入寮式・夜〈イベントの後に〉④
自身の恋愛偏差値についてはさておき、白雪は疑問に思ったことを尋ねるべく、口を開く。
「よく分かりませんが、仮にその、〝最強の悪役令嬢〟さんがおいでだったとしても、今現在ゲーム通りになっていないのなら、悪事を働くおつもりはない、ということでは?」
「私も……私もそう、思おうとしてた。でもね、やっぱりおかしいんだよ。さっきちょっと調べたんだけど、もしも〝彼女〟に悪事を働くつもりがないのなら、わざわざ宝来学園を進学先に選ぶ理由がないの」
「そう、なのですか?」
「……ゲームの〝彼女〟はね、姫川財閥次期総帥の立場を利用して、宝来学園で頭角を表して――生徒会長、宝来璃皇さんの、婚約者になるの」
「あぁ……あるあるですね」
と、いうことは。二人いる隠し攻略キャラクターのうち、一人は生徒会長というわけか。入学式でも入寮式でも挨拶していたらしいけれど、白雪の意識はひたすらつむぎの方を向いていたので、顔も声もさっぱり覚えないまま終わった。生徒会長(しかも三年生)なんて、普通に学園生活を送る中で個人的に関わる機会が巡ってくるとも思えないから、このままでも特に支障はないだろう。
「〝彼女〟は、姫川財閥総帥の地位だけで満足するつもりはなくて。いずれは宝来財閥をも牛耳って、実質的な日本の支配者になることを目論んでいるんだ。日本の影の頂点に立って、世界を思うがまま操るのが、〝最強の悪役令嬢〟の野望なの」
「それはまた、なんとも魔王的な……」
「うん。プレイヤーからは、厨二病みたいな野望だ、って批判もあったよ。でも、〝彼女〟のすごいところはね。その野望を実現するためなら、どんな手段でも使う、迷いのなさだと思う」
「まぁ、悪役、ですからね」
「 〝大団円ルート〟だけが真のハッピーエンド、って言われる理由もね。そこまで徹底的に破滅させて、〝彼女〟が用意している手段を全て潰さないと、いずれまた、野望を叶えるべくのし上がってしまうから、でね。――つまり、それまでの〝彼女〟も状況に応じて、いくつもあるうちから一つの手段を選んで、宝来学園までのし上がってきたに過ぎない、ってことになる」
「要するに千照さんは、〝最強の悪役令嬢〟さんが別の名前で宝来学園にいらっしゃるのは、ゲームと違う手段を選んだからに過ぎないと?」
「……だと、思う。だって、何の目的もない人が、宝来学園なんて進学先に選ぶ?」
「まぁ……それは、そうですね」
白雪に宝来学園へ通うよう命令が降りた際も、乳母と執事を筆頭に、屋敷の使用人たちは皆、父の思惑をこぞって推測していた。それはつまり、何か思惑がなければわざわざ高校から途中入学しよう、させようとは思わない学校ということだ。百合園もそうだったが、幼稚園から大学まで揃っているエスカレーター進学式お金持ち校においては、在籍年数がそのままステータスの一部となるため、余程の事情がない限り、外部進学も途中入学もさせない。――上流階級においては、特に。
(……つまり、ゲームとは名前の違う〝最強の悪役令嬢〟さんとやらも、中等部か高等部から入学した、外部組ということかしら?)
であれば確かに、本人か周囲かは知らないが、何か目的なり、思惑なりがあると考えるのが妥当であろう。千照の言う通り、もしも日本征服的なことを考えているのであれば、まぁうん、その征服の具体的内容にもよるが、要注意か。
「話は分かりました。つまり千照さんは、〝最強の悪役令嬢〟さんの野望を食い止めるべく、ゲームにおける〝大団円ルート〟を目指すべき、と。そういうお考えで、相違ありません?」
「うん、そういうこと! 本来なら、一周じゃ絶対に辿り着けないけど、私はこのゲームを知り尽くしてるから、恋愛まではいかなくても攻略キャラたちの信頼を得て、味方にすることはできると思うの。攻略キャラたちが全員、夏休み終わりまでに白雪ちゃんの味方になってくれたら、〝大団円ルート〟が解放されると思うんだ!」
「えぇと……そうですね、はい、味方にはなってくれる、かな……?」
正直、この世界の〝彼ら〟が、千照の言うゲームの〝攻略キャラクター〟そのままとは思えない。だって、魂の大元が〝あの〟七人だ。意気込んでいる千照には大変申し訳ないけれど、自分と同じく〝彼ら〟もゲームとは大きく乖離し、彼女の持つゲーム知識は、ほぼ無用の長物と化している可能性が非常に高いだろう。
ただ、まぁ。〝彼ら〟は白雪に気付いたようだったし、事情を話せば、普通に協力はしてくれると思う。〝今世〟に記憶なく転生してきた〝お継母様〟――つむぎを守るためだと説明すれば、否とは言うまい。
「白雪ちゃんが、聞く耳持ってくれる人で良かった~! 正直、こんな話、なかなか信じられないでしょ?」
「うーん……そうですね、知識と経験がなければ、信じられないかもしれませんね」
「だよねぇ。白雪ちゃんに、オタクな友だちが多くて助かったよ」
白雪の言う〝知識と経験〟は〝魔法世界の知識と転生という経験〟だったが、千照はどうやら、〝オタク的知識と経験〟だと誤認してくれたようだ。さすがに〝前世〟の記憶がない状態で、千照の話を受け入れられたかと問われれば怪しいけれど、深くは返さず流しておくことにする。
(と、そういえば)
「ところで、千照さん。お話を伺うに、その『姫イケ』? とやらにおける〝最強の悪役令嬢〟さんは、わたくしの義姉に当たる方、だったようですが」
「あぁ……うん、あれだけ言えば分かるよねぇ」
「ただ、先ほども申し上げました通り、今のわたくしに義姉はおりません。つまり、この世界の〝最強の悪役令嬢〟さんは、ゲームとは別の名前……姫川ではない、別の家名を名乗っておられるということですよね?」
「そう、なるね」
「その方のお名前を、教えて頂いても?」
白雪に問われた千照は、これまでの即レス会話から一点、躊躇うように黙り込んで。
「……白雪ちゃんはまだ、知らない方が良い気がするんだ。〝彼女〟のことは、私がしばらく、探ってみるから」
「しかし、危険なのでは?」
「大丈夫。〝三界千照〟ってね、情報収集能力特化型の、サポートキャラクターなの。新聞部に所属してて、本来は、攻略キャラが主人公にどの程度の好感を抱いているか、その指標を教える役割を担ってるんだ」
「なるほど。千照さんもネームドキャラクターでしたのね」
「本来、攻略キャラに割くべきリソースを〝彼女〟に割いて、調べてみるよ。攻略キャラのことは、調べなくても大体は頭の中に入ってるし」
「いえ。それでも一応は、調べておくべきかと。……例えば、今日の入寮式で挨拶した〝彼ら〟に、何か違和感はございませんでした?」
申し訳ない現実を前に、少しでも衝撃を和らげるべく、先に軽くジャブを打っておくことにする。ゲームと今世の〝彼ら〟にどれほどの相違があるのか分からないが、ショックを小さくして悪いことはないだろう。
白雪に問われた千照は、何度か目をぱちくりさせて。
「それは、たくさんあったよ。舞台上の彼らは、お互いに親しく言葉を交わしていたけど、ゲーム内では主人公の攻略が始まるまで、個々での親交はほぼなくて。入寮式の舞台挨拶でも淡々と名前プラス得意分野言って終わりくらいのテンションだったんだ」
「それは、そこそこ大きな相違ですわね?」
「他にも、深藍……弁財深藍っていたでしょ、吹奏楽部の」
「えぇ、いらっしゃいましたね」
「ゲーム内では彼、何事にもやる気のないサボり魔かつ、生粋の女たらしでね。入寮式もサボってて。主人公とは夜に庭で偶然会うシナリオだったんだけど」
「……いらっしゃいましたわね、入寮式に。特別寮の方々とも仲が良さそうで、部活をサボっておいでの気配もなく、やる気もありそうでした」
答えつつ、もう一度内心で、今度は額を抑えておく。……よりにもよって〝六番目〟にエロいお兄さん枠を振るとは、真面目にキャストミスが過ぎるのでは。
(〝六番目〟と〝七番目〟を生み出す間がしばらく空いたことで、末っ子として甘やかされ過ぎて、天然ほわほわな浮世離れ気質が抜けないまま〝兄〟になっちゃった、って言ってたっけ……なんなら兄ズが自由奔放過ぎて、一番下なはずの〝七番目〟が一番のしっかり者になった、とか)
うん。間違いなく、弁財深藍はゲーム通りではなさそうだ。
「そういったゲームとの差異が何故生まれたのかについても、きちんと調べておくべきかと思いますの。ゲーム設定が、必ずしも今世に当て嵌まるかと言えば、わたくしの例を見ても違うことは明らかなわけですし」
「……確かに、そうかも。ありがとう白雪ちゃん、助かるよ」
「いいえ、この程度。滅相もございません」
笑い合ったところで、スピーカーから消灯を告げる時報が響く。
「あら。そろそろ休みませんと」
「本当だ。明日も盛り沢山だしね」
「生徒会主催の、新入生歓迎オリエンテーション、でしたか?」
「うん。けっこーハードだからさ、ゆっくり休んで備えなきゃなんだよ」
「ふふっ、承知いたしました」
千照に促されるまま、白雪は急いで就寝準備を終え、与えられたベッドへと潜り込む。
怒涛の一日に心身は限界だったようで、急速に落ちていく意識の中。
(そういえば……警戒すべき、〝最強の悪役令嬢〟さんのお名前を、聞きそびれてしまったわ)
そんなことを思いつつ、白雪の意識は、眠りへと落ちていくのだった。
今回で白雪視点は終わりです。
次回より、またつむぎ視点へ戻ります。




