オリエンテーション・鬼ごっこ〈ステータス決定イベント?〉③
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「――え? 『鬼ごっこ』の内容が違う?」
ゲーム開始直後、〝司令塔役〟の一人として体育館内にある部屋の一つに腰を落ち着けた白雪を訪ねてきて、深刻な顔で切り出したのは千照だ。
「この『オリエンテーションゲーム』イベントはね、ゲームだと、主人公のステータス補正率に関わってくる、重要イベントなんだ。後の展開にも影響してくるし、なるべく落とさないようにしようと思ってたのに……まさか、ルールそのものが違うなんて」
「そうなのですね」
放送を聞いていたときから、彼女の表情は不自然に強張っていたため、何かあるのだろうなとは思っていた。〝我々〟が入っている時点でゲーム通りにはならないと知っていたし、千照に伝えてもいたが、重要イベントらしきものまで改変された様を目の当たりにすると、当人としてはやはりショックらしい。
「それで、ゲームの方のイベントは、どのようなものなのです?」
「『姫イケ』での『鬼ごっこ』はね、要するに新入生向けご褒美イベントって感じで。新入生の『市民』は、『アイドル』な特別寮の七人を捕まえて、捕まえられた特別寮生は証のリボンを相手に渡して、相手のお願いを一つ聞く、みたいな」
「あ~、少女マンガで見たことありそうな展開ですね。いつも思いますが、共学校でそれをやって、実際のところ盛り上がるんでしょうか? 女子にとっては〝ご褒美〟でも、男子にとってはそうでもありませんよね? 男女の純粋な運動能力を鑑みるに、〝ご褒美〟を得られる率は男子の方が高いでしょうに」
「最終的に〝ご褒美〟もらえるのは〝ヒロイン〟だけって決まってるんだから、考えるだけムダってやつじゃない?」
「なるほど。メタ的視点に立っているわけですか」
付き合わされるその他大勢のモブにとっては、迷惑極まりない話である。
「二、三年生は『ガードマン』役で、『アイドル』を狙う『市民』を捕まえる、って感じ。もちろん、これだけだと『ガードマン』が強すぎるから、救済策も用意されてたはず。本筋とは関係ないから、ぼんやり描写だったけど」
「確かに、今ご説明頂いた内容だけですと、三すくみの陣営に数の差が大きすぎて、そもそもゲームが成り立ちませんものね」
「うん。……でも、間違いなく、『市民』が『アイドル』からリボンをもらうのが、ゲームの主題だったのは間違いない。こんな、クラス対抗戦みたいなこと、してなかったよ」
「役職名も、『市民』以外は全く異なりますね」
「『脱走者』と『警察』でしょ? いかにも『鬼ごっこ』なネーミングだけど……どうしよう、特別寮七人のリボンがないと、ステータス補正がかかるか、分からない」
千照の表情はいかにも深刻そうではあるものの、自身がプログラミングされた存在ではないと誰よりも知っている白雪にしてみれば、その〝ステータス補正〟とやらの存在こそ、疑わしい。
疑わしくは、あるけれど。
「その、〝ステータス補正〟とは?」
ひとまず、情報は得ておこうと切り出した白雪の声に、千照はパッと顔を上げた。
「うん。主人公には、ゲーム内に二つのステータスグラフが設定されててね。それぞれ〝学力〟と〝人間的魅力〟って呼ばれてるんだけど」
「変なところで現実的なステータスですね……」
「〝学力〟の方は単純に、国数英理社の五教科プラス、体育と音楽の七項目。まぁ厳密に言えば、体育には技術家庭が含まれてて、音楽には美術も含まれるんだけど」
「実技科目が五教科に比べて軽視されがちな風潮まで、律儀にシステム反映させなくても……」
「人間的魅力の方は、外見、知力、体力、コミュニケーション能力、愛情深さ、の五項目。――でね、ここからが本題なんだけど」
「ここまで前置きでしたか……」
なんだろう。前置きの時点で既に、この世の世知辛さを味わったような気がしないでもない。
「実は、このイベントで主人公が捕まえるキャラごとに、対応するステータス値が上がりやすくなる〝ステータス補正率〟っていうのがあるの。このイベント、話の都合上、聖蒼くんと深藍は固定でリボンをくれるんだけど。その二人以外の、ってことね」
「残りの五人……つまり、〝学力〟と〝人間的魅力〟で、それぞれ一つずつ、ということですか? 学力の体育と音楽は、それぞれ〝福禄聖蒼〟と〝弁財深藍〟枠でしょうから」
「そういうこと。晴緋は社会とコミュニケーション能力、橙雅は英語と体力、黄清は国語と外見、翠斗は理科と知力、紫貴は数学と愛情深さにそれぞれ対応してて。このイベントで対応キャラのリボンを手に入れると、それぞれの〝ステータス補正率〟が上がるって仕組み」
「つまり、例えば〝大天晴緋〟を捕まえてリボンを手に入れれば、主人公のステータスのうち、〝学力〟の〝社会〟と〝人間的魅力〟の〝コミュニケーション能力〟の項目が、それぞれ上がりやすくなる、というわけですね?」
「完璧な理解だよ。さすが白雪ちゃん」
手放しで白雪を称賛しつつも表情は晴れず、千照は憂い顔でため息をつく。
「ゲームと違って白雪ちゃんは既に完璧なお姫様だから、あのリボンなくても大丈夫かなとも思うんだけどね。私たち、一周目で〝大団円ルート〟目指すっていう、結構無茶なことしてるし。かけられる保険はかけておきたかったんだけど……」
「『鬼ごっこ』の内容そのものがゲームとは違ってしまっていた、と。――お話、よく分かりました」
幸い白雪も、『警察』の実数を減らす見返りに一年A組を狙わないよう『脱走者』へ持ちかける取引を思いついたところだった。特別寮の〝彼ら〟とは、一度きちんと顔を合わせて話もしておきたかったし、諸々ちょうど良いかもしれない。
――この〝現実〟において、意味合いの変わったリボンに、神頼みほどの力もなかったとしても。白雪が〝彼ら〟のリボンを手にすることで、千照が安心するのなら。
「少し、わたくしに考えがあります。この『鬼ごっこ』の制限時間が終わるまでには、どうにか〝彼ら〟のリボンを手に入れられるよう、策を立ててみますね」
「白雪ちゃん……ありがとう」
涙ぐむ千照へ、白雪は穏やかな微笑みを向けた――。
* * * * *
――という先ほどの一幕を、時間もないことだしと大幅に端折り、「詳細は追って話すけど、特別寮生のリボンをわたくしが取らないと情緒不安定になる子を落ち着かせるためなの」と説明したところ、同じクラスの聖蒼を始め、全員から「大丈夫かソイツ」の所感を頂いて。
「まぁ……ざっくり言えば、人助けのためだった、ってことか?」
「大枠では、そう捉えてもらって問題ないわ。詳細を話していくと、またちょっとニュアンスが違ってくるのだけれど」
紫貴の質問にそう答えたところで、『鬼ごっこ終了まで、あと三分です』の校内放送が入る。
「もうすぐ時間だな~」
「てか、早いよ。せっかくフランと、また会えたのに」
「あ、そうだ。――終わる前に、これだけは言っとかないと」
ふと雰囲気を変えた橙雅が、全員をぐるりと見回す。
「なんの偶然か、運命の悪戯かは知らんが、俺たちは〝前の世界〟の記憶を持ちながら、こうして同じ〝世界〟に生まれ直した。……けど、これがヒョイヒョイある話じゃないのは、全員、分かってると思う」
「どうしたよビクト、改まって」
「それだ、ヴィル。――いや、翠斗」
言い直したことで、白雪も彼の言いたいことを察する。
「……名前。それと、関係性、ね?」
「あぁ。〝前の世界〟の俺たちにとっちゃ、フランは可愛い末っ子で、我が子でもある存在だけど。〝今の世界〟の俺たちと姫川白雪の接点は、この学園で顔を合わせるまで、全くのゼロだった。……いずれ親しくなるにしても、親しくなるまでの過程は、ある程度演出した方が良いって、俺は思う」
「……そういうこと、か。俺も確かに、はたから見たら、いきなり性格変わった感じがするだろうしな」
「翠斗は特に、ヴィルの記憶が蘇って、まだ間もないもんなぁ」
「……え?」
今、聞き捨てならない言葉が聞こえたような。
「みんなって、生まれたときから〝前世〟を覚えてたわけじゃ、ないの?」
「あー、白雪は亘矢タイプか」
「俺たち、ある程度大きくなるまでは、〝小人〟だった〝前の世界〟のことはほとんど思い出せてなかったよ。薄ぼんやり夢で見たりはしてたっぽいけど」
「やっぱり、〝前世〟が人間だったか、そうじゃなかったかは大きいのかなぁ?」
きょとんと首を傾げる深藍に、白雪はふるふると首を横に振って。
「あんまり、関係ないと思う。〝小人〟であっても、あなたたちの〝魂〟はほとんど完成されていたもの」
「……まぁ、それは僕らの〝作り手〟が凄かったんだけどね」
「えぇ。――知ってる」
白雪が頷いたところで、スピーカーから、『鬼ごっこ』終了を告げる音楽が、響いて。
「……終わったら、体育館へ移動、だったな」
「取り敢えず、この部屋を出たら、一旦〝前の世界〟の話題と名前は厳禁で。――詳しい話はまた、時間を見つけて連絡する」
ちらりと気遣う眼差しを向けてきた紫貴に、白雪はゆっくり、頷いて。
「――はい、布袋先輩。どうぞお任せくださいませ。こう見えても、令嬢仕草は得意な方ですの」
――鮮やかに、笑って見せた。
これより少し後、結果発表の時間にて。
「終了間際に、特別寮の『警察』を一網打尽にした、優れた能力を持つ『市民』」として全校生徒の前で紹介され、自身が一躍脚光を浴びる未来を。
……このときはまだ、知らないまま。




