入寮式・夜〈イベントの後に〉③
白雪が〝ゲーム〟と現実の齟齬に思いを馳せている間にも、千照の説明は続く。
「で、そんな不遇の〝白雪〟を、次期当主として不適格だと上流階級へ見せつけるため、わざわざ継母が選んだ進学先こそ、〝宝来学園〟ってわけ。ゲーム開始直後の白雪は、肩書きこそ姫川財閥の娘でも、上流階級の礼儀作法なんて何も身についていない市井育ちの女の子だから、周囲からの反感もすごくって。その逆境を、持ち前の明るさと前向きな気持ちで乗り越えていって、やがては立派な淑女として認められて、義姉に奪われていた姫川財閥次期総帥の地位を取り戻していく――っていうのが、ストーリーの柱になるわけ」
「その場合、誰よりもまず、直系の娘に相応しい教育を施していなかった姫川の父と義母が立場をなくすと思うのですが……」
「そこが、このゲームの〝ラスボス〟のずる賢いところでね。姫川の人たちは〝白雪〟をきちんと育てようとしたのに、本人がどうしようもなかった、って印象操作を、何年もかけて仕込んでたんだよ。だから、上流階級の間で、元々〝白雪〟の評判は悪いんだ」
「なんですかその、いかにも悪役令嬢回帰モノにありそうな、〝一周目は素直な妹に見えてたけど、実は裏でコソコソしてました〟ムーヴは」
「……やっぱ白雪ちゃん、結構オタクコンテンツに詳しいね?」
「周囲からの聞き齧りです」
この世の全てに興味はないが、関わってくる人を無視はしませんスタンスだった白雪は、言い換えればどんな地雷も存在せず、どんなコンテンツも布教し放題な、オタクにとって大層ありがたい存在でもあったらしく。小学校中学校の九年間、あらゆる二次元は概ね布教されてきた。仮にもお嬢様学校で、「お姉ちゃんに買ってきてもらったのー」とR指定の薄い本(ちなBL)が堂々と読み回されていたときは、「さすがに学校ではやめましょう?」とストップをかけたが。あれはR指定を学校に持ち込んでいたのがヤバかったのであって、白雪自身は二次元エロにもBLにも抵抗はない。
「――ま、そんな〝ラスボス〟だから余計に、周回しなきゃ絶対倒せないんだけどさ。なんなら最初のうちは、普通に正々堂々と戦って、負けたら潔く引いていく、素敵なライバルキャラに見えてるくらいだし」
「それもあるあるですわね。引いたと思ったら、後からとんでもない逆襲ムーヴかましてくるパターンではありませんこと?」
「ゲームをプレイするうちに、『あっ、コイツ負けたつもりで負けてなかったやつ!』って気付くよ。お察しの通り、ちゃんと倒しておかないと、最終的には主人公の上を取ってる構図は変わらない」
「なかなかの強敵ですわねぇ……」
「そうなんだよ~。しかも、それ分かるのが、ゲームの終盤も終盤でさ。というか、隠しキャラを攻略することで初めて明かされる衝撃の事実ってやつでさ。今まで散々負かしてきたはずの〝ラスボス〟が、実は全然倒せてなかったって判明するの」
「メインの七人だけで満足して、隠しキャラを攻略しなければ、永遠に〝ラスボス〟の掌の上、というわけですか」
「怖くない!? 一気にホラーだよ!」
「とても出来の良いシナリオであることは、把握しました」
白雪の相槌に、千照はここぞとばかり、がっと身を乗り出す。
「そう! そうなの! このゲームさ、システムが斬新で、乙女ゲームなのに作業要素も多くって、ライト層へのウケはイマイチだったんだけど。キャラデザとシナリオは神だったし、やればやるほど新しい真実が見えてくるしで、個人的神ゲー十選にランクインするくらい、ほんっとーに面白かったんだよ!!」
「ざっくりお話を聞くだけでも、面白そうですものね。中学時代の友人に聞かせたら、『やってみたい!』と言いそうです」
「こっちの世界にも『姫イケ』くらいハマれる乙女ゲームがあればなぁ……って、違う違う、本題はそこじゃないって」
話しているうち我に返ったらしく、千照は浮かせていた腰をもう一度落ち着け、真剣な表情を作って仕切り直す。
「で、ね。この〝ラスボス〟を完全に倒せるのが、七人の正規キャラと、二人の隠しキャラの九人を攻略することで開かれる、〝大団円ルート〟になるんだけど」
「別名〝逆ハールート〟とも呼ばれる、あれですね」
「『姫イケ』に逆ハーはないけどね。〝大団円ルート〟の場合は、主人公〝白雪〟が完全復権を果たしてエンド、って感じだし」
「でも、攻略キャラクターは皆、主人公にメロメロなのでしょう?」
「まぁ、みんな主人公大好きではあるかな」
「乙女ゲームの大団円、ですものね」
「それはそう」
うんうん頷いてから、千照は指を一本立てる。
「この〝大団円ルート〟をクリアすることで初めて、〝ラスボス〟は過去の悪事を全て暴かれて、社会的信用も地位も、学園での立場も失って、学園から、姫川財閥から……上流階級からも、追放されて。〝ラスボス〟がようやく再起不能になったことで、姫川財閥次期総帥の権利が、主人公〝白雪〟へと戻ってくる。〝白雪〟は頼りになる仲間たちと共に、亡き父が遺した姫川財閥を継いで、この先も守っていくことを誓う――ってエンディングになるんだ」
「え、待ってください。ゲームだと、姫川の父は鬼籍に入っているんですの? 初めて知りました」
「そういえば、白雪ちゃんのお父様はご存命だよね?」
「えぇ。大きな病の気配もないそうで、ピンピンしておりますわ」
「……ゲームだと、〝白雪〟がまだ小さい頃に、亡くなるの。とあるキャラを攻略する過程で、それも〝ラスボス〟が仕組んだことだって分かるんだけど」
「それ、は……学園が舞台の乙女ゲームとしては、なかなか重い設定ですね」
「ねー。『姫イケ』はそういうの結構多くて、よく『スタッフには血も涙もない』って言われてた」
「なんとまぁ」
中世的世界観のお話では、逆境を強調するためか、両親と幼い頃死に別れ、迫害されて過ごす悲惨な過去持ち主人公は珍しくもないが。
あくまでも恋愛ストーリーがメインであるはずの乙女ゲームで、主人公にそこまでの悲劇設定を盛っても、話全体が暗くなるだけだろうに。学園モノにあるまじき〝ラスボス〟といい、『姫イケ』とやらを作った者たちは、相当に変わっていたのだろう。
「そういうわけだから、さ。白雪ちゃんは、この学園の一年間で、ぜひとも〝大団円ルート〟を目指すべきだと思うんだ。実際、シナリオ全部分かってみると、『姫イケ』でちゃんとしたハッピーエンドって〝大団円ルート〟くらいだし」
「えぇ……と、ちょっと待ってください?」
大真面目に続く千照の話を、ゲーム説明だと思って軽く頷こうとした白雪だが、話運びから違うと分かってストップをかける。――聞き間違いでなければ、彼女は今、白雪に向かって「〝大団円ルート〟を目指せ」と言わなかったか?
「千照さん。ご存知かとは思いますが、いくら酷似していても、この世界はゲームではなく、現実ですのよ?」
「……うん。それは分かる。今日はゲームのオープニングだったけど、ゲームと違うことばっかりだったし」
「ゲームで亡くなっているという姫川の父はピンピンしておりますし、そもそも再婚しておりませんので、わたくしには継母も、義姉もおりません。これほどゲームと現実が食い違っている以上、もはや両者は別物と考えるべきでは?」
「……それでも、目指すべきなんだよ。――だって〝ラスボス〟の、〝最強の悪役令嬢〟は、名前が違うだけで、ちゃんと存在してるんだから」
「え……最強、の?」
「――悪役令嬢、がね」
……つまり、先ほどまで千照が説明していた〝ラスボス〟が即ち、〝最強の悪役令嬢〟というわけか。乙女ゲームの世界に転生しちゃった系小説には必ずいるけれど、現実の乙女ゲームには存在しないことで有名な、あの〝悪役令嬢〟が。
(乙女ゲームはあくまでも攻略キャラクターとの疑似恋愛を楽しむことが主題ですから、そこに悪役令嬢ザマァを追加するのは、なんというか、話が違いますものね。噛ませ犬が居ないと発生しない恋心なんて、そもそも薄っぺらいですし)
……なんて、前世でも今世でも、まともな恋愛などしたことのない己に言えたことではないが。




