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間章・壱〈御伽話の表側〉

今回は優しい方の『間章』です。


 誰一人として分け入ることを許されぬ、不可侵の土地――〝オルドの森〟。


 太古の昔に国を閉ざし、今はもう伝説でしか語られない〝魔国オルドヌング〟が統治するという〝オルドの森〟と程近いその場所に、人と魔生物が共存共栄し、〝精霊国〟と謳われた国、〝アイントラ王国〟は存在した。


 領土は決して広くないものの、今はもう数を減らした〝魔法生物〟や〝精霊〟たちが実在する国。

 そして――謎に満ちた〝オルドの森〟に唯一隣接する国でもある。


 数多くの国の中でも特別な存在として、大陸中から注視されるその国に、ある深い雪の日、一人の王女が誕生した。


「子どもが、欲しい。雪のような白い肌を持ち、流れる血のごとく真っ赤な唇で、黒檀の窓枠のように艶やかな黒髪をした……娘が欲しい」


 生母(はは)が望んだままの容姿を持って生まれ、けれど、そう望んでくれた生母とは、物心つく前に死別し。

 四つの頃、新たに嫁いできた若いお妃には、継子ゆえか冷たく当たられて。

 ――王女でありながら、孤独な幼少期を過ごした彼女に、転機が訪れたのは七つの頃であった。


「お妃様が、貴様を目障りだと言っておられる。森へ連れて行って殺すよう言われたが、そこまでせずとも、この〝オルドの森〟へ足を踏み入れたが最後、貴様が長く生きることはないだろう」


 継母(ままはは)である新王妃に仕えている狩人によって、ある日突然連れて来られたのは、王国と隣接する〝オルドの森〟の外れ。冷たい目をした狩人は、呆然とする彼女に目もくれず、薄暗い森の中へ彼女を置き去りにして、姿を消した。

 独り残され、泣きながら森の中を進む、彼女の目の前に現れたのは。


「ここって……おうち?」


〝オルドの森〟の外れにひっそりと佇む、決して大きくはないけれど、温かみに溢れた一軒家だった。

 その温もりに惹かれるように家へと入り、中にあった食事を勝手に食べたり、ベッドで勝手に寝入ったりした彼女は、当然その後、帰ってきた家主たちに起こされ、叱られることとなったのだが。

 ――驚いたことに、その〝家主〟たちは、彼女の知る〝人〟ではなかった。


「俺たちは〝ドワーフ〟。人の役に立つため生み出された、魔生物だ」


 自分たちを〝ドワーフ〟――〝小さい人〟と名乗る七人組の一人が言った。〝小さい人〟の異名通り、大人のような顔立ちで、大人のような振る舞いをする彼らの背はせいぜい、七つの彼女と同じか、少し低いくらいだ。

 魔生物など、城にいるユニコーンくらいしか見たことがなかった彼女は驚いて、彼らを見回す。


「魔生物? 人のように歩いて、話すのに?」

「俺たちは、(あるじ)によって創られた、特別な魔生物だからな! 世界にたった七人、俺たちだけしか居ない」

「魔生物ってつくれるの!?」

「それができるのも、主だけだ。主は偉大な存在だから」


 そう誇らしく話すのは、どうやら七人の〝ドワーフ〟のリーダー的存在らしい、赤い服を着た小人。


「俺は、アフェクシオン・アイン! 主によって最初に生み出された、〝開運〟を司るドワーフだ! 〝アフィ〟って呼んでくれ」

「開運を、つかさどる?」

「俺たちドワーフは、人の役に立つために生み出されたから。主は、俺たち一人ひとりに、人へ与える幸運の力をくださったんだよ」


 赤い小人、アフィの後を継いで、橙色の服を着た小人が笑う。


「俺の名前は、ビクトワール・ツヴァイ。二番目のドワーフで、〝勝利〟の幸運を司っている。みんなからは〝ビクト〟って呼ばれてるよ」


 そして、残りの小人たちも、次々と。


「初めまして、お嬢さん。三番目に生まれた〝黄〟のドワーフ、コンシデラシオン・ドライといいます。呼ばれ方は〝デーラ〟、司る幸運は〝富〟。よろしくね」

「僕は、四番目に生み出された〝緑〟のドワーフ、ヴィルジニテ・フィーア。〝知恵〟の幸運を司っているよ。〝ヴィル〟って呼んで」

「五番目、〝青〟のドワーフの、ペルセヴェランス・フュンフです。〝ペルセ〟って呼ばれてて、司る幸運は〝長寿〟かな」

「……六番目に生まれた〝藍〟のドワーフで、名前はえっと、ロワヨーテ・ゼクス。みんなは〝ヨーテ〟って呼ぶかな。あっ、〝技能〟の幸運を司ってます!」

「俺が七番目、最後に生み出された〝紫〟のドワーフだ。名前はジェネロジテ・ズィーベン。司る幸運は、〝繁栄〟。気楽に〝ジェネ〟と呼んでくれ」


 自己紹介を終えた七人は、再び彼女へ視線を戻して。


「――それで、君の名前は?」


 当たり前のように問いかけてくれる。

 人生で初めて、練習でなく名乗る機会が巡ってきたのだと気付いたのは、かなり後になってからだったけれど。


「わたくしの名は、ブランシュネイル・フォン・シュバルツ・アイントラント。父からは〝フラン〟と呼ばれておりました。〝オルドの森〟と程近い〝精霊国〟、アイントラ王国の王女です」

「〝精霊国〟のお姫様!? そんな人が、どうして〝オルドの森〟に?」

「それが……わたくしにも、よく分からなくて」


 彼女――フランは、継母に仕える狩人の手で森へ連れて来られたこと、そして「王妃が目障りだと思っているから」という理由でそのまま捨て置かれたことを、ありのまま、小人たちに話した。

 優しい小人たちは、フランの境遇に、深く同情してくれて。


「なんてことだ! 可哀想なフラン!」

「そういうことなら、これから、ここで一緒に暮らせば良いよ!」

「そうだね。フランが家のことをしてくれたら、僕たちも楽になるし」

「ちょっと、デーラ。いずれは任せるかもしれないけど、まずは家の暮らしに慣れるところからでしょ」

「フランはまだ小さいし。ゆっくりここでの生活に慣れていこう」

「うん。いっぱい遊ぼうね」

「――そういうことなら、まずはフラン用のベッドと食器を作らないと、だな」


 快く、八人目の住人として、彼女を受け入れてくれた。


 ――小人の家での生活は、これまでフランが経験してきた城での暮らしとは、何もかもが違っていて。


「ねぇ、フラン。フランの服を作ってみたんだけど、着れるかな?」

「……どうやって着たらいいの?」

「えーっと……もしかして、自分で服を着たことがない、とか?」

「お城じゃ、メイドが全部やってくれていたから……」

「あー、そっか。そこからか~」


 衣服の着脱一つから、小人たちに教えてもらったり。


「きゃ! このパン、硬い!」

「そいつは、スープに浸して食べる用のパンだよ」

「そんなのがあるの……?」

「えっ、食べたことなかった?」

「いつも出るのは、柔らかくて白いパンばっかりで……」

「あ~、小麦を細かく挽いた粉で焼く、高級なやつな。そいつは日持ちしないし、作るのにも手間がかかるから、庶民は滅多に食べないんだよ」

「そうなんだ」


 食事一つとっても、お城の常識は世間の非常識なのだと思い知らされたり。


「何作ってるの……?」

「やっほー、フラン。今ね~、フランのベッド、作ってるよ~」

「ベッド? 今使ってるのじゃダメなの?」

「あれは俺らのお下がりだから、今のフランにはピッタリでも、そのうち窮屈になるでしょ~?」

「きゅうくつ?」

「俺らと違って、フランはこれからまだまだ背が伸びて、大きくなるんだからさ。今のうちに、フランが大人になってもゆったり寝られるベッド、作っとこうって話になったんだ~」


 時に、種族の違いを目の当たりにしたり。


 決して一筋縄ではいかない、新生活。それでも、一緒にいることを当たり前と受け止めて、一緒に生きていくための努力と工夫を尽くしてくれる小人たちの姿に、心に、いつしかフランの心は溶かされていた。


 リーダーシップがあって頼りになり、真っ直ぐな心を持ったアフィのことは、兄のように慕い。

 太陽のような明るさを持つ、皆のムードメーカーなビクトに、祖母のような親しみを覚え。

 皮肉屋だけれど、どこか甘えん坊な愛され上手のデーラは、まるで妹の如くで。

 理性的で合理的、だからこそ皆のことをよく見ているヴィルには、母の面影を見て甘え。

 優しく深い包容力を持つペルセのことを、姉の如く頼りにして。

 どこかマイペースで放っておけないヨーテを、弟にするみたく構い。

 ――そんな皆をゆったりまとめるジェネを、祖父のように頼って。


 一つ季節を超えて、共に過ごす時間が長くなるごとに、フランは小人たちを知り、小人たちもフランを知って、ゆっくりと、確実に、互いの絆は深まっていった。できることが増えるたび、小人たちは我がことのように喜んで、フランを褒めてくれて。

 それは、あの豪華な城で、召し使いたちに囲まれて、けれど誰とも人間らしい情を交わすことなく孤独に生きてきたフランにとって初めての、〝人間らしい〟毎日でもあった。小人たちはあくまでも魔生物であったため、〝人間〟の繊細な情に疎いところもあったけれど、その違いを楽しみながら、理解し合いながら生きる日々もまた、幸せで。


「フランは、随分と慣れてくれたよね」


 ……時折、微睡(まどろみ)の中で、居間にいる小人たちが自分の話をしているのが聞こえてくると、何故だか無性に嬉しくて、必死に起きていようと、いつも眠気に抗っていた。


「最初の頃は、どうなることかと思ったけどな」

「お姫様育ちなのは、仕方ないもんね。――もまさか、こんなことになるなんて思ってないから、普通に王女としての教育を受けさせてた、って言ってたし」

「けど、フランは素直で良い子だからな。俺たちが言うこともちゃんと聞いて、慣れようと努力してくれてる」

「手際がまだまだおぼつかないのだって、人間の七歳児って考えたら、頑張ってる方だよね」

「うん、そう思う~。ベッドだって、小さな手で木槌持って、お手伝い頑張ってたよ」

「フランが、ここでの生活を楽しんでくれることが、一番大切だからな!」


 フランが寝た後も、フランのことを気にして、フランについて話してくれている。彼らがフランのことを思う心は、もしかしたら人の情とは少し違うのかもしれないけれど、幼い彼女にとってほとんど初めて味わう〝愛情〟であることに変わりはなかった。


「実際のところ、お城にはいつ頃戻れそうなのかなぁ?」

「なるべく早く、どうにかしようとはしてるみたいだけど。あんまり焦って〝オルドの封印〟が解けるようなことになったら、本末転倒だしね」

「そこなんだよなぁ。――が外へ出る羽目になったのも、結局は〝封印〟との兼ね合いだろ?」

「けど、あと十年も経てば、〝返還魔術〟の使用可能圏内になるんでしょ? じゃあ、フランが過ごすのもその頃までなんじゃない?」

「俺たちとしちゃ、いつまでいてくれても構わないけどな。アイントラの世継ぎの姫が、いつまでも森の中ってわけにもいかないだろうし」

「――も色々考えてはいるみたいだ。デーラの言うように〝返還魔術〟はあと十年もすれば使えるようになるけど、仮に成功したとして、すぐ森を解放するわけにもいかないし」


 ……彼らの話は難しくて、よく分からないことも多いけれど。


「十年かぁ。――が俺たちを創って、俺たちが〝生きた〟時間からすれば、一瞬みたいなもんだけど」

「ジェネが最後に〝生まれて〟から、どれくらい経った?」

「さぁな。しっかり数えてたわけじゃないから曖昧だが、百年ちょいは経ってるんじゃないか?」

「そんなもんか。そう考えると、十年なんてすぐなんだろうな」

「けど、フランは人間だし、僕らとは感じ方も違うでしょ。人間の、しかも子どもにとっての十年は大きいよ」

「あ~、確かに。……のとき、思ったよね」

「たった十年でこんなデカくなるのか、って思ったなぁ、そういえば」


 難しい話の連続に、フランの意識はどんどんと、夢の中へ導かれていって。


「俺たちにとってはたった十年でも、フランにとっちゃ、大事な十年だ。フランが人として立派に成長できるよう、俺たちも精一杯、頑張らないとな」


 優しい言葉を子守唄に、穏やかな夢へと、足を踏み入れていくのだった。




 後に、フランは。彼らの会話に秘められていた〝真実〟の欠片を拾い集めては、「あのとき気付いてさえいれば」と、後悔に咽び泣くこととなるのだが。

『シュネーヴィトヒェン』――〝雪の如き真白の姫〟であった頃の彼女はまだ、真綿に包まれ守られていた幼子に過ぎず、見えている〝世界〟もまた、優しく温かな揺り籠であり続けていた。


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