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入学式〈オープニング〉③

今回、視点が変わります。


  ■ ■ ■ ■ ■



 ……おかしい。これは、絶対に、何かが間違っている。


 一年A組の教室にて、一人ぼんやり自席に座って物思いに耽るヒロイン――姫川白雪の様子を横目でこっそり窺いながら、三界(みかい)千照(ちあき)は、内心で頭を抱えていた。本来なら、この教室では、オープニング――正門での冒頭イベントにてヒロインに興味を持った攻略キャラのうちの一人が話し掛けてくる、固定イベントが発生するはずなのに。

 正門での出来事は〝オープニング〟とは似ても似つかなかったし(登場人物が一部被っていた程度だ)、そもそも時間もズレていたしで、攻略キャラは先ほどのあれこれを見てすらいない。見ていたのは、ヒロインが登校してくるのを今か今かと正門脇の桜の陰で密かに待ち続けていた、自分くらいだ。――断っておくが、ストーカーではない、決して。純粋なる原作ファンとして、イベントを見守る責務を己に課しているだけである。


(あー、もー! 見てるだけじゃ埒が明かない!)


 どうせ、冒頭から原作通りではないのだ。ならば、こちらも少しぐらいゲームと〝違う〟ことをしても、それは今更というやつだろう。


「えぇっと……あの、姫川、さん?」

「え……? あ、はい。わたくし、ですか?」


(ワァ所作がもうお姫様ダァ……)


 物思いに耽っているところを呼ばれて、すっと視線を滑らせ声が聞こえた方を振り向く――ヒロインのあまりのプリンセスムーブに、思わずち◯かわ化してしまった。まず、物思い中も背筋はピンと伸び、足もお行儀良く揃えて手もきちんと重ねられている姿勢からして、まさしく理想のお姫様仕草の体現者である。さすがはヒロイン、〝白雪姫〟を冠する者――と、主題はそこじゃない。


「あっ、あの。私、三界千照。隣の席みたいなの、よろしく」

「はい。わたくしは、姫川白雪と申します。よろしくお願いいたしますね」

「こっ、こちらこそ」


 ふわりと微笑む白雪は、ヒロインの風格溢れる優雅さだが……やはり、この時期に〝それ〟はおかしいのだ。


「えと……あのね、姫川、さん。さっき、正門のところで、姫川さんが先輩たちと話してるところを、見ちゃったんだけど」

「え、えぇ……あれをご覧になったのですか。お恥ずかしい限りですわ」

「その、随分と仲良さそうに見えた、けど。あの、綺麗な銀髪の先輩って、姫川さんのお知り合いなの?」

「知り合い……」


 あの懐き具合からして、少なくともヒロインの方は、悪役令嬢を知っているように見えたが。

 千照の質問に、白雪ははっきり分かるほど、表情を曇らせた。


「そう、ですね。わたくしにとっては、とても大切で……敬愛するお方、なのですけれど。残念ながら、先輩に、わたくしとの記憶は残っていないようです」

「そ、それは残念というか……ちょっと薄情な人、なのかな?」

「――いいえ」


 意図したわけではなかったが、悪役令嬢を責めるような言い回しになってしまった千照へ、はっきりと芯の通った否定の言葉が返された。

 ふと見ると、白雪は。先ほどまでのぼうっとした雰囲気を拭い去った、凛とした表情で、しっかりとこちらを見つめている。


「よく考えるまでもなく、このような記憶、残っている方が不自然なのです。遠い遠い昔の……幻のような、記憶なのですから」

「で、でも。姫川さんは、覚えてるんでしょ?」

「……えぇ。ですがきっと、それも健全な理由からではないのでしょう。忘れたあの方が薄情なのではなく、覚えているわたくしが、わたくしたちが、病んでいるのです」


 そう言って、白雪は。


「申し訳ありません。詮無いことを申し上げましたわ」


 どこか寂しげに、儚く、微笑んだ。

 会話を切り上げられたと察し、千照は曖昧に笑い返して、視線を黒板へと戻す。


(……やっぱり、違う)


 確かに、原作ゲームのヒロインも、上流階級が集うこの舞台、宝来学園にて磨かれることで、ゲームのエンディングには〝理想のお姫様〟の体現者となっている。

 しかし。まだ冒頭共通部分に入ったばかりの〝今〟は、見た目こそ可憐な美少女だけれど、その振る舞いはどこにでもいる高校一年生、だったはずなのに。


(最初から全部、違う……この原因は、なに?)


 賑やかな教室の中、白雪に引きずられるように、千照もまた、思考の淵に沈んでいく――。



  * * * * *



 ――あれ。ここって『姫イケ』の世界じゃない?


 いつの頃からは分からない。物心ついたとき、千照には既に前世の記憶があり、〝この世界〟のことを認識していた。

 別に、死にかけるみたいな特別なきっかけだとか、運命の出逢いがあったとか、そんな大袈裟な話ではなく。


(だって……私の名前、『姫イケ』のメインサポキャラの名前と同じだし)


 そう。記憶を持って生まれ変わった先が、前世で親の顔よりよく見た、めちゃくちゃやり込んだ乙女ゲームのサポートキャラクターだったのだ。

 ――自分の名前を鏡の前ではっきり知覚したあの日が、千照にとっての〝この世界〟の〝始まり〟だったのかも、しれない。


 彼女が愛したゲームの名は、『白雪姫と七人のイケメン』――略称は『姫イケ』。ゲームパッケージとキャラデザは、よく見る乙女ゲームそのもの。内容ももちろん、パッケージ詐欺なんてことはなく、ヒロインが攻略キャラたちと恋愛するストーリーを追う、乙女ゲームだった。


(それにしても、まさか我が身に、〝前世で遊んだ乙女ゲームのキャラクターに転生〟なんてテンプレが起ころうとは……)


 千照の前世は、漫画アニメゲームに造詣の深い、そこそこ重度のオタクだった。当然、〝前世で転生先世界の知識を仕入れ済みの主人公が、知識を利用してチート三昧〟な物語には馴染みがある。転生先がサポートキャラクターであっても、やり方次第で千照がヒロインに成り代わることも可能だろう、けれど。


(いやー……このゲームのヒロインは白雪ちゃんだし、私のスペックでヒロイン成り代わりは無理かなぁ)


 千照にとって、乙女ゲームはあくまで、ヒロインとキャラたちの恋愛模様を楽しむものだった。ヒロインを自身に置き換え、イケメンと恋愛する夢想に耽る層がいることも知ってはいるけれど、千照に夢嗜好はあまりなく、乙女ゲームはカップリング萌え、ストーリー萌えのコンテンツとして消費していたのだ。


(だって、〝最強の悪役令嬢〟を相手にする度量も実力も、私にはないし)


 特に、『姫イケ』はそうだった。


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