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オリエンテーション〈準備中〉③


「『市民』には他にもいくつかの優遇策がある。うち一つは、去年もあった『脱走者情報検知アプリ』の導入だな。各クラスにつき三名まで、『脱走者』の詳細な位置情報が分かる校内マップアプリをスマホにインストールできるやつ」

「あ~、あれ。便利だったよね!」

「飯母田さんに持ってもらって大正解だったやつ!」

「策謀の魔術師誕生の瞬間……スミマセン何でもないです」


〝敵〟の動きが丸見えになる校内地図アプリは、昨年度は〝逃げ〟だった『鬼ごっこ』において、クラスメイトたちが脳直で「成績の良い人たちに持ってもらってたら良いのでは?」と考えた結果、つむぎの手に渡ったアイテムだった。……今回はおそらく、このリボンに軽量センサーが仕込まれており、アプリに反映される仕組みだろう。

 与えられたからには有効活用せねばと、位置アプリとクラス全員を招待したグループトークと、たまに個人トークも駆使しながら鬼の裏をかいてクラスメイトを逃しまくっていたら、いつの間にか「一年のA組に正体不明の軍師がいる」と大変な騒ぎになっていた、らしい。……後から、ゲラゲラ笑う亘矢によって知らされた話だが。当時のつむぎは、高等部からの外部入学生の一人に過ぎず、入試の成績はトップでもまさか二日目で頭角を表すようなタイプとも思われていなかったようで、完全にノーマークのダークホースだったのだとか。要するに、つむぎの学年でA組に集められるのは、家柄と運動神経が取り柄の脳筋タイプがほとんどのため、策を立てて効率的に逃げるような頭脳プレイとは無縁だと、先輩方からは思われていたのだ。

 ――結果、入学二日目で、クラス内におけるつむぎのポジションは〝参謀〟に固定されたわけだが。何度思い返しても、どうしてこうなったのか分からない。取り敢えず不本意ではあったので、腹を抱えて大笑いしていた亘矢のことは、ぐーで殴っておいた。


「今年の一年生は、賢そうな子がバランス良く各クラスにいるから、あのアプリは去年よりもっと活用されるだろうな。――それから、位置アプリの他に今年から追加されたのが、『臨時警察アイテム』だ」

「『臨時警察アイテム』? 何それ?」

「高等部の校舎五エリアそれぞれに六つずつ、合計三十個隠されている……『市民』が『警察』になれる、強アイテムだな」

「何それ!?」


 クラスメイトが一斉にざわめいた。


「待機場所でもある、この〝一般教室エリア〟を除いた、〝体育館エリア〟〝体育備品倉庫エリア〟〝食堂エリア〟〝特別教室A棟エリア〟〝特別教室B棟エリア〟それぞれに、『臨時警察アイテム』が六つずつ、隠されている。被る系のものらしいから、おそらく帽子だろうな」

「そ、それで?」

「発見した『市民』がそれを被れば、『臨時警察』となって『脱走者』のリボンを奪う権利が得られる。あくまでも〝臨時〟だから自分のリボンは市民のままで、奪われたら脱落なのは変わらないが、反撃の権利が得られるわけだ」

「うわぁ一気にバトルロイヤルな世界観……」

「単純計算で一クラスに六人まで、『臨時警察』が置ける計算だな。――おあつらえ向きに、隠されているエリアも五つだから、どこかのクラスに〝軍師〟でもいれば、それぞれのクラスへ平等にアイテムが行き渡るよう、逃げるエリアを区分するくらいの共闘策は練るだろう。去年と同じく、スマホ類の使用も自由、だからな」

「あー……何人か、そういうの思いつきそうな奴の心当たりあるわ」


 リボンを配り終わったクラス委員長が深々と頷いた。頭脳労働仲間からの貴重な情報に、つむぎも頷き返す。


「つまり我々『脱走者』は、最初から『警察』な生徒会及び特別寮生プラス、いずれ『臨時警察』化する一年生三十人から〝逃げ〟つつ『市民』を〝追い〟、リボンを奪っていかねばならないわけだ。――一番多くの『市民』リボンを集めたクラスが、『脱走者』の優勝者となるのは、去年と同じだな」

「『市民』の優勝者は、制限時間いっぱい逃げ切った生徒の多いクラスなのも、去年と一緒?」

「そうなる。万一同数のクラスがあった場合、『市民』はそのクラスで『臨時警察』になった生徒が奪った『脱走者』リボンの数で勝敗を判断するみたいだな」

「あっ、そうか。仮に位置アプリ持ちの『臨時警察』がいくら『脱走者』のリボンを集めても、クラス全体の生き残りが少なかったら無意味ってことだよな?」

「そう。あくまでも、『市民』の勝敗のメイン判定は〝生き残り数〟となる」

「……これ、下手したら今回、〝追い〟の方が不利じゃね?」

「性能チートな十四人のガチ『警察』プラス、リボンを奪えば無力化はできるけど、めっちゃ反撃してくる三十人の『臨時警察』相手にしつつ、『市民』のリボン取ってくわけだよな?」

「三すくみどころか、私たち、『市民』からも『警察』からも狩られる立場では……」


 顔を見合わせるクラスメイトたちに、苦笑して。


「単純な人数配分だけで言えば、『脱走者』は『市民』の二倍だからな。これくらいのハンデでちょうど良いのかもしれないが、生徒会と特別寮生を相手取れる一般生徒が限られているという点から見れば、確かに少々、『脱走者』が不利に思える。――ゆえに、その救済策も、今回は用意されていてな」

「あるんだ!?」

「『臨時警察アイテム』のように、『脱走者』が『警察』に反撃できるようになるレアアイテム、『監察内通アイテム』が、校舎内のどこかに三つ、隠されている」

「なにそのイヤーなネーミング……」


 代々、高級官僚を輩出してきている名門家出身のクラスメイトが、大変嫌そうな顔で呟いた。公務員にとって〝監察〟は鬼門らしいので、その反応も致し方ない。


「まぁ、三つだけなので、見つかればラッキー程度のアイテムだけどな。それを被った者は『監察内通者』となり、警察機能を奪う権利を得て反撃……要は『警察』のリボンを奪い、脱落させることができるようになるわけだ。一つでも発見されれば、ゲームバランスを大きく崩せることは間違いない」

「けど、見つかればラッキー程度、なんだよな?」

「そういうアイテムがある、って事実だけで、作戦の幅も広がるぞ? 本家の『警察』は十四人しかいないのに、『監察内通者』を三人より増やすわけにもいくまい」

「それはまぁ、そうだけど」

「『脱走者』の勝利判定が、奪った『市民』リボンの総数が最も多いクラスなのは、先に述べた通りだが。これも万一同数だった場合、『警察』リボンを奪ったクラスがいれば、そちらの勝ちとなる。運も実力のうち、というやつだ」

「それで、『警察』にもリボンが必要なわけね」

「そうなるな。――ルールの説明は以上だが、質問はあるか?」


 つむぎの問いかけに、クラスメイトたちはめいめい顔を見合わせて――。


「いやもう、ルールが複雑すぎて俺らの手には負えないってことしか分からんわ」

「つむぎちゃん。私たち、つむぎちゃんの作戦に従って動く、従順なコマになるから。作戦立案、お願いできる?」

「相変わらず潔いな。予想はしてたが」


 クラスメイトたちの素直な姿勢は、ある意味美徳である。他学年のA組にありがちな、上流階級特有の気位の高さというものが、このクラスに関してはまるでない。まるでごく一般的な公立高校のような気安さに、つむぎは少し、気の抜けた顔で笑って。


(さっき少し、思いついた〝策〟があるにはあるんだが。実行するには、いくつか確認しないとな)


「――委員長。『鬼ごっこ』本部の風紀委員会へ、確認してほしいことがあるんだが」


 そう言って目を光らせるつむぎは、本人にとっては不本意なことに、まさしく策謀に満ちた〝軍師〟、そのものであった。


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