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入学式〈オープニング〉①


 華奢な美少女であっても、全力の抱擁(と書いて拘束と読む)を振り解くのは困難だ。


(どうしよう、どうすれば……!)


 おかあさま、と抱きついてきて離れない少女を前に、つむぎは途方に暮れていた。この少女はおそらく新入生、つまりは大事なお客様ともなれば、あまり乱暴な真似はできない。

 どうにか宥められないか……と考えていた彼女に、救いは意外なところから訪れた。


「――何の騒ぎです?」


 声と同時に、体がふっと軽くなる。つむぎに引っ付いていた少女の襟首を掴み、まるで猫の子の如く引き離した人物を認識し、思わず安堵で顔が緩みそうになった。


「……っ、狩野先輩!」

「飯母田さん、この騒ぎはどうしました?」

「申し訳ありません」

「謝罪は必要ありませんから、説明を」


 焦茶の髪は襟足より短く、制服は指定のものを校則通りにかっちりと着て、かけた眼鏡をくいと上げる――〝真面目〟を具現化したらこうなる、というビジュアルの彼の名は、狩野(かりの)亘矢(こうや)。高等部三年、つむぎの一つ先輩で、見たまんまの風紀委員長である。風紀委員は新入生の案内役を割り当てられているため、委員長の彼も桜並木道のどこかにいた、らしい。

 と、そんなことより今は〝説明〟か。


(説明、説明……えーと)


 ……どうしよう。冷静になっても、何が何だか分からない。ひとまず、子猫状態の新入生を離してもらうところから始めるべきか。


「えぇと……どうやら、そちらの新入生さんが、保護者の方と逸れてしまわれたようでして」

「えっ」

「……ふむ。続けて?」

「で、保護者の方は、どうやら私とよく似た外見らしく」

「えぇっ」

「――ほぉ」

「『おかあさま!』と抱きつかれたので、宥めておりました」

「なるほど。よく分かりませんが、状況は分かりました」

「ありがとうございます。そういうわけですので、新入生さんを離して差し上げてください」

「……はぁ」


 イエスなのかため息なのか微妙な返答とともに、亘矢の手が離される。新入生が再び動き出すより早く、彼は身体を捻り、つむぎの前に立って美少女と対峙した。


「あっ、貴方は――!」

「ひとまず落ち着きなさい。こんな人目のあるところで悪目立つなど、良識ある者の仕草ではありませんよ」

「な……っ」

「――ふむ。飯母田さんのお話では、あなたの〝お母様〟は飯母田さんとよく似ていらっしゃるようですが。その割に、あなたと飯母田さんに、似たところはありませんね」


 ……それはそうだろう。つむぎの説明は、美少女の突飛な行動を常識的に読み解いたら〝そういう解釈しかできない〟結論であって、今言ったことが〝正しい〟とは思っていない。第一、黒髪碧眼で甘い童顔な、少女的美しさに溢れた彼女に対し、つむぎは母方の祖母譲りの銀髪紺目の、黙っていたら怖いと言われがちなキツい顔立ちだ。幼い頃から接客スマイルを鍛え、場面に応じて笑顔を使い分けるスキルを身につけたおかげで、顔立ちのハンデは相殺できていると信じたいが、それでも美少女の甘い童顔とは似ても似つかない。


「まぁ、どんな理由があったとしても、初対面の、しかもこれから通う学び舎の先輩に対し、あなたがしたことは非礼極まりありません。そこの自覚はおありですか?」

「しょ、初対面、って」

「――初対面、でしょう? 違いますか?」


 違いますか? のところでちらりと視線を向けられ、こちらへの確認も兼ねていると判断し、改めて美少女に視線を向ける。

 先ほどは、藪から棒に「おかあさま」呼ばわりされたことで混乱し、思わず「産んだ!?」と思ってしまったけれど。冷静に考えてみれば、一つしか歳が違わない娘を産むことは、物理的に不可能だ。

 そして……生き別れになった最愛の人を見るかの如く、縋るような眼差しを向けてくる美少女には、大変、本当に、申し訳ないけれど。


「えぇと……忘れていたら、本当に申し訳ないが。どこかで、会ったことがあっただろうか?」

「そ、そんな……」


 美少女の顔が、悲愴一色に染まる。心当たりがないのでそう言うしかなかったのだが、罪悪感がもの凄い。大抵の女子と同じく、つむぎも可愛いものは大好きなので、こんな可愛らしい美少女を泣かせるのは本意ではないのだ。


「――仮にどこかで会っていたとしても、飯母田さんが覚えていないのなら、初対面と同じですね」

「うぅ……」


 ……亘矢の雰囲気が、どことなく冷たい。普段の彼は、風紀委員長としていつも冷静沈着ではあるけれど、入学したての後輩をここまでバッサリ切り離すような物言いはしないはずだが。冷静ではあっても冷たくはない、それが客観的に見た彼の人物評であったのに。

〝真面目〟をビジュアル化しているだけあって、無表情の亘矢は怖さが勝つ。やり過ぎではと思いつつ、校内活動で顔を合わせる機会が他の生徒より多く、一般生徒ながら名前を覚えてもらっている程度の関係に過ぎない自分が口を出すのも違う気がして、つむぎはそうっと、亘矢の背後から覗き込む形で、名も知らぬ美少女の様子を伺う。

 伺って――。


「そう、ですわね。〝先輩〟の、仰る通りです」


 思った以上に強い……ともすれば怒りや憎しみすら感じ取れそうなほど強い色をした美少女の瞳に、言葉を失った。印象的な碧い瞳は真っ直ぐ、逸らされることなく亘矢を見据え。顔は見えないながら、亘矢もまた、彼女の眼差しに負けない強さで、美少女を睨みつけているようだ。


(えぇっと……これは、何がどうなっているんだ?)


 今のところ、美少女の素性も突飛な行動の意味も、全く不明のはずなのだが。優秀な〝風紀委員長〟は、ひょっとして、何か心当たりがあって、だからこその怒りを彼女へ向けている、とか?


(いずれにしろ、ギスギスした空気では売れるものも売れないから、早いところどうにかしたいが……)


 この状況をどうにか打開したい気持ちを込めて、つむぎは亘矢の後ろから美少女へ向け、にこっと笑ってみた。商談前の緊迫した空気を和らげる用の笑顔が、どこまで通じるかは不明だが……。


「ぁ……」


 どうやら、笑うつむぎが視界に入ったらしい。少女の視点がつむぎへと移り、表情が劇的に変わる。

 自分越しにつむぎと美少女の目が合ったと察した亘矢が動こうとするのを、さり気なく押し留めて。つむぎは笑顔のまま、亘矢の横に立つ。


「あ、あの……えっと、先輩、」

「ん? あぁ、飯母田だ。飯母田つむぎという」

「いいもだ、つむぎ、先輩……えっと、私は、姫川(ひめかわ)白雪(しらゆき)と申します」

「姫川白雪さんか。あなたによく似合う、可憐な名前だな」


 怒ってないアピールのため、ひたすらにこやかに、友好的な空気を作る。

 つむぎの努力が功を奏したか、ようやく美少女――白雪は肩の力を抜いた。


「先ほどは、大変な失礼をいたしました。……その、先輩が、大切な方とあまりによく似ていたもので」

「そのような雰囲気だったね。気にすることはない。誰にでも、そういうことはある」

「……はい。ありがとう、ございます。驚かせてしまい、本当に申し訳ございません」

「謝罪の気持ちは充分に伝わったよ。――さ、晴れの日に、これ以上俯かないで。受付まで案内しよう」

「――はい」


 心なしか潤んだ瞳で見上げられると、どうにもこうにも座りが悪い。彼女の言う〝大切な方〟とは「おかあさま」のことだろうけれど、ひょっとして実母を早くに亡くしているとか、そういう重たい事情持ちだったりするのだろうか。


(姫川、ということは……姫川財閥のご令嬢か。あそこは確か、総帥が早くに奥様を亡くし、忘れ形見のお嬢様を男手一つで育てているとかいう話だったな。え、決定じゃないか?)


 そんな重たい案件は、一商人の身には余る。彼女には是非とも、スクールカウンセラーのカウンセリングを受けて頂きたい。亡くなった白雪母が、どの程度つむぎと似ていたのかは不明だが、さすがに同じ学校の先輩でしかない身で母代わりは無理がある。


「それじゃあね。学園生活、楽しんで」


 始終涙ぐんでいる白雪を、どうにかこうにか笑わせて見送り、つむぎはふぅと息を吐き出した。


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主人公も天才者なのかな? 独白の口調が男っぽいし考え方が商魂逞し過ぎて一周目とも思えない
主人公は男口調?
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