オリエンテーション〈準備中〉①
物語は、次のイベントへ移ります!
入学式が明けて、翌日。
「以上で、部活動紹介を終わります。――昼食休憩を挟みまして、午後からは、宝来学園伝統、新入生歓迎オリエンテーション『鬼ごっこ大会』を開催いたします!!」
そこそこテンションの高い副会長のアナウンスを聞きながら、そうか今年もやるのかと、つむぎは遠い目になりつつ、今日も今日とてボランティア業務に精を出していた。
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宝来学園では、入学式の翌日に始業式を行い、その後、新一年生と部活動紹介担当生徒が体育館に残って部活動紹介の場を設け、昼休憩を挟んだ後は、午後の授業時間いっぱい使って、生徒会主催の新入生歓迎オリエンテーションが開かれるのが、毎年の恒例となっている。オリエンテーションの内容はその年の生徒会が自由に考えて良いらしいが、いつの頃からか、全校生徒参加の『鬼ごっこ大会』がマストとなり、今日まで続いている、らしい。
(走るのそれほど好きじゃないから、今年は別のが良かったなー……)
そんなことを考えつつ、ボランティア後、食堂でさっと昼食を済ませ、つむぎは自分の教室、二年A組へ戻った。自分の教室とはいえ、今日初めて足を踏み入れ、始業式が始まるまでしかいなかった教室なので、まだまだ馴染みは薄い。
「あ、つむちゃん、おかえりー。ボランティア、お疲れさま」
「あぁ、茜。ただいま」
冷泉茜――クラスで一番仲の良い友人が、戻ってきたつむぎに気付いて声を掛けてくれた。おっとりとした彼女はいかにも良家の子女といった風情で、実際、冷泉家は上流階級では上の下くらいの序列を、ここ数百年間キープしている。
幼等部から宝来に通っている生粋の学園生だが、おっとりした茜とマイペースなつむぎは馬が合ったらしく、自然と仲良くなった。茜のおかげでクラスにもすんなりと馴染め、ボランティアに精を出しているのも個性の一つと、クラスメイトからは好意的に受け止めてもらえている。本当に得難い友人なのだ。
ぐるりとクラス内を見回して、つむぎは首を傾げた。
「随分、人数が多いな?」
「部活紹介に出てた子たちから、午後のオリエンテーションが『鬼ごっこ』だって回ってきたからね~。去年とルールが一緒なら、少しでも長く作戦時間を持たなきゃでしょ?」
「それで自発的に、教室待機してるわけか。相変わらず、行事に全力すぎるなぁ、このクラスは」
「負けず嫌いな運動部の集まりだもん、仕方ないよ」
上流階級御用達校である宝来学園は、クラス分け時点からほんのり序列を漂わせている。家柄が良いか、家柄はそれほどでなくても成績がずば抜けて良い生徒はABクラスに割り振られ、A組が運動部系の部活動所属生徒、B組が文化部系所属生徒と、薄ぼんやり分けられている仕様だ。CD組は家柄、成績が中間層の生徒、E組は最後に残った生徒の寄せ集めとなる。要するに、所属するクラスがそのままステータスとなる、そこそこ容赦ないスタイルなのだ。
昨年度の入学時、自身がA組にクラス分けされていると知ったときは驚いたつむぎだが、蓋を開けてみれば、つむぎの成績は学年トップだったわけだから、宝来ルールに則るなら妥当なのだろう。この点に関しては、もうちょい頑張れ生え抜き宝来生と思うと同時に、忙しい合間を縫って家庭教師をしてくれていた亘矢に深く感謝するつむぎである。
――なお、つむぎの場合、これでも飯母田家の家格は上流階級全体で見れば中の下くらいにはぶら下がっているので(成り上がりだが、家自体の歴史はそこそこ長いため)、入試成績を加味すればA組への振り分けは妥当であるが。没落した〝狩野〟の家名を背負いつつ、圧倒的な頭脳明晰さを見せつけることで、教師陣の脳内から有無を言わさずA組以外の選択肢を消去させ。入学後はそのステータスを遺憾なく利用して絡んでくる輩を黙らせ、その手腕を買われて風紀委員からスカウトされ、今では頂点までのし上がった亘矢が、化け物じみた能力の持ち主であることは、間違いない。
「まぁ、この『鬼ごっこ』、基本的には鬼側の二、三年生の方が有利だからね。去年は先輩たちの追跡がエグかったし、今年は追う側だって張り切るのは無理ないよ」
「今年は今年で、三年A組という巨大な競争相手がいるけどな。あと、新入生歓迎のオリエンテーションなのに、上級生の方が有利なルール設定もよく分からん」
「まぁ、この『鬼ごっこ』は厳密に言えば、〝逃げ〟VS〝追い〟の勝負じゃないし。あと、去年の鬼があまりに強すぎたから、今年はもうちょい逃げ側が有利になるルールが追加されるらしいよ」
「そうでもしなければ、昨年の〝E組の悲劇〟が繰り返されてしまいかねんからな」
「……あれは可哀想過ぎたよねぇ」
作戦会議に熱が入り過ぎ、開始合図を聞き逃した昨年度の一年E組が出遅れ、狡猾な先輩方によって開始五分で一網打尽になった事件は、〝E組の悲劇〟として広く周知されている。通常、E組は〝クラス分けからあぶれた者たち〟としてみそっかす扱いされることが多いと聞くが、つむぎたちの学年に限っては、この事件の印象が強過ぎて、「こいつらは俺たちが守らないと」と変な騎士道精神を抱く対象となった。学年行事でも仲間外れにはしないし、困っている素振りがあれば全力で助けに行く。寮ではクラスの垣根を超えた勉強会などもよく催されており、一応学年成績トップとして、つむぎもちょくちょく参加しているが。
そう考えれば、学年の団結が深まったという意味で、あのオリエンテーションにもそれなりの意義はあったのだろうけれど――。
「あぁ。同じことを繰り返さないのは大切だ。改良できる部分は改良していくべきだろう」
団結させるためには悲劇が必要という考えなど、全くもってナンセンス。仮に現二年生が団結するきっかけが〝E組の悲劇〟だったとしても、E組がオリエンテーションを楽しめなかった事実を肯定する気にはなれない。誰かが涙を飲んで全体の利益に繋げる犠牲的な商売は、一時的に高い利益を上げても、恒久的な売上の確保と安定した経営には繋がらない、長い目で見ての悪手であることなど、商人にとっては常識である。
つむぎがそう力強く頷いたところで、午後の授業開始を知らせるチャイムが鳴り。
『時間となりました。ただいまより、新入生歓迎オリエンテーションのルール説明を開始します』
機械越しだとより柔らかな印象を受ける副会長のアナウンスが、スピーカーから聞こえてきた。
クラスメイトたちが、固唾を飲んで、副会長の言葉に耳を傾ける――。




