入寮式・夜〈イベントの後に〉②
(やっぱり、〝ゲームの世界への知識あり転生〟とかいうやつ……!)
何期か前の覇権アニメが、似たような設定だった。あれはファンタジーRPGだったけれど、ゲームの世界に転生した主人公が、ゲーム知識を使って無双放題の、最近流行っているらしいオレツエー系。……いちおう主人公と同じく、前世の知識と記憶ありで転生を果たした身として、いやそんな上手いこといかないでしょうと冷たく突っ込んだことだけ覚えている。
それはともかく。
「え、っと。色々と聞きたいことはあるのですが、まず前提を確認しても?」
「うん、なに?」
「――それが分かる時点で、三界さん……千照さんは、その『白雪姫と七人のイケメン』というゲームがあった世界から、前世の記憶を持って転生された方ということで、間違いありません?」
「うわ、理解が早い」
「そういうお約束ですから」
「白雪ちゃん、思ったより詳しいね? ひょっとしてオタク?」
「友人に、オタクが多くおりましたので、知識だけはそれなりに」
「なるほど。――でも、ここまであっさり信じてもらえるとは思わなかったなぁ」
(……それは、まぁ。わたくしも同じ身の上なもので)
その相槌は、声にはせず、心の中だけに留めておく。同じ前世でも、白雪は魔法が蔓延るファンタジーな世界観だったから、乙女ゲームが大評判だったという千照の前世世界とは、たぶん別モノだ。カミングアウトしたところで、ややこしくなるだけだろう。
「大前提を確認したところで、いくつか質問をしたいのですが」
「いいよ。ばんばん聞いて」
「ゲームの題名からして、もしかしなくても、その乙女ゲームの主人公ってわたくし、ですの?」
「ぴんぽーん、大正解」
「……七人、という数からして、攻略キャラクターは特別寮の方々、だったりします?」
「またまた大正解! すごいね~、白雪ちゃん!」
(キャストミスにも程がある……!)
どうやら元ゲームの愛好家らしい千照に下手なことは言えず、白雪は心中で盛大に頭を抱えた。〝お継母様〟――つむぎと巡り逢えた白雪自身に、恋愛する気がミリもないのが最大のミスなのは、この際言うまでもないとして。
(〝あの〟七人相手に恋愛とか、どう足掻いても無理でしょう……向こうだって、わたくしのことをそんな風には絶対見られないはず)
つむぎの例でも明らかなように、姿かたちは変わっても、〝あの世界〟を前世に持つ者なら、白雪には判別がつく。前世で深い関わりのあった者であれば、一目見るだけで前世の姿までありありと思い浮かぶ程度には、精度も高い。
(舞台の上にいる〝彼ら〟を見た感じ、みんなもある程度は記憶を持って転生してきてるみたいだし……というか、〝前世〟の彼らって、厳密に言えば人間じゃなかったはずよね? この場合、転生って言葉は妥当なのかしら?)
先ほど、入寮式にて挨拶していた〝彼ら〟も、白雪には気付いていたようだ。偶然、白雪が舞台から見えやすい位置にいたのもあるけれど、お互いに群衆の中でも一瞬で見つけられるほど、白雪と〝彼ら〟の絆は強い。
(つむぎさんのことも探して、かなりあからさまに視線送ってたし……あれはメテオ、じゃなかった、狩野先輩に怒られるんじゃないかしら? つむぎさんに前世を思い起こさせるような言動はアウト、なのよね?)
さっき、テラス前でギリギリアウトを攻めていた己のことは、ひとまず棚上げしておく。つむぎが不審に思った気配はなかったし、狩野に見つかってもないから、バレなければセーフだ。
(まぁ、あからさまとは言っても、恋愛的な色めいた雰囲気はなかったから、大きな騒ぎにはならなかったけれど……というより、今世の彼らに恋愛感情はあるの?)
〝前世〟は小さくて可愛い、〝人ならざる者〟だった〝彼ら〟。人間ではなかったからか、人の心の機微に疎いところも多く見受けられた。
〝今世〟はちゃんと人間のようだが……だからといって、情緒も人並みに育っているかは、元の魂が魂なだけに、やや心配である。
(……ハイ。どう頑張っても、どの角度から見ても、乙女ゲームの主人公と攻略キャラクターとして、〝我々〟は不適格ですわね。どんな運命の悪戯が働いたのか分かりませんけれど、この世界を乙女ゲームとして成り立たせたいなら、〝我々〟の魂を招き入れるべきではなかったわ)
「……ちゃん? 白雪ちゃーん? 大丈夫?」
「――っ、申し訳ありません。少し、考え込んでしまいました」
あまりのことに、内心頭を抱えたまま、黙考タイムに突入してしまったが、今の白雪には話し相手がいたのだ。非礼を詫びると、「気にしてないよ」と千照は軽く笑って。
「それでね、白雪ちゃん。本題はここからなんだけど」
「は、はい」
「この『白雪姫と七人のイケメン』――略して『姫イケ』には、めちゃくちゃ強い敵キャラがいるんだ。製作側が気合を入れまくった、一度じゃ絶対倒せないレベルの」
「それは……いわゆる〝ラスボス〟的な?」
「そうそう」
「ゲームにラスボスがいるのは、珍しくありませんけれど……この世界には剣も魔法もありませんのに、どうやって戦うんです? というかそもそも、暴力的な行為は理由を問わず、宝来学園では普通に懲罰対象でしたわよね?」
乙女ゲームには、ファンタジーな世界観で、主人公にもしっかりした能力があり(癒しだったり浄化だったり、そういうのが多かった)、仲間を集めて敵を倒し、世界を平和にするというストーリーに、主人公と攻略キャラの恋愛が絡んでくるものも多い。そういった内容ならば〝ラスボス〟の存在も頷けるけれど、白雪が知る限り、この世界にファンタジー要素は(ほぼ)ないし、社会はきちんと法により秩序化されており、暴力行為は御法度だ。宝来学園は全国有数のお金持ち校で、そんな学校が舞台の乙女ゲームに登場する〝ラスボス〟と言われても、ちょっと想像が難しい。
それともこの先、宝来学園が荒れに荒れ、突然、世紀末のようなヤンキーモノへとジャンルチェンジするタイミングがやって来るのだろうか……そんな馬鹿げたことを考えつつ首を傾げて問うと、千照は小さく苦笑し、首を横に振った。
「〝ラスボス〟っていっても、RPGに出てくる魔王みたいな存在じゃないよ。――そもそもこの話はね、主人公〝白雪〟の〝復権〟がメインテーマなんだ」
「はぁ……?」
復権も何も、白雪には元々何の権利もないが。
「ゲーム主人公の〝白雪〟はね、幼い頃に母親を亡くして、新しく後妻に入った継母と連れ子の義姉から、冷遇されて育つの。義姉はとても優秀で、いつの間にか周囲も、姫川の血を引く〝白雪〟じゃなく、義姉の方を財閥の後継にしようって言い出して。姫川財閥の力で、義姉は良い学校に通うわせてもらうのに、肝心の〝白雪〟は普通の公立学校に入れられたりとか、とにかく扱いの差がすごいんだ」
「そう、なんですね?」
実際のところ、父は女遊びに夢中ではあるようだが、その中の誰かを後妻にするほど考えなしでもなかった。ゆえに冷遇してくる継母も義姉も、白雪には存在しない。
というかそもそも、白雪本人に姫川財閥を継ぐ気は、ついさっきまで全くなかったので、仮にゲームと同じ状況下だったとしても、「お好きにどうぞ」で流していた気がする。学校にしても、百合園学院が良いと父に進言してくれた乳母と執事の心遣いがあったから〝こう〟なっただけで、何もなければ地域の公立校へランドセルを背負って通学していただろうことは、想像に難くないし。




