4月19日〈ルート共通イベント・幕前〉③
「この際、必ずしも千照さんの言う『白雪姫と七人のイケメン』の攻略をなぞる必要はないと思うの。仮にここが本当にゲームの世界だとしても、わたくしたちが揃って転生してきてしまった時点で、どう足掻いてもゲーム通りになりようがないのは分かり切ったことだから」
「だなー」
「――ただ、一点だけ。千照さん曰く、この学園には、主人公と敵対して世界征服を企む〝最強の悪役令嬢〟さんがいらっしゃるらしくてね。その方の野望を完全に潰えさせるには、メイン攻略対象七人と隠し攻略対象二人、全員の協力が得られる〝大団円ルート〟へ進む必要がある、らしいの」
「うわ出た、〝悪役令嬢〟。お約束ってやつか?」
「〝世界征服〟なんて、そんな特撮ヒーローのヴィラン的野望を、大真面目に掲げてる奴がいるとは」
「……聖蒼、紫貴。あんまり面白がらないで」
ため息をついた白雪に、向かいのソファで話を聞いていた晴緋が、くすりと笑って。
「まぁ、特撮ヒーローのヴィラン的野望なのは、間違いないけど。――この宝来学園に通えるような人間なら、やり方次第じゃその野望も達成できちまいそうなのは、確かに脅威か」
白雪の懸念を、元長兄らしく、ズバリと言い当ててくれた。
大きく、数度頷いて、白雪は千照からの情報を捕捉していく。
「千照さんによれば、その方は目的のためなら手段を選ばない悪辣な人柄で、悪事も裏から何重にも手を回して仕組んでるから、ゲームを一周しただけじゃ彼女の仕業と気付くことすら難しいのですって。だからこそ、メイン攻略対象の七人と隠し攻略対象の二人、合計九人を攻略することで開かれる〝大団円ルート〟で、その本性とこれまでの悪事を徹底的に暴かないといけないそうよ」
「ふーん。そんなヤバい奴がこの学園に紛れ込んでるんだ?」
「それは確かに、放っておくのは危ないかもねぇ~」
「そうでしょう? お継母様――つむぎさんの、ために」
満を持して発した白雪の言葉に、七人の首肯がぴたりと揃う。どうやら皆、考えていたことは一緒らしい。
橙雅が難しい顔で腕を組む。
「〝今世〟のルル――飯母田にとって、一番大事なのは実家の和菓子の販路を広げることだからな。その〝悪役令嬢〟とやらの野望と飯母田の目的がぶつかれば、反目する未来は避けられない」
「メテオ――亘矢がいる限り、余計な心配な気がしなくもないけどね~。〝最強〟とまで言われる人なら、警戒しといて損はないかな~」
「ルルって〝今世〟でも〝策謀の魔術師〟とか呼ばれるほど頭回るくせに、相変わらず変なところで仁義を通そうとする真っ向気質みたいだし? そういう人ってたぶん、〝最強の悪役令嬢〟みたいなタイプとは相性悪いだろうから」
橙雅、深藍、黄清の呟きに、理解の早い残り四人もすぐさま呼応して。
「……なるほど。メテオへの知らせはどうする?」
「まだこの世界が本当にその〝乙女ゲーム〟に沿ったものか、確証はないんだ。まずは俺たちだけで様子見しようぜ」
「晴緋に賛成。学園の様子と〝乙女ゲーム〟がどの程度リンクしてるかは、三界さん伝いで分かるだろうし。白雪の負担が大きくなるけど、できる限りは俺もフォローするよ」
「――じゃあ、今後の方針としては、〝最強の悪役令嬢〟とやらの野望を食い止めるべく、俺らと白雪は〝大団円ルート〟で協力できる程度に仲良くしつつ、三界のご令嬢を通じて情報収集に務める、ってことで良いか?」
「賛成」
「異議なし」
紫貴、晴緋、聖蒼の言葉を受け、翠斗が全員の意見をまとめた方針を打ち出す。〝七人の小人〟の〝四番目〟として生まれたからか、〝前世〟の彼は自然と全員の意見調停役を担っており、〝今世〟でも受け継がれているのだろう。
――そうだ、〝今世〟といえば。
「ねぇ、話は変わるんだけど。オリエンテーションの日、橙雅が言ってた『翠斗はヴィルの記憶が戻って間がない』ってどういうこと? わたくし、これまで〝前世〟を覚えている人には、狩野先輩くらいしか会ったことがなくて」
「あぁ。一年のとき、俺らと話した亘矢もそんな顔してたっけか」
亘矢と同じ三年A組の橙雅と紫貴が頷き合う。彼らにしてみれば、〝前世〟の記憶について説明するのは二年ぶり二度目、というところらしい。
「オリエンテーションのときも言ったけど、俺らは生まれたときから〝前世〟を覚えていたわけじゃない。記憶が戻る引金ははっきりしてて、『〝前世〟に〝小人〟だった誰かと出会うこと』だ」
「つまり、貴方たちみんな、この学園に入って記憶を取り戻した……ということ?」
白雪のこの質問には、七人がそれぞれ、顔を見合わせて。
「――俺と橙雅はそうだな。俺たちは幼等部から宝来生だったから。橙雅と初めて会ったとき、ぶわっと頭の中に〝前〟の記憶が蘇ってきた感じ、だ」
「そうだったな~」
三年生組である、紫貴と橙雅が頷き合う。紫貴の家、布袋家は鎌倉時代より続く武術の名門で、橙雅の実家である沙門家も旧華族の、政財界に強いパイプを持つ強い家だ。彼らが幼等部から宝来生なのは、想像に難くない。
「俺は宝来に入ったの、初等部からでさ。初等部じゃ、学年が違うとそう会うこともないから、実は学校で記憶が戻ったわけじゃないんだよ」
続いて話し出したのは、晴緋。いつも通りの明るい笑みで語りつつ、隣に座っていた橙雅の肩をぽん、と叩く。
「橙雅は昔から、バスケ大好き少年でさ。サッカー好きの俺と気が合うだろうってことで、小学二年生の頃だったか? どっかのパーティで引き合わされたんだよ」
「あぁ。お互い宝来生だし、歳も近いし、話も合うだろう、ってな。俺の父親と晴緋の父親、両方と面識のある知人がたまたま居たらしい」
「あの頃の俺はサッカー一筋だったから、バスケなんかやってる奴と話す暇があるならサッカーしたい! って直前までダダ捏ねてたの、今でも覚えてるわ。いざ引き合わされてみたら、〝アフィ〟の記憶が戻ってそれどころじゃなくなったけど」
「俺だって、顔見た瞬間に『ヴィクト!』って叫ばれてビビったわ。まさか俺きっかけで記憶戻るなんて思わねぇし」
「晴緋が橙雅の顔見て思い出したことで、『〝七人〟の誰かに会う』ことがトリガーだって仮説が立ったんだったか」
「そうそう、そうだった」
晴緋、橙雅、紫貴が盛り上がる斜め前で、隣り合って座っていた聖蒼と深藍が顔を見合わせる。
「ってことは、たぶん、その次に思い出したのは俺らか。俺が小二、深藍が小三のときだったから」
「そうなるねぇ」
「聖蒼と深藍は、どうやって記憶が戻ったの? 聖蒼もだけど深藍も、元は一般家庭出身なのよね?」
「――実は意外と、生活圏が近かったんだよ」
深藍は小学校に上がる前からずば抜けたピアノの腕前が評判となり、小学生のピアノコンクールなどで、数々の受賞歴があったらしい。
そんな深藍が出場していたコンクールの一つに、聖蒼の姉も出たことがあったのだという。
「まぁ深藍と違って、姉貴は記念受験みたいなもんだったけど。一応は出場者の一人だから、控え室とか練習室とか、そういう舞台裏的な場所にも家族特権で入れてさ。――そこに出番前の深藍が歩いてきて、視線が合った瞬間、こう、一気に〝前世〟が雪崩れ込んできた感じ」
「いやぁ、あのときはびっくりしたよ~。すぐに〝ペルセ〟と話したかったけど、出番直前だったしさぁ」
「充分だろ。見つめ合って固まった俺らを、お互いの家族が急かして引き離そうとした瞬間、がっと腕を掴んで『客席で俺のピアノ、聞いてて』だぞ? 深藍の名前とビジュアルはピアノ界じゃ有名だったから、お前が去ってった後、『あの天才少年といつ知り合いに!?』って親から散々詰められた」
「それでも、ちゃんと客席にいてくれたじゃん。〝ペルセ〟が客席にいてくれたから、〝ヨーテ〟が戻ったばかりでも落ち着いて演奏できたんだもん。あのときはあれがベストだったんだよ~」
「……そんなパターンも、あるのね」
〝前世〟の記憶のトリガーが『〝七人〟の誰かに会う』ことなのだとしたら、特別寮に揃った彼らは、遅かれ早かれ、〝小人〟だった頃の記憶が戻る運命ではあったのだろう。けれどまさか、宝来学園とは全く関係のない場所でお互いに出会い、記憶を戻していたとは。
「弁財家に引き取られる前の深藍とは、自転車を二十分くらい走らせたところがお互いの家の中間地点、程度の距離で暮らしててさ。コンクールが終わってすぐ連絡先を交換して、遊ぶようになったんだ」
「俺が小四で弁財家の養子になったから、休みの度に遊べたのも一年くらいだけだったけどね~。連絡先が変わる度に共有はしてたし、関東近縁開催で子どもが居ても大丈夫そうなコンサートのチケットは送ってたから、こうして再会しても、久しぶり感はあんまりないよねぇ、聖蒼とは」
「……それに関しては文句を言いたい。深藍お前、宝来に〝アフィ〟たちがいること、意図的に黙ってたろ」
「それは俺たちも思った。〝ペルセ〟が既に記憶を戻して近くにいること、敢えて言ってなかったな?」
聖蒼と晴緋、双方から詰められた深藍は、悪びれなくしれっと笑い。
「え~? だってさぁ、聖蒼もテニスの遠征とかで忙しそうだったし、橙雅と紫貴と晴緋も特別寮生に選ばれて、大変そうだったし。俺は俺で、宝来生とは名ばかりな、演奏旅行三昧だったしさぁ。そんな忙しい五人のスケジュール把握して、全員揃う日を割り出して、会う場をセッティングするなんてムズカシイこと、俺にできると思う~?」
「あ~……」
「まぁ、うん、深藍だからなー……」
「そーいうこと。――それに聖蒼、中二になってすぐくらいに、『宝来学園から特待奨励生の誘いが来たんだけどどう思う?』って教えてくれたでしょ~? どうせ一年後会うなら、まぁ焦って話さなくてもいっか、って」
「結局めんどかっただけじゃねぇか!」
橙雅のツッコミが炸裂する正面で、深藍は変わらずほわほわ笑っている。その様は〝前世〟と変わらず、甘やかされた〝六番目〟のナチュラルな自由っぷりが〝今世〟も健在であることを知らしめていた。




