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4月19日〈ルート共通イベント・幕前〉④


(……やっぱり、〝ヨーテ〟にエロいオニーサン枠は、どう考えても無理があるのよ)


 乙女ゲーム『姫イケ』の攻略キャラたちの個人プロフィールについては一通り千照から聞いたが。なまじ音楽の才能が化け物じみていたせいで弁財家へ養子に出され、その才ばかり持て囃されて、「どうせ誰も俺のことなど見ていない」とヤケになって音楽に触れることを止め、女を取っ替え引っ替えして遊んでいる〝弁財深藍〟など、この世界には存在しない。〝ヨーテ〟は〝技能の幸運〟を司る〝小人〟なのだから、音楽の才が持て囃されることは、むしろ望むところだったろう。他の面々もまぁまぁなズレっぷりだが、深藍は真面目に事故っている。


「あ~……聖蒼と深藍が小学生の頃、ってことは、次に記憶が戻ったのは俺だね」


 深藍の自由さにかき乱された場を、毒舌だが頼りになる〝三番目〟が引き取って。


「俺はちょっと事情があって、小さい頃は恵比家の一員としても認められない感じでさ。そういう理不尽な扱いに腹が立って、どうにか足場固めをしようと茶道の腕をひたすら磨いて、小学校を卒業する頃くらいにようやく、社交場へ出られるようになったんだよね」

「で、黄清が出たパーティに俺も出てて、そこで俺の顔を見た黄清が〝前世〟を取り戻した感じだな。茶道を生業としてる恵比家と、武術を生業にしてる布袋家は、結構な確率で同じパーティに呼ばれるから、これも遅かれ早かれって感じではあったが」

「記憶戻って、めちゃくちゃビビったよねー。何にビビったって、ろくに茶道の腕も磨かず家の利権しか考えてないような親戚連中相手に、真正面から茶道の腕一本で立ち向かおうとしていた、これまでの〝俺〟のお人好しっぷりに」

「あぁ……うん。〝デーラ〟が戻ったら、そうなるでしょうね」

「……後は〝お察し〟だ。中学三年間をフルに使って恵比家を完全掌握し、次期家元の肩書きを光らせて、宝来学園がスカウトしに来るよう仕向けて、今年堂々と入学してきたわけだな。聖蒼と違って黄清は、晴緋と橙雅、深藍が俺と一緒に宝来高等部の特別寮生なの、最初から知ってたから」

「記憶戻った後は、紫貴と逐一連絡取り合ってたからね~。宝来のことも、家のことも、紫貴には色々助けられたよ」

「まぁ俺も、黄清には早いところ家の問題にケリをつけて、宝来で合流して欲しかったからな。お互いにメリットがあっての協力関係だ」


 そう締め括った紫貴の言葉を静かに聞いていた最後の一人、翠斗は、仲間たちの〝これまで〟にほんのり苦笑する。


「――で、俺が入学式の前日、特別寮の顔合わせで〝前世〟を取り戻す、と。正直、ここまで人格が出来上がった後に〝ヴィル〟が戻ってくると、違和感どころの話じゃないけど」

「寿家の次男坊といえば、知る人ぞ知る究極の引き籠り、だったもんな~。俺も噂でチラッと聞いたことがあっただけで、まさかそれが〝ヴィル〟だなんて思わなかったし」


 知ってたらどうにか会う算段つけたんだけど、と話す橙雅も苦笑気味だ。『〝七人〟の誰かに会う』ことがトリガーということは、会ってみるまでは誰がどこに居るのか手がかりもないわけで、手段を講じようにもやりようがなかったのだろう。


「……翠斗は、どうして今まで引き篭もっていたの?」


 何となく気になって聞いてみると、彼は盛大に苦笑って。


「それこそ、〝よくある話〟だよ。俺、十離れた兄がいるんだけど、その兄がとてつもなく優秀だったらしくてさ。蓬莱の幼等部からクラスの中心人物で、高等部ではもちろん生徒会長を務めて、卒業後は一流大学にストレート進学、今では父親の会社で経営の中核を担ってる。俺は幼い頃から科学が好きで、科学関係の成績こそずば抜けてたけど、他は平均を行ったり来たりの平凡さ……となれば、親や周囲は俺をどう見る?」

「あぁ……『お兄ちゃんはあんなに何でもよく出来たのに』パターン?」

「当たり。そうやって比べられるうちに学校行くのが嫌になって、初等部の頃にはもう引き篭もりだったかな。幸い自由に使えるお小遣いは山のようにあったから、それで科学道具を通販購入して、実験を繰り返して、得たデータや所見をネットの片隅でひっそり公開してたら、どっかの偉いセンセーが『論文書いてみないか』って持ちかけて来たんだよ」

「話だけで、記憶戻る前の翠斗もかなり凄かったことが分かるけど……」

「今なら俺も分かってる。けど、その頃には親も俺のこと諦めて、居ないモノとして扱ってたから、鼻を明かしたい気持ちもちょっとあってな。書いた論文をセンセー伝いで発表してもらったら、なんか凄い発見だって持ち上げられて、あれよあれよという間に宝来高等部の特別寮へ入寮が決まってた」

「翠斗の場合、実は籍だけはずっと宝来学園にあったらしいからな」

「中等部までは一応義務教育だから、学費さえ払っとけば卒業できるし。高等部への内部進学試験を例の論文で特例パスした形で、高等部へ進学した感じだろ」


 幼等部からの宝来生で、学園の仕組みに詳しい橙雅と紫貴の説明に、当人だけでなく周りも感心し頷いている。真面目に試験を受けた生徒たちが可哀想な気もするが、そういう特例が上の一存で認められやすい臨機応変なところは、私学の良い面かもしれない。


「入る前までは、特別寮でも引き篭もる気満々だったけどさ。『歓迎会だけでも』って誘われて渋々顔を出してみれば、まさか〝前世〟の兄弟たちとご対面して記憶が戻ってくるなんて、割と本気でびっくりしたよ」

「そういう事情なら、びっくりどころじゃないでしょうね」

「白雪は、生まれたときから記憶あったんだっけ?」

「さすがに赤ん坊の頃の記憶は曖昧だけれど、物心ついたときにはもう、〝前世〟の全部と〝今世〟の状況は把握していたわ」

「亘矢もそんなこと言ってたな。この違いは何だ?」


 紫貴の疑問に、白雪も含めた周囲が首を捻る。予想しようにも、現状、あまりに推測するための材料が少なすぎた。


「……今のところ、〝前世〟の記憶があって困ることはなさそうだし。記憶のことは、記憶についての不都合が出てきたときにでも、また改めて考えましょう?」

「確かにそうだな。――今はそれより、」

「〝乙女ゲーム〟だっていうこの〝世界〟と、世界征服を企んでいる〝最強の悪役令嬢〟とどう対峙しつつ、つむぎを守るか。そっちに集中しようぜ」


 晴緋の言葉に、元〝小人〟と〝白雪姫〟の七人は、真剣な表情で頷くのであった。



  * * * * *



 過去に〝家族〟だった彼らとの会話をざっくり思い返し、白雪は千照に気づかれないよう、内心で深々とため息を吐いた。〝攻略〟を重視している千照には申し訳ないけれど、特別寮のメイン攻略キャラらしい七人と白雪が恋愛関係へ発展する未来は、世界が逆さになっても訪れないだろう。今の彼らは、人として生まれ変わった新たな〝世界〟を堪能するのに忙しく、恋愛する気があるかどうかすら怪しい。


(……まぁ、恋愛する気はなくとも、つむぎさんのため、〝最強の悪役令嬢〟さんとやらの対決には積極的でいてくれるから、ヨシとしてもらいましょう)


 千照の最終的な目的も、白雪の恋愛成就よりは〝最強の悪役令嬢〟の野望阻止であったはず。ラスボスの世界征服さえ止められれば、ゲーム的エンディングを迎えた向こうで白雪が独り身でも、そこまで気にしないだろう、と、思いたい。


「……白雪ちゃん? どうかした?」

「――いいえ。なんでもありません。結論、わたくしはこのまま、特別寮の皆様との仲を深めるべき、ということですものね」

「うん、そういうこと!」


 明るく笑う千照に、白雪も笑顔を返して。


「千照さん。そろそろお夕食の時間ですわ」

「あ、ホントだ! 一緒に行く?」

「えぇ、ご一緒させてください」


 和やかな空気を保ちつつ、千照と連れ立って、部屋を後にするのであった。


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