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オリエンテーション・鬼ごっこ〈ルート共通イベント〉①


『時間となりました。これより、新一年生歓迎オリエンテーションの、鬼ごっこ大会を開始します!』


 スピーカーから流れてきたアナウンスに従い、まずは一年生の『市民』が、六十を数えた後に二、三年の『脱走者』が、それぞれ教室を飛び出していく。


「――それじゃあ皆、手筈通りに」

「了解!」

「飯母田ちゃんも気をつけて! 飯母田ちゃんが沈んだら、ウチら終わるから!」

「心配するな。生徒会にも特別寮生にも、遅れを取るつもりはないよ」


 二年A組もまた、つむぎの立てた作戦に従い三手に分かれ、教室を出て散開していった。




 つむぎがまず向かったのは、敷地内の一番奥にある〝特別教室B棟〟である。宝来学園はその特性上、街中の人通りが多い場所には立てられず、交通の便があまり良くない山を切り拓いた土地に建てられており、敷地全体が緩やかな傾斜になっているのだ。

 即ち。その敷地内で、一番奥にある〝特別教室棟B〟は。


(おぉ、ちらほら見えるなぁ、黄色のリボンの生徒が。彼らは……一年D組か)


 ここへ来るまで〝特別教室A棟〟も通ったが、あそこは一年C組の生徒が多く居たように記憶している。やはり今年の一年生は、クラス毎にエリアを決めての籠城戦法を採用しているようだ。


(さてさて、ひとまず〝脱走者〟の役目を果たさねば)


 校舎の構造は、ここ一年で把握している。つむぎはなるべくB棟から死角になる位置を進み、物陰からサッと飛び出しリボンを奪うヒットアンドアウェイ方式で、まずは校舎外の探索を行なっている一年生を減らしにかかった。


「えっ?」

「うわっ、リボンが!」

「気をつけろ、誰か居るぞ!」

「えっ、ちょっと待って、今アプリを」

「あっ、バカお前!!」


 ご丁寧に、アプリ担当らしい一年生が申告してくれたので、くるりと回り込んでアプリを開く前にリボンを奪取。何が起きたか分からず全員が呆然としているうちに、残りの子のリボンもプチッと取っておいた。


「よし。校舎の外は君たちで全部かな」

「ええぇ~……」

「ウッソだろ開始五分も経ってない……」

「気持ちは分かるよ。この『鬼ごっこ』、新入生歓迎と銘打ってはいるが、実際は新一年生に社会の厳しさを叩き込むべく、上級生は割と本気で新一年生の全滅を狙うのが伝統みたいになっているからね。――今更ながら忠告しておくが、先輩たちに大人げなど求めないことだ」

「俺らのリボン奪った張本人のセリフじゃねぇっすよ……」

「悪いね。私のクラスも真面目に『脱走者』の頂点を目指しているから、手加減はしてあげられなくて。――残念賞というわけじゃないけど、よければお菓子をどうぞ」


 校舎外の探索担当だったらしい五人に、昨日副会長へも渡した『ありことう』を配る。一人の少年が、何か思い出したようでパッと顔を上げた。


「どこかで見た顔だと思ったら、ひょっとして、昨日、入寮式のときに受付で飴をくれた先輩ですか?」

「そうだよ。覚えててくれたんだね」

「あの飴、前に家族で金沢へ旅行に行ったとき、デパートで買ったことがあって。でも確か、あの飴って地域限定品でしたよね? 昨日もらったのは京都のデザインでしたし」

「昨日は特別に、全国のご当地千歳飴をミックスして配っていたんだ。隣の人との違いを楽しむのも、会話のきっかけになるだろう?」

「そうだったんですね」

「今みんなに配ったのは、この春売り出したばかりの新作和菓子だから、良ければまた味の感想を聞かせてほしいな。――私は二年A組の飯母田つむぎ。そのお菓子の製造元、『飯母田製菓』の娘です。現場の職人たちのためにも、ぜひ」


 微笑んで、ふわりと一礼。行事の最中に分かりやすい販促活動はできないが、こういう印象的な場面で〝顔〟を売っておいて損はない。

 目の前の少年たちを密かに記憶しつつ、つむぎは「リボンを取られた『市民』は、自分の教室へ戻って待機してね」と伝え、〝特別教室B棟〟へ入った。――途端に逃げ出す、複数の人影。


(一階には、〝位置アプリ持ち〟が居そうだな)


 自身の居所がバレている状態では、追う方が不利だ。つむぎは逃げた人影に構うことなく、そもそもの目的地であった、〝特別教室B棟〟の最上階を目指す。

 四階までたったか駆け上がり、東端の資料室へと迷いなく、しかし静かに歩を進め、中に人が居ないことを確認して。――大きな音を立てて、ガラリと開く。


 がたがたん!


 案の定揺れた机の下にいた一年生のリボンも、もちろん容赦なく奪う。「そんなぁ……」としょぼくれた女子生徒曰く、いかにも雑然としたこの部屋なら『臨時警察アイテム』がありそうだと、夢中になって探し込んだせいで、〝位置アプリ係〟からの警告メッセージに気付かなかったらしい。強く生きていけるよう、お菓子を渡して励ましておいた。

 可哀想な女子生徒が、しょんぼりしながら出ていくのを見送って。


(――さて)


 資料室の一番端の窓を細く開け、開けた隙間から望遠機能を最大にしたスマホのレンズを出して、学園内の様子を窺う。――緩やかな傾斜の最上に立つ〝特別教室B棟〟は、一番下の〝一般教室棟〟とは、一階の高さからしてずれており、〝特別教室B棟〟の一階は、〝一般教室棟〟の二階部分に相当している。しかも、他の校舎は二階建てか三階建てのところ、〝特別教室B棟〟だけは何故か四階あるため、他の校舎全部と比べても一階以上高い。その東端にある資料室の、今つむぎが開けている窓からは、高さと角度の関係上、学校の敷地全部を見渡すことができるのだ。


(見たところ、『警察』は動き始めたばかりか。動きを見るに、基本は五つのエリアに満遍なく散って、『脱走者』の総数をとにかく減らしていく役目に徹しているみたいだな)


『警察』が動いているところは、赤いリボンをつけた『脱走者』が一斉に逃げ惑っているため、大変分かりやすい。つむぎは、今回最も注意すべき『警察』の動きを俯瞰して、クラスのグループトーク(晴緋抜き)に打ち込んでいく。つむぎが打ち込んでいる間にも、クラスメイトからは次々と、スタンプやリアクション、記号が入り乱れてトークが流れ、なかなか忙しない。


(現在の獲得リボン数は、黄色が十一と、赤が……うん、良いペースだ)


 クラスメイトからの情報によれば、〝体育館エリア〟が一年A組、〝食堂エリア〟がB組、〝体育倉庫エリア〟がE組の陣地と化しているらしい。〝特別教室A棟エリア〟がC組、つむぎの現在地である〝特別教室B棟エリア〟がD組とばらけているのを見ても、やはり軍師は存在すると考えて良さそうだ。


(……そろそろ、ゲーム開始から十分が経つ。撹乱開始には、良い頃合いか)


 下を見れば、複数人でチームを組んだ『脱走者』たちが数組、〝特別教室B棟〟目指して登ってきているのが見える。死角が多い場所の探索は、探索係と見張りの複数人でチームを組んで行うのがセオリー。特に今回は『警察』の脅威があるため、見張りは絶対に欠かせない。もの慣れたその様子から、おそらく彼らは三年生だ。


(あの『脱走者』さんたちがB棟を荒らし始めた辺りが、絶好のタイミングかな)


 時間的にも、状況的にも。


(――さぁ、〝狩り〟を始めよう)


 不敵に笑い、つむぎは階下が騒然となったのを確認し、作戦第二フェーズへの移行指示を、トークルームへ投下した。



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