4月20日〈ルート共通イベント〉③
7月26日の活動報告にてお知らせしました通り、今週よりしばらくの間、毎週木曜日のみの週一回更新となります。
お話の進みはゆっくりになりますが、引き続き、どうぞよろしくお願いいたします!
この場をどう、切り抜けるべきか。どうすれば自身の潔白が証明できるのか。
必死に突破口を探す白雪をどう見たか、守山と三条は視線をそっと交わすと、ため息をついた。
正面の三条が、姿勢を正す。
「姫川さん。姫川さんには本当に、蛇口を捻った記憶がないんだと思う。あなたがこんなことで嘘をつく子じゃないのは、見ていれば分かるわ」
「あ、ありがとうございます」
「――でもね。蛇口を触った記憶がないからこそ、人ってついうっかりで見落としちゃうことってあると思うの。少なくとも、防犯カメラという証拠がある以上、蛇口を捻ったのはあなたじゃなくても、あなたが大浴場の〝最後〟で、確認を怠ったという規律違反は揺るがないわ」
「待ってください。確かに、わたくしは防犯カメラの映像通り、22時台に大浴場を使用しております。わたくしが大浴場を利用している間、浴槽の蛇口からお湯は出ていませんでした。蛇口が開けられたのは確実に、わたくしが出た〝後〟のはずなのです」
「……さっきも説明でしたでしょう? あなたの〝後〟に大浴場を使用した人は、防犯カメラで確認した限り、誰も居ないのよ」
「しかし……」
「蛇口が開いていなかったと、思い込みたい気持ちは分かるわ。でも、浴槽の蛇口なんて、普段は開いていないのが当たり前で、意識しない限り、いちいち確認なんてしないでしょう? あなたはきっと、開いていないと思い込んで、見ていなかっただけなのよ」
そんなはずは、ない。百歩――いや一万歩譲って白雪が浴槽蛇口の全開に気付かなかった大間抜けだとしても、昨晩、あの場にはつむぎがいたのだ。
けれど。確かにいたはずのつむぎは防犯カメラに映っておらず、データ上、〝最後〟の利用者が白雪であるのなら。周囲が白雪を〝最後〟と判じるのも、至極当然の帰結で。
(どうすれば、良いの)
つむぎの名を出さず、白雪の無実を証明するには……。
「守山先輩。発言してもよろしいでしょうか」
必死で思考する白雪を嘲笑うかの如く、長岡の冷たい声が響く。
「……何かしら?」
「ここまでの取り調べにおいて、姫川白雪さんは自身の瑕疵を認めず、証拠があるにも拘らず否定するばかりで、到底反省しているとは思えません。ここは、厳しく処断するべきです」
「今は、それを決める場ではないと思うけれど……」
「規律違反者には厳しい罰を与えねば、周囲に示しがつかないと、いつも狩野委員長も仰っているでしょう。姫川さんが犯した違反は、寮施設に甚大な被害を引き起こしました。これが処罰されず、甘い裁定で有耶無耶にされてしまったら、一年生は皆、『寮規則など所詮は形だけだ』と思うはずです」
「待って。長岡さん、あなた、どんな処罰を考えているの?」
「それは、もちろん。――退寮、一択でしょう」
長岡の言葉に、三条と守山が目を見開いた。寮規則違反罰則の中では最も重い退寮処分を持ち出すことが、学園にとってどれほど重大なことか、知っているが故の反応であろう。
守山の眉間に、うっすらと皺が寄る。
「長岡さん。処罰は公平であるべきよ。姫川さんの規律違反は確かに小さいものじゃないけれど、悪意があったわけでもない。一足飛びの退寮処分は重すぎるわ」
「何故、悪意がなかったと言い切れるのです? 仮に蛇口の確認を怠ったのはうっかりのミスだとしても、それによる被害は甚大です。なのに姫川さんから、反省の気持ちはチラとも窺えません。反省しないその態度には、悪意があると思うのですが」
「決めつけるのは良くないわ。姫川さんには蛇口が開いていたという認識がなかったのだもの。彼女の中では、規律違反を犯したという自覚すらないの。それで反省を迫られても、理不尽としか思えないでしょう」
「三条先輩がお優しいことは承知しておりますが、規律違反を犯した自覚すらなく違反するとは、悪意を以て故意に違反するのと同じくらい、タチが悪いのではありませんか? 後者は悪意を砕けば反省の余地がある分、私にはまだマシに思えます」
長岡の言葉に、白雪の両隣の女子生徒たち(ここまでの流れから察するに、長岡と同じ掃除班の生徒だろう)が深々と頷く。周囲の野次馬たちも長岡と同意見の者が多いのか、公平を訴える代表者たちに冷めた視線が注がれていた。
そしてもちろん、三条も守山も、そんな周囲の空気感を察せられないような鈍い人ではなかった。宝来学園の生徒会と風紀委員会の肩書きは、飾りではない。彼女たちがその地位に見合った有能な存在であることは、誰もが認めるところなのだから。
この場をどう収めるべきか、三条と守山が視線で会話する間も、長岡の言葉は続く。
「記憶はなくとも、自覚もなくとも、姫川さんが昨晩、大浴場を最後に使用した人であることは、防犯カメラが証明しています。規則違反の責は、入学したばかりの一年生であっても、背負うべきでしょう」
「だとしても、よ。そんな重い処分を、私たちの一存で下すわけには……」
「宝来学園高等部は、生徒による自治が認められているはずです! 反省の意があれば別の処分も考えられたでしょうけれど、記憶がないの一点張りで罪を認めようとしない人を寮に置いておくのは、真面目に規則を守っている他の生徒たちへの悪影響でしかありません。寮則にも、『重大かつ悪質な規則違反を行い、反省の意が見られない場合は、即刻退寮処分もあり得る』と記載されているではありませんか!」
「それは、確かにそうだけど……」
長岡の言葉がヒートアップするほど、周囲の視線は厳しく、白雪と三条たちに刺さっていく。最初は白雪に同情的だった生徒たちも、いつの間にか〝退寮が当たり前〟という空気に呑まれつつあった。
(これは、かなりまずい状況ですね)
最悪、ポーズだけでも反省の意を見せなければ、なし崩しに寮を追い出されかねない雰囲気である。
この状況下で反省したところで、白雪の宝来学園における立場が最悪まで落ちることは避けられないだろうけれど……。
(〝お継母様〟……つむぎさんと同じ学び舎で過ごす未来には変えられない――)
「……姫川さん。もう一度だけ、聞かせて。昨晩、大浴場の浴槽蛇口が全開になっていた件について、あなたはどう思う?」
「三条先輩、無駄ですよ。見た目とは裏腹に、姫川白雪は随分と強情な娘のようですから。本気で退寮にでもならない限り、反省なんてしません」
訳も分からないまま、追い込まれ。ここで終わるわけにはいかない。
膝の上で強く手を握り、〝最悪〟を覚悟した――、
その、とき。
「……話を聞いて来てみれば、随分な展開になっているな。いつから宝来学園高等部の女子寮は、一部の感情論だけで一人の生徒を追い詰めるハラスメント集団に堕ちた?」
低く轟く雷鳴のような声に、談話室内の視線が一斉に正面入り口を向く。
言葉だけではない、そのひとが発する稲妻のような苛烈な怒りに気圧され、下がった野次馬たちによって開かれた空間に、〝彼女〟は堂々と足を踏み入れて。
「――さて。本当に間違っているのは〝誰〟なのか、改めて検証していきましょう」
星空煌めくラピスラズリの如き瞳に、初めて見る鮮烈な光を宿して。
流れる銀の髪を、後光のように輝かせ。
飯母田つむぎは、不敵に笑った。




