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4月20日〈ルート共通イベント〉①


 消灯近い時刻、思いもかけず大浴場でつむぎと遭遇するというラッキーイベントが起きた――その翌日、4月20日。

 平日だったこの日も、特筆すべき出来事はなく普通の日常――いつもの時間に起きて身支度を済ませ、寮の食堂で朝食を食べてから登校し、午前四時間、昼休憩を挟んで午後二時間の計六時間授業を受けるという平凡な一日を過ごし、白雪はまっすぐ寮へと帰ってきた。帰寮後、夕食の時間まで、宿題と予習復習をして過ごすというのも、いつも通りの日課……。


「姫川さん! 姫川白雪さん、いらっしゃいますか!?」


 ――いつも通りになるはずだった放課後時間は、スクールバッグから勉強道具一式を取り出したところで、予定にない訪問者によって遮られた。聞き覚えのない声に首を傾げ、白雪は教科書を机に置いて立ち上がる。


「はい、おります。今開けますのでお待ちください」


 扉を開けると、外に居たのは複数の女子生徒。ほとんどの顔に見覚えはないが、かろうじて正面の、どうやら白雪の部屋のドアをノックしたらしい彼女だけ、記憶の片隅に引っかかっていた。


「えぇと……風紀委員の、長岡先輩、でしたか?」

「そう、です。覚えていらしたのね」

「風紀委員の方々には、寮でも学校でもお世話になるとのことでしたので、可能な限り覚えるようにしておりました。――ところで、わたくしに何か御用でしょうか?」

「――っ、あなた、よくもそんな呑気なことを!」

「控えてください。こんなところでする話ではありません」


 いかにも風紀委員といった風情の真面目な様相の長岡は、確か二年C組の生徒だったか。その雰囲気は何となく、あのいけ好かない男がメガネをかけて風紀委員長モードになっているときの姿を彷彿とさせる。現風紀委員が彼を中心としてまとまっている組織だということが、長岡を見るだけで具に理解できてしまうのが、何となく嫌だ。

 白雪が微笑みの下でそんなことを考えているとは露ほどにも思っていないであろう長岡が、生真面目な表情のまま、口を開く。


「白雪さん。あなたに聞きたいことがあります。女子寮の談話室まで、ご同行頂けますか」

「それは構いませんが……何事です?」

「事情は談話室でゆっくりお話ししますので」


 表面上だけでも冷静さを取り繕えているのは長岡だけで、彼女の背後にいた女子生徒たちは、怒りと苛立ちを隠しもしていない。その長岡とて冷静なのは表面上だけで、下手をすればこの場の誰よりも激しく怒っている。まだ取り繕えているだけ、平和な世界で生きている十七歳にしては大したものだと思ってしまう辺り、どうしても〝前世〟で国主の真似事をしていた記憶は、白雪に真っ当な女子高校生の感覚を抱かせてくれないらしい。


 ――そう、つらつら考えごとをしているうちに、白雪は彼女たちに半ば連行されるような形で、女子寮の共同スペースである談話室へと足を踏み入れた。談話室には既にかなりの人数が集まっており、そのうちの三分の一ほどは白雪へ厳しい視線を向けている。その三分の一が事情を知ってやってきた組、残りの三分の二は元々談話室にいたら急に何事か始まった組と、事情は知らないけれど何かあったらしいと聞きつけて集まった野次馬組かな、と白雪はぼんやり当たりをつけた。

 そんな人の間をすり抜け、談話室中央にある大きなローテーブルを囲むソファーに座らされ、両隣を名前も知らない女子生徒たちに陣取られて……どれほど鈍い人間でも一発で分かる、衆人環視の中の取り調べ図が完成した。両隣の彼女たちは言わずもがな、逃亡阻止要員だろう。ここまで厳重に警戒せずとも、別に逃げはしないが。


「もう一度、お尋ねします。――何事ですか?」


 ここまで連れてきた長岡へ、今度は微笑みを消した表情で尋ねた。筆頭取調官であるはずの彼女は、何故か白雪の正面へは座らず、そのソファーの背もたれ裏に立っている。


「姫川白雪さん。あなたに、重大な寮規律違反の疑いがかけられています。疑いと言いましたが、確かな証拠もありますので、意味のない言い逃れはなさいませんように。こちらへお連れしたのは、あなたに素直な反省の態度があるかどうかを、公平な目で確認するために過ぎません」

「仰る意味が分かりません。どのような違反かご説明もないうちから反省を促されましても、納得できかねます」

「……つまり、心当たりはない、と?」

「心当たりがあれば、このような場を設けて頂く以前に申し出ておりますわ」


 淡々と話しつつ、白雪の背筋は自然と伸び、声には為政者特有の〝張り〟が宿り出す。曲がりなりにも〝前世〟で一国を治めていた彼女は、事情も明らかにならないうちの安易な謝罪や反省のポーズは、その場をなあなあに収めることはできても問題の根本的解決にはならないことをよく知っていた。たかが高校の寮で起きた案件ではあっても、宝来学園の社会的ステータスを考えたら、軽く流して終わりにはできない。

 決して大きくはないのによく耳に響く声で反論され、一瞬詰まった長岡ではあったが、風紀委員として彼女も引けないのだろう。ソファー裏に立ったまま、厳しい表情で白雪を一瞥する。


「では、ご説明しましょう。入寮時の説明にありました通り、寮内の共有スペースに関しましては、一部を除いて生徒が当番制で清掃に当たります。特に、毎日人が出入りする大浴場とこちらの談話室に関しては、三日ごとの交代で毎日決まった時間に清掃を行うことは、周知済みですね?」

「はい、存じ上げております」


 一組六名で構成されている掃除班が、ローテーションで大浴場と談話室を掃除する決まりは入寮時に説明されたし、白雪もこの前、初めて談話室の掃除をした。ものが多く部屋も広いため大変に感じたが、先輩方(掃除班は各学年二人ずつで組まれている)の話によると、濡れて滑ることがない分、大浴場より談話室の掃除の方が楽らしい。時間も大浴場の方がかかるのだとか。


「入浴時間が部活動終わりの17時からのため、大浴場の掃除時間は15時半からと定められております。消灯時間である23時に共有スペースの電気は全て落とされるため、23時から翌日の15時半まで、大浴場は無人となります。そのため、消灯前、大浴場を最後に出る者は、浴場と脱衣所の蛇口が全て閉まっているか、他に何か異常はないか確認するのが規則です。――ここまで、ご質問は?」

「いいえ、特にありません」


 全て、入寮時の説明にあった内容である。世の中には朝風呂が好きな人もいると聞くが、少数派であろう朝風呂愛好家のためにお湯を温め直すのも非効率という理由から、どうしても朝に入浴したい場合は部屋風呂を使用するようにと言われていた。お金持ち校らしく、部屋風呂の浴槽も手足をゆったり伸ばせる程度には広いため、特に大きな不満もなく受け入れられている規則と聞く。

 消灯前、最後に大浴場を使った者がいわゆる〝締め作業〟を任されるのも、寮規則に記載されていた。長い学園の歴史の中、風紀委員が見回っていたこともあったらしいが、消灯後、暗い中での滑り易い大浴場点検は危険も大きく、自主自律を謳う校風も鑑みて、生徒自身が責任を持って確認する今のスタイルに落ち着いたのだとか。白雪は一年生にしては結構な頻度で〝最後の一人〟になっているため、既に何度か〝締め作業〟を経験している。とはいえ、出る前にぐるりと大浴場を見回して水が流れっぱなしの蛇口がないか目視で確認するだけの簡単なお仕事のため、別にそれほど大変なことはないのだが。

 ――相槌しか返さない白雪(長岡の言いたいことがさっぱり分からないため、「はい」か「いいえ」しか返す言葉がないだけ)に焦れたのか、ついに長岡の眉が跳ね上がる。


「で、あれば――大浴場の浴槽蛇口が全開になってお湯が流しっぱなしになり、大浴場のみならず脱衣所まで水浸しになっていた責任が、昨晩、最後に大浴場を出たあなたにおありなのも、ご理解頂けますね?」

「……えっ?」


 二重の意味で全く想定していなかったことを問われ、素で困惑した声が出てしまった。


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