オリエンテーション・鬼ごっこ〈ステータス決定イベント?〉①
「うわっ、『警察』!? 違う、えっ、『脱走者』? なんで??」
「てか、飯母田さん!? 飯母田さんが『監察内通者』とかチートだろ!」
「『監察内通者』なら『警察』だけ狙ってくれ~!!」
突然現れたつむぎにリボンを奪われた『脱走者』たちの悲鳴が、体育館内をこだまする。
「申し訳ない! これには止むに止まれぬ事情があって! お菓子で手を打ってくれ!」
「どんな事情だよ!」
「――二年連続、二年A組『鬼ごっこ』優勝!!」
「「「それを阻止すべく動いてたんだよこっちは!!」」」
つむぎが、二年A組以外の『脱走者』の気を引いてくれている間に、白雪はそっと、こっそり、体育館横の扉から滑り出る。――この地点に『脱走者』がいないのは、予め確認済みだ。
(えぇと……まず向かうべきは、体育倉庫エリアね)
アプリで『脱走者』の動きを確認し、行くべき場所を素早く決める。白雪の目的は『警察』だが、『脱走者』の動きをアプリで確認すれば、彼らを追いかけている『警察』の動きも、自ずと見えてくるというもの。
(〝前世〟の内乱時の軍指揮に比べたら、平和な国の、まだまだ幼い子たちの白兵模擬戦なんて、可愛いものよ)
飼い慣らした鳥が見ている戦場での動きを、〝魔法〟で地図上にトレースしながら遠方で指揮を取ることだって、数え切れないほどやってきた。〝魔法〟が科学技術に変わっただけで、今やっていることは白雪にとって、〝前世〟の戦を模した単なるお遊びに過ぎない。つむぎと邂逅する前であれば、白雪は盛り上がるクラスメイトたちを、冷めた目で眺めるだけのお人形と化していただろう。
(でも――これからは違う。お継母様……つむぎさんと共に過ごす時間を冷めて過ごすなんて勿体無い真似、死んでもできない。つむぎさんのお役に立つ人間となれるように、〝今世〟こそ、人生を悔いなく生きるの)
クラスメイトでルームメイトの千照曰く、白雪はこの世界の〝主人公〟で、未だ名前を知らない〝最強の悪役令嬢〟さんとやらの野望を止められる、唯一の人間なのだという。この世界がどれだけ千照の言う『姫イケ』という元ゲームに沿っているのかは不明だが、自分にそういう役割があるのならば、少なくとも前世よりはつむぎの役に立てるのではないだろうか。
そんなことを思いながら、〝体育倉庫エリア〟に来てみれば。
「よーし、これでこの辺の『脱走者』は全滅させたかな~」
――思った通り。足の速さなら〝一番目〟と張れる〝五番目〟が、回収した赤いリボンを、何かの機械の光に当てているところだった。ちょうど一狩り終わったところらしく、周囲に人の姿は、ない。念の為アプリで確認しても、『脱走者』を示すアイコンは皆無であった。
(なるほど。あの機械で『脱走者』のセンサーを無効化しているのね)
変なところでお金がかかっている辺り、さすがはお金持ち学校である。――が、逆にそういう仕組みにしていたからこそ、つむぎに『脱走者』センサーを利用されたとも言えるが。
(何せつむぎさん、自クラスで奪った他クラスの『脱走者』リボンを、センサーが反応している状態のまま生き残りメンバーへ公平に渡して、ラスト十分でそれらを使った、隠れている『市民』の炙り出しと逃げ道封じ作戦に打って出ているから)
『警察』が奪った『脱走者』のリボンは、彼らが持つ手のひらサイズの機械によって無効化されるようだが、『脱走者』が奪った『脱走者』リボンは、センサーを殺す術がない以上、そのまま生き続けている。つむぎはそれらを、『鬼ごっこ』に残留しているクラスメイト全員が、数本ずつ持って移動するよう、指示を出していたようだ。ある頃から、画面上でやたら小集団になっている『脱走者』が増えたなぁと思ったら、どうやらそういうカラクリだったらしい。
――そして。二年A組の『脱走者』たちは、持っていたリボンを残り十分のこのタイミングで、各エリアの重要な通行ポイントに設置していった。そうすれば、アプリ画面上では『脱走者』がこの地点を見張っていることになり、アプリを与えられた〝司令塔役〟が逃げる仲間へ逃げ道を指示する際、自然と選択肢を狭めることができる。
そこまで来れば、あとは簡単。追い立て役が隠れている『市民』を追い、想定していた逃走経路の上なり窓越しなりで待ち伏せ役が待機し、逃げてきた者たちを一網打尽にすれば良い。場合によっては、追い立て役は残り時間に焦った他クラスの『脱走者』がしてくれるから、二年A組の負担はさらに減る。
(わたくしは、〝前世〟の経験上、戦場での兵の動きに慣れていたから、全く動かない『脱走者』の検知が罠だと見破れたけれど。……平和な世界で生きてきた十五歳の子どもたちでは、引っかかってしまうでしょうね)
これほどの作戦を難なく立てて実行する辺り、記憶はなくとも、やはりつむぎは白雪が敬愛する〝お継母様〟だ。〝前世〟でも、彼女が為した偉業の足跡を辿るたび、一生追いつけない気持ちにさせられたものだが……生まれ変わっても、きっと彼女は白雪に新鮮な驚きを与えてくれるのだろう。
(そんなつむぎさんが、わたくしを信じて、密約を交わしてくださったのだから。精一杯、励まなければ!)
改めて自信を鼓舞しつつ、白雪は敢えて足音を立て、『脱走者』のセンサー無効化を終えたらしい、『警察』の背後に立った。
――途端、俊敏に振り返る、青髪の彼の名は。
「福禄、聖蒼くん……でしたか? 〝今世〟のお名前は」
「……そういう君は、〝今世〟も〝白雪〟なんだね、姫川さん」
「…………えぇ。何の因果か、こんな名前で」
話しているうちに、熱いものが込み上げてくる。〝前世〟でも、穏やかで面倒見の良い〝彼〟には、随分と優しく甘やかしてもらった。
それは、きっと。
「――久しぶり、フラン」
「~~~ペルセッ!!」
腕を広げた彼に、躊躇いなく抱きつく。〝前世〟では成長すればするほど小さくなっていった〝彼〟の身体は、人となった今、当たり前だが白雪より大きく、がっしりしていて。
「ホントに人になっちゃったんだ……」
「どこから聞いても誤解しか生まない発言だよ、フラン」
「だって、昨日は本当にびっくりしたんだもの」
「それは俺らも一緒だって。まさかフランまで〝揃う〟なんて、誰も思ってないから。教室で見かけて、声掛けようか本気で悩んだ。かなり物思いに耽ってたから、遠慮したけど」
「あのときは……お継母様ともう一度お逢いできたことで、胸がいっぱいだったの」
「……昨日の夜、メテオから聞いた。〝俺ら〟が去った後の〝あの世界〟で、フランがルルのこと、色々知ったらしい、って」
「……うん。でもそれは、話すと長くなるから。また今度ね」
「確かに。今する話じゃないな」
「それより、みんなは? もう『監察内通者』に捕まっちゃった?」
「なわけないだろ。……もう時間も時間だし、俺らの待機部屋にでも一緒に行くか? 俺と一緒なら、フランも狙われないだろ」
「本当? ――嬉しい」
「じゃあ、招集かけとく」
「ありがとう」
微笑みつつ、生まれ変わっても世話焼き気質で優しい彼――〝前世〟は〝ペルセヴェランス・フュンフ〟と名付けられ、〝今世〟に福禄聖蒼として生まれ変わった少年へ、白雪はこっそり、心の中で手を合わせた。初手で彼と会えたのは幸運だったが、あちらにとっては不運である。これが〝七番目〟だったら、まず疑っただろうから。
「デーラとヴィル――黄清と翠斗は、もう待機場所にいるって。あの二人は元々、今回の司令塔だったから、そんなに移動もしてないし」
「〝今世〟は、そこまで体を使うお仕事でもなさそうだものね」
「仕事というか……まぁうん、仕事か。他の四人、晴緋、橙雅、深藍、紫貴も、既読はついてるから、そのうち戻ってくるよ」
話しつつ、聖蒼が入っていったのは、〝特別教室A棟〟。あまりお金持ち感を出さない宝来学園において、唯一高級感を漂わせる、異質な校舎だった。




