したが、そんなこと、果たして〝うっかり〟で起きるか?」

「……どういうこと?」

「大浴場の浴槽には、温度を感知し、設定より下がったら自動で追い焚く機能がついている。あの蛇口は、設定されている温度より高め、低めを好む人が湯船の温度を調整するために付けられているもので、そういったこだわりが無い人には無用の長物なんだ」

「それは、分かるけど」

「――この中で、白雪さんと同時刻に大浴場を利用したことがある人はいらっしゃいますか?」


 不意につむぎは、談話室全体へ向けて問い掛けた。突然のアクションに戸惑った人も多かったが、やがてあちこちから手が上がり出す。


「大浴場で白雪さんを見たことがある方に伺いたいのですが、白雪さんが浴槽の温度にこだわり、熱いお湯や冷たい水を足していたところを見たことはありますか?」

「い、いいえ」

「私、何度かご一緒しましたが、姫川さんは蛇口に近づいてすらいませんでした!」

「お湯の温度について、何か仰っていることもなかったかと……」


 方々から上がる声に、つむぎはふむふむと首肯して。


「つまり白雪さんにはまず、浴槽の蛇口を触る習慣自体、なかったわけだ。そして、大浴場を少人数で利用したことがある方なら分かると思うが、人が少なく静かなときに、蛇口から浴槽に水が注がれていれば、その音は大変に目立つ。蛇口の側に誰かいれば、『あぁあの人がお湯の温度を調整しているんだな』と分かるけれど、無人の状態でお湯だけ出ていたら、湯船に入ってすぐ止めるだろうな。〝うっかり〟で流せるほど、あの音は大人しくない」


 つむぎの主張には、実際に浴槽蛇口を止めた経験のあるらしい人たちが、うんうん大きく頷いている。白雪はそもそも、あの蛇口が開かれていた場に遭遇したことがないので、なんとも言えないけれど。


「百歩譲って白雪さんが浴槽蛇口を使う〝常連〟だったら、蛇口から何かが出ている状態が当たり前になって、うっかり閉め忘れることもあるだろう。――が、そうでないことは、複数の方々が証言してくださった。私は昨夜、初めて白雪さんと湯を共にしたが、そのときも彼女が蛇口を意識することはなかったから、おそらく普段の彼女は、浴槽蛇口とは無縁のはずだ」

「は、はい。つむぎさんに言われて気付きましたが、あの蛇口が使われている場に出くわしたことすらなかったです」

「まぁ、本気で浴槽の温度にこだわる人は、大浴場じゃなく部屋風呂を使うからな。あの蛇口を使ったことがある人は、結構な少数派だと思うぞ」


 この発言にもヘドバン並みに頭を振って頷いている人が散見されるから、どうやら問題の蛇口はそもそも、使用率が異様に低いのだろう。


「結論を言えば――白雪さんが本当に〝最後〟だったとしても、浴槽蛇口が全開のまま放置されるなんて状態は、極めて不自然なんだ。〝あれ〟が開かれたままだとしたら、脱衣所まで響くほどの水音が延々聞こえていたはずだからな」

「……確かに、脱衣所どころか、出入り口を開けた時点で、すごい音が聞こえていたけれど」

「だろう? そんな状態を放置なんて、〝うっかり〟では起こり得ない。――大浴場が使えなくなったこの状況には、誰かのはっきりした〝悪意〟があったと、まず見るべきだ」


 長岡と、ソファー上の三条と守山の表情が、一気に険しいものとなった。あくまでも〝最後〟の人の確認ミスだという前提に立っていたのに、その土台がこの瞬間、つむぎによってひっくり返されたのだ。緊張が高まるのも致し方ない。


「ちょっと待って! そうだとしたら、〝真犯人〟の目的はなんなの?」

「寮や学校に直接的な危害を加えることが目的だとしたら、それこそ警察へ通報することも視野に入れないと……」

「証拠はありませんので、あくまでも推測ですが……この状況から、察することは可能かと」

「可能なの!?」


 驚いている三条は、随分とつむぎに気安い。そういえば、つむぎは入学式や入寮式で生徒会の手伝いをしていたから、元から仲が良いのだろうか。


「浴槽に設置されている蛇口は、湯船にお湯を張ることも考えて、水量が一番多く設定されています。それをピンポイントで狙い、全開にしていたことから、〝真犯人〟は最初から設備に被害を与えようとしていたと仮定して良いでしょう。問題は、その動機ですが……」

「えぇ。何?」

「おそらくは消灯後に通ったはずの〝真犯人〟の姿だけでなく、本当の〝最後〟だった私までもを防犯カメラの映像から消したところから見て、映像改竄の目的が〝白雪さんを昨晩の大浴場最後の利用者だった〟と思わせたかったことは、ほぼ確定です。以上の二点を合わせれば――」

「施設へ甚大な被害を及ぼした責任を、わたくし……姫川白雪へ、是が非でも負わせたかった。それが〝真犯人〟さんの目論見でしょうか?」

「……うん。八割がた、そうだろうと思う」


 苦い顔で頷いたつむぎへ、気にしないでほしいという気持ちを込め、穏やかな微笑みを返す。……実を言えば、つむぎが防犯カメラの映像改竄の可能性に言及したときから、何者かの悪意が自身を追い詰めようとしているのだと、薄々理解していた。


(どうしてわたくしを……という疑問は残りますけれど。〝前世〟と違って、他人様から恨まれるようなことをした覚えはないわ)


 とはいえ、白雪個人に心当たりはなくとも、曲がりなりにも〝姫川〟の名を背負って宝来学園に通っている以上、家への恨みが白雪へと向かう可能性は十二分にある。実家掌握の第一歩として、隙間時間で姫川財閥のことを色々調べているけれど、叩けば盛大な埃が舞いそうな内実の予感しかしないので、そちら方面で恨まれているとすれば、まぁ妥当か。

 その辺りは〝前世〟の経験もあって達観している白雪は、ひとまず正体不明の誰かに狙われているらしいことだけ気をつけておけば良いか、と頭を切り替えた。


「……取り敢えず、わたくしへの嫌疑は晴れたと考えて、差し支えありません?」

「……それを決めるのは、残念ながら私じゃなくてね」


 つい、つむぎに振ってしまったが、そういえばこの場での彼女は、単なる証言者の一人だった。纏う空気(オーラ)も堂々たる主張の数々も、単なる証言者からは全力で逸脱していたけれど。

 視線をつむぎから正面の三条と守山へ移動させると、二人は未だ険しい表情をしていたが、白雪のことはもう疑ってないようで、何度か頷き合っている。

 代表して三条が、口を開こうとしたところで。


「……待ってください」


 低い声で止めたのは、背後に立っていた長岡だ。彼女は何度か首を横に振り、ぐっと斜め前のつむぎを睨みつけた。


「確かに話の筋は通っていますが、そもそも、防犯カメラが改竄されていたというのは、飯母田さんの推論に過ぎないでしょう。姫川さんと飯母田さんの二人が共謀していたとしたら、話は変わってきます」

「……ほぉ? 共謀というと?」

「飯母田さんが〝最後〟だったというのは、あくまでも姫川さんと飯母田さんの証言。あなたたち二人が口裏を合わせていれば、実際には最後じゃなくても〝最後〟と言い張ることは可能だわ」

「なるほど、と言いたいところだが……私たちが大浴場で顔を合わせ、隣同士で髪や体を洗っていたとき、浴場内には他にも人がいた。探せば他にも証言者は出てくるぞ?」

「それにわたくしたちには、そんな口裏合わせをする動機もありませんわ」

「姫川さんと飯母田さんが、何かの理由で大浴場を使えなくしたいと考えていたとしたら? 姫川さんが実行犯となり、飯母田さんが事実と異なる〝最後〟を主張することで、防犯カメラの信用性を無くして偽のアリバイを作れるじゃない!」

「……つまり長岡さんは、防犯カメラ映像の改竄こそ、あり得ないと?」

「あり得ないとまでは言わないけれど、そういう可能性もあるってこと。〝視野を広く持て〟って、さっきあなたが言ったのよ」

「まぁ、それはそうか」


 気分を害した様子もなく頷いて、つむぎはちらりと三条たちを見る。先輩二人はどうやら、無理筋のある主張をする後輩をどう嗜めるべきか、言葉を探している最中らしい。


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