表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/65

オリエンテーション〈準備中〉②




「……え、ごめん。ルールが複雑すぎて、ちょっと把握し切れなかったんだけど」

「俺も」

「ごめーん、私も」


 『それでは、これより二十分間の、作戦会議タイムを設けます』を最後に沈黙したスピーカーから視線を下ろし、クラスメイトたちが次々と困惑の声を上げた。ざわざわした教室で、結構早い段階からノートにルールを書き付けていたつむぎは、分かり易くルールを図式化したところで、「なるほど」と小さく呟き、シャーペンを置く。


(この緻密なパワーバランスの計算は、素人の仕事じゃないな。おそらく、コウが一枚噛んでる)


 今回、風紀委員はゲームに参加せず、審判とルール違反者の取り締まりに徹するというところから見ても、亘矢の意向がかなり働いたのは間違いない。……〝E組の悲劇〟については、去年の四月から散々「気に入らない」と愚痴を溢していたため、もしかしなくても気を遣わせたか。


「つむちゃん、何が『なるほど』なの?」

「あぁ、茜。一応、私が理解した範囲で、ルールを図式化してみたんだが」

「さっすがつむちゃん、仕事が早い!」

「よっ、二年A組の参謀様!」

「人畜無害なボランティア同好会の皮を被った、策謀の魔術師の本領発揮か!?」

「……帰るぞ?」


 何度も言うようだが、今年の二年A組はほとんどが上位の家柄の子息子女とスポーツ特化型で締められており、頭脳労働担当がほぼ居ない。その貴重な頭脳労働要員は、皆それぞれクラス委員や風紀委員、図書委員や文化祭実行委員といった、頭がないとそもそも話にならない要職に就いている。その結果、ある程度フリーに動ける頭脳労働要員が〝ボランティア同好会〟なつむぎしか居ないというバグが発生し、必要に駆られてこれまで、主に勝負事に関する策を立ててきたのである。

 普段から販売戦略を練っている経験が活かされたのか、つむぎが立てる策の成功率は高く、これまで二年A組はクラス対抗の学年行事で一位を譲ったことはない。全校行事のクラス対決でも、上級生に負けないポテンシャルを発揮し、上位に食い込んでいる。そんな逸話から、ついた二つ名が〝A組の参謀〟だったり、〝策謀の魔術師〟だったりするらしいが。


「えー、なんで!?」

「私は参謀でも魔術師でもないからなぁ」

「あー、ごめん。ごめんって!」

「飯母田さんは飯母田さんです、調子に乗って申し訳ない!」

「よろしい」


 つむぎは己を、あくまで〝商人〟と定義している。それ以外のモノ呼ばわりされるのは、ちょっと、色々、納得できない。

 それを素直に言えば向こうも素直に謝ってくれるから、やはりこのクラスは基本的に、人の良い子たちの集まりではある。ただ、ちょっと、お調子者が多いだけで。

 いつまでもこんな茶番を続けるのも時間が勿体無いため、つむぎは素早く立ち上がり、黒板にルール図を書き込んでいく。


「簡単に説明すると、今回の『鬼ごっこ』は変則的な三すくみ形式になっている。役割はそれぞれ、一年生が〝逃げ〟の『市民』、二、三年生が〝追い〟の『脱走者』で――生徒会執行部と特別寮生が、今回新たに設けられた『警察』になるな。『脱走者』が『市民』を追う方式なのは例年と変わりないが、今回は色々と、市民のフォローと強化策が追加されてるみたいだ」

「生徒会と特別寮生がやる『警察』がそれ、ってこと?」

「それが最も大きいだろうな」


 去年までは、主催の生徒会が『鬼ごっこ』の進行役を担っていたから、彼ら自身が参戦するのは新しい試みである。

 つむぎは黒板がクラス全員に見えるよう、少し離れた場所から『警察』の部分を指示棒で指した。


「この『警察』は、簡単に言えば『脱走者』専門の〝追い〟だ。『脱走者』を捕まえることで、『市民』が有利になるよう動く、『市民』の味方的立ち位置だな」

「つまり俺らは、『市民』を捕まえつつ、『警察』からは逃げなきゃいけない、ってわけか」

「そういうことになる。このオリエンテーションは毎年、〝追い〟側が強すぎたからな。例年、色々とハンデ策を試していたみたいだが、今年はシンプルに〝追い〟の人数を減らす物理策に出たらしい」

「生徒会と特別寮生が『警察』ってのも絶妙だよな~。生徒会は文武両道のエリート揃いで、特別寮だって文化部組を除けば、運動チートばっかじゃん」

「入ったばかりの一年生がどうかは知らねーけど、深藍も別に運動神経悪いわけじゃないし」

「――呼んだぁ?」


 ふと声がして扉が開き、今まさに名前が出た、隣のクラスの特別寮生――弁財深藍が顔を覗かせる。つむぎと視線が合うと、彼はにっこり笑い、とことこ教室内に入ってきた。


「はいこれ、二年A組分の『脱走者』リボンね。リボンの端に〝二のA〟の刺繍入ってるから」

「あぁ、不正防止用だな。了解した。ふむなるほど、一度外れたリボンはつけ直せない仕組みか……」

「おぉ、飯母田さん、やる気だねぇ。今回も、A組の奇策、楽しみにしてる~」

「弁財くんが〝敵〟なのは、B組にとって痛手だろうな」

「そっちも晴緋取られてるし、わっしょいわっしょいでしょ」

「……それを言うなら、どっこいどっこいでは?」

「それだねぇ」


 相変わらずの緩いド天然を発揮しつつ、「それじゃあね~」と深藍はあっさり教室を出て行った。


「えーと、飯母田さん。それは?」

「今回の戦利アイテムみたいだな。――あ、底に『市民』と『警察』のサンプルも入ってる」


 身体も大きな高校生が大人数で物理的に〝ケイドロ〟など不可能なので、オリエンテーションの『鬼ごっこ』は毎年、戦利品カウントシステムだ。〝追い〟は逃げが身につけているアイテムを奪い、〝逃げ〟はアイテムを奪われたら脱落となる。

 どうやら今回、『市民』は黄色、『脱走者』は赤、『警察』は青のリボンらしい。リボンといってもただの長い一本の紐ではなく、きちんと綺麗に結われていて、装着用のゴムもついている。ゴムの両端は、少し強く引っ張れば簡単に外れる留め具で留められる仕様であり、お金持ち校らしく非常に手が込んでいた。この仕組みであれば、確かにリボンの端を掴んで引っ張るだけで、簡単に奪うことが可能だろう。不正防止用の刺繍も外注製が見て取れる仕様で、これは確かに、よほどの妙者でなければ、制限時間内に模倣はできまい。

 ふむふむ頷いて顔を上げると、一様に「?」を浮かべているクラスメイトたちとご対面した。


「え? 『市民』は〝逃げ〟だからリボンつけるの分かるけど、〝追い〟……『脱走者』もリボン着用なん?」

「今回、『脱走者』は『警察』に追われる〝逃げ〟でもあるからな。同じ仕組みが必要だろう」

「あぁ、なるほど……いや、だとしても『警察』のリボンは要らなくね?」

「そういえば、その説明が途中だったな」


 時間もないことだし、とつむぎはリボンの配布をクラス委員長に頼みつつ、ルール説明へと立ち返る。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ